SECT.12 サン=ミュレク=グリモワール
「遅かったな、くそガキ」
最初に出迎えてくれたのはアレイさんのイジワルな台詞だった。
むっとして眉を寄せると、さらに追いかけてきた。
「それでセフィラを相手にしようなんて10年早い」
「何を言う、お主も帰ったところだろう」
アレイさんの隣にいたじぃ様がため息混じりに呟いた。
「じぃ様、ただいま!」
「怪我はないか?」
「うん、だいじょうぶ!」
にこっと笑ったけれど、アレイさんが険しい顔で近寄ってきた。
「腕!」
「え?」
「見せてみろ、右腕だ」
しぶしぶ右腕を差し出すと、アレイさんは眉を吊り上げた。
小太刀で切った傷をフラウロスさんが舐めた部分は黒く変色して炭のようになっていた。血は止まっているしもう痛みもない。
「やっぱりだ。何が大丈夫、だ!」
「だいじょうぶだもん。もう痛くないもん」
「当たり前だ、細胞が焼けて死んでいるからな!」
アレイさんはむすっとした表情でどこからか布を取り出すと、無造作に腕に巻きつけた。
「医務室で見てもらえ。午後には出発する」
その一言ではっとした。
「待って!今いつなの?どれだけたってるの?」
「……丸一日だ。時間が惜しい、早くしろ」
「わかった」
じぃ様に連れられて医務室でお医者さんに診てもらった。
傷は見た目ほどたいしたことはなく、すぐにかさぶたができて治るでしょう、と言ってくれた。
念のため塗り薬をもらって包帯を巻いてもらった。お薬は小さなビンに入っていて、それには見覚えがあった。
そう、アレイさんとお揃いだった。
だからアレイさんがさっき巻いてくれた布にその小瓶を包んでそっと胸元にしまった。
出発準備のために一度ねえちゃんのお屋敷に戻らなくてはいけない。アレイさんとは昼食後にプルガトリオ・ゲートで落ち合う約束になっている。
とにかく急いで歩いていた。
しかし、いつまでたっても城から出られる気配がない。
「おかしいなあ……」
あんまり認めたくはないのだけれど。
どうやら初めて城に来た時から微かによぎっていた不安が現実となってしまったようだ。
「迷子だねえ」
一刻も早くねえちゃんを探しに行きたいのだけれど。
どうしてこうなってしまったんだろう?
「やっぱり最初の角を左に曲がったのがまずかったのかなあ」
とはいえもうもとの部屋にだって戻れない。
「困ったなあ」
「どうしたの?」
「うん、実はおれ迷子で……」
え?今の誰?
はっとして後ろを振り返る。
そこに立っていたのは……
「ねえちゃ……ん?」
思い切り首を傾げてしまった。
ねえちゃんによく似た顔の女性だった。猫のような目が印象的な美女だ、が妖艶な雰囲気はなく悪女というイメージも伝わってこなかった。
似たようなストレートのブロンドだけれど肩までしかない。猫のような目は一緒だけれど、瞳の色は灰色だ。何より、体型が違いすぎる。
細身の黒いパンツにシンプルな灰色の5分袖シャツ。そのどこにも胸が見当たらなかった。
高くもなく低くもなく、とても聞きやすい高さの声でその女性は自分に問いた。
「君は誰? どこに行きたいの?」
「えっと、おれはラック=グリフィス。できればこの城から出たいんだけど」
「ああ、君が新しいレメゲトンだったんだ」
「おまえ、誰だ?」
まるでねえちゃんの首から下部分だけを取り替えたようなその女性はにこりと笑った。
笑った顔に邪気がない――これもねえちゃんと大きく違うところだ。
「僕はサン=ミュレク=グリモワール。現国王ゲーティア=ゼデキヤ=グリモワールの息子だよ」
「ああ、あのおじちゃんの……え、息子?」
首を傾げると、その女性――だと思っていた人物は困ったようにはにかんだ。
「よく女と間違われる。とくに、ファウスト女伯爵に似ていると言われることが多いかな」
「うん、そうなんだよ! ねえちゃんにそっくりなんだ!」
受ける印象は全く違うけれど、顔だけなら本当にそのままだ。身長もきっと一緒くらいだろう。
要するにねえちゃんをそのまま男にしたらこんな風になるんだろう。
「えと、サン……で、いいのかな?」
「うん、いいよ」
「出口教えてくれないかな。実は急いでるんだ」
「ファウスト女伯爵の捜索だね、父上から聞いている。連れて行ってあげるよ。こっち!」
サンはにこりと笑って指差した。
そうして二人並んで歩き出した。サンはアレイさんよりずっと背が低くて見上げなくてもいいのがとてもよかった。
「僕はファウスト女伯爵とは従姉弟同士だから、血縁関係は近いよ」
「へえ、じゃヨハンも?」
「うん、ヨハンとは年が近いからよく一緒に遊んだな」
「サンはいくつなの?」
「今年で18歳。もうちょっとしっかりしろって言われるんだけど……なかなか」
ねえちゃんと同じ顔が困ったように微笑むのはとても新鮮だった。
「んじゃあきっとおれと同じくらいだね」
「そう言えば君は3年以上前の記憶がないんだったね」
「ん、まあ、でもなくても困らないよ。むしろそれでねえちゃんに会えたんだからおれはすごく嬉しい」
「そうか。君はすごく素直なんだね。自分が今幸せだって思えるのはとてもすばらしいことだと思うよ。そんな風に考えられる人は素敵だと思う」
「……アレイさんは阿呆っていうけどね」
「アレイさんって言うとクロウリー伯爵だね」
「うん。すごく綺麗なのに、いつもすごくイジワルでシツレイなことばっかり言うんだ」
「そうなの?ぜんぜん想像つかないや」
サンは驚いたように目を丸くした。
そうすると少しだけヨハンに似る。
「ほんとだよ!いつもいつもヒトのこと馬鹿にして……」
唇を尖らせると、サンはくすくす笑った。
「かわいいな、ラックは」
「え?」
「本当に自分に正直なんだね。表情もくるくる変わって……すごく、かわいい」
ねえちゃんと同じ顔が優しげに微笑んだ。
ちょっとドキドキした。
アレイさんのお姉さん、ダイアナさんやその夫のフォーチュン侯爵にも同じように言われたが、こんな風にドキドキすることはなかった。
「あ、ありがとう」
ちょっと気恥ずかしくなってサンから視線を逸らした。
サンはふふ、と軽やかに笑った。
なんだかヘンだ。ほっぺがすごく熱い。
「ここを真直ぐ行ったら衛兵さんがいるから、その扉を出たら外はすぐだよ」
「ありがとう!」
にこりと笑うと、サンも微笑んだ。
アレイさんは笑うことなんてないから、そうやって微笑み返してくれただけでもすごく嬉しかった。
「ねえ、サン」
「なに?」
「また会いに行ってもいい?」
「うん、ラックならいつでもおいで。待ってるよ」
嬉しい。
名残惜しく手を振りながら城を後にした。




