SECT.9 切望の捜索
「ねえちゃんが……!」
「昨夜は騒ぎを収めるので手一杯だった。ファウスト女伯爵の身が案じられる」
心臓が切り裂かれそうに痛んだ。ものすごい速さで脈動している。
頭の中を様々な考えがくるくると入れ替わって目の前の景色が遠くなる。思わず倒れそうになったけれどなんとか自分の足で支えた。
「探しに行かなくちゃ!」
そうだ。こんなことしている場合じゃない。
ねえちゃんを探さなくちゃ。
どこかへ飛んだのが昨日の夕方なら、とっくに帰ってきていてもおかしくない。それなのに戻らないということは何かあったに違いない。
セフィラと一緒に飛んだ、と言った。
怪我してないだろうか。それどころかまさか……
目の前が真っ暗になった。
そんなことあるはずがない。ねえちゃんは強いんだから、負けるはずがない。
「捜索にクロウリー伯爵とラック、それとアリギエリ女爵を任命したい」
「ゼデキヤ王?!」
アレイさんは信じられない、という表情をした。
「このガキを連れて行けというんですか?! セフィラと交戦するかもしれないのですよ?!」
つまりは自分は王都に残っていろ、とアレイさんは言っているのだ。
そんなことできるはずがないじゃないか!
「だいじょうぶだ、おれも行く!」
「だめだ、お前は残っていろ」
「やだ!」
「どれだけ危険か分かっているのか!」
アレイさんの怒号。
それでも引く気はなかった。
「危険でもねえちゃんが……」
ねえちゃんがいない世界なんて考えられない。探しに行く。たとえそれが地の果てだとしても。
「くそガキ!」
「クロウリー伯爵、ラックも連れて行ってはどうだ。そう頑なに断るものではない」
「……セフィラに会うには、足手纏いです。こんなガキ」
「確かにそれは言える」
じぃ様の声に思わず目を見開いた。
「何でだよ、じぃ様!」
「今回のセフィラもあのティファレトだ」
「!」
銀髪のヒト。
どくりと心臓が脈打った。
「お主はティファレトに執着しておる。捕われては危険だ」
今でもその姿を思い浮かべると会いたくてたまらない感情に押し流されそうになる。あの銀髪に、陶器のように白い肌に触れたい。声が聞きたい。
何もかもを降伏させる圧倒的な銀色のオーラを思い出して背筋がぞくりとした。
「それもお主はまだアガレスしか使えんだろう? セフィラの前で堕天のコインは無力……それは自分がよく知っておろう?」
そうだ。銀髪のヒトが天使を呼び出した時、アガレスさんは召還に応じてくれなかった。
滅びのコインとも呼ばれたグラシャラボラス、つまりラースの力があったからこそ退けられたものの、自分ひとりの力では全く歯が立たないことはわかっている。
「無論それはこの若造にも言えることだが、若造はそこそこ剣術の嗜みがある。何しろ炎妖玉騎士団では若干20歳にして部隊長にまで上り詰めた男だ。だが、お主は……」
「じゃあフラウロスさんと契約する!」
思ってもいなかった言葉が口から飛び出した。
でも、これしかなかった。
天使を召還する銀髪のヒトと対等になるにはそうするしかないと思った。
「今すぐ! そしたら行ってもいいでしょう、ねえ、王様!」
「……」
ゼデキヤ王は少し迷っているように見えた。
でも、それは一瞬だった。
「よかろう」
「ゼデキヤ王!」
アレイさんが叫んだ。
「クロウリー伯爵、ラックを連れて行きなさい。おそらくその洞察力は役に立つはずだ。フラウロスとの契約後、すぐに出発せよ」
王様が厳しい瞳でアレイさんを射抜いた。その力強さは先ほどまで普通のおじちゃんだと思っていた王様の瞳とは全く別の色をしていた。
そう、ねえちゃんが時折見せる強い意志を反射した帝王の瞳だ。
その瞳に、アレイさんはまだ何か言いたそうだったが口をつぐんだ。
「……御意」
「セフィラの目的が全く分からない。白昼堂々城に空間転移してきた理由も、何を探して城内に侵入したのかも。分からぬ以上慎重な行動を願う。ヴァイヤー老師は引き続き占星術を、アリギエリ女爵はすぐに出発、メイザース侯爵は史料を探してくれ。特にセフィラとの戦いについてだ」
「はい」
「かしこまりました」
部屋を出たが、アレイさんはなかなか出てこなかった。
「契約の間に魔方陣を準備する。ついてきなさい」
「はい」
じぃ様に連れられて神殿へ向かった。
アレイさんのことは気になったけれど、それよりもねえちゃんのほうが大事だった。
絶対にフラウロスさんと契約してねえちゃんを探しに行くんだ。負けない。フラウロスさんを必ず降伏させて契約を結ぶ。
強い気持ちでまだ契約していないフラウロスさんのコインを握り締めた。




