SECT.7 戦女神の帰還
リッド達が勝手に『戦女神の帰還』と名付けたこの宣戦布告イベント。
始まる前から、王都ユダには多くの人々が集まっていた。もはや崩れ落ちたジュデッカ城の一部をステージに、集まった人々に対して宣言する予定だ。
あの時も、東の都トロメオが落とされたばかりで、奪還を求めていた。
青い空を見ると、ねえちゃんを思い出す。キラキラと金色に輝くねえちゃん。誰より強くて、誰より優しかった育て親のねえちゃん。
大丈夫よ、って抱きしめてくれた。
――私はあなたをずっと近くで守る。辛いときは言いなさい。あなたが望む限りずっと助けるわ
そう言ったねえちゃんは、ケテルの凶刃に斃れてしまったけれど。
今度は、おれが彼らを守る番だ。
両手をぐっと握りしめた。
最初に民衆の前に姿を現すのは、ライディーンだ。
『革命家』ライディーン=シン。
人々から絶大な支持を得た革命軍『BLOOM』の総指導者が、崩れ落ちたジュデッカ城から姿を現すと、集まっていた人々からは怒涛のような雄叫びが上がった。外の様子は伺い知れないが、どうやらとんでもない人数が集まっているようだ。
この後、『亡国の王子』サン=ミュレク=グリモワールと一緒に外へ出なくてはいけないミーナとマルコは、緊張した面持ちだった。
輝光石騎士団の団服に似せて誂えたミーナだけの騎士服は、おれが着ている黒色の衣装と正反対、純白に金色の刺繍が施された、鮮やかなものだ。黒髪は細長く翻る紫のリボンで纏められ、同じ色のリボンが首元のチョーカーにも結んである。
対するマルコは、ミーナと同じように白の騎士服だ。アレイさんと同じ顔なのに、表情と衣装の色が違うだけで全く印象が違う。マルコの方がまだ少し背が低いみたいだけど、まだ伸びるだろう。若者らしく闊達そうなマルコとアレイさんが並ぶと、親子と言うより正反対の性格をした兄弟みたいだ。
意味もなくミーナの頭を撫でていると、アレイさんがため息交じりに止める。
「大丈夫ですよ、アレイさん。この行動に意味はないって分かりましたから」
ミーナがそう言って、アレイさんに向かって笑う。
未だ敬語のままではあるのだが、ミーナとアレイさんも随分と打ち解けた様子だった。ずっと稽古を見ていたおれよりも、不在の時間が多かったアレイさんの方に懐いているのは気に喰わないけれど。
アレイさんはミーナを前にした時だけ、絶対に他の人には見せないような穏やかな微笑みを見せる。
「緊張しているか?」
「はい。でも、大丈夫です。こうして正装をして、革命軍のみんなと並んでいたら、気が引き締まる思いです」
「そうか」
でも、アレイさんと話しながら軽く頬を紅潮させるミーナはとっても可愛いのだ。
マルコの頭の上に多いかぶさって、楽しそうに話す二人を観察する。
潰されたマルコは、苦笑しながら言った。
「ミーナはさ、ずっとレメゲトンの『アレイスター=クロウリー』に憧れてたんだよ。だから、最初は随分戸惑ったみたいだけど、今はアレイさんと話せるのが嬉しくて仕方ないみたいなんだ。それは、僕も同じだけどね」
「確かにアレイさんはかっこいいけどさあ。戦争でもいろいろ逸話も残してるし。でもおれだってミーナに懐かれたいよう」
唇を尖らせながら言うと、マルコは笑った。
「ミーナは、ラックさんの事も好きだよ。少なくとも、僕らは『新時代の子供たち』として人前に出る事を嫌だとは思ってないくらいには」
「……本当に?」
「うん。僕らがラックさんとアレイさんの子供だって事は受け入れてる。今でも不思議な感じはするけど、それはラックさんたちも同じでしょう?」
アレイさんと同じ顔がへらりと笑う。
「それに、僕らの母さんはダイアナさんだけ、って言ってくれたのはラックさんだよ。僕らは、騎士団長クラウド=フォーチュンが父さんで、ダイアナ=フォーチュンが母さんだと思ってる。でも、ラックさんとアレイさんが両親だっていうのも、嬉しくて仕方ないんだ」
「無理してない?」
「しないよ。僕はラックさんの事、とっても好きだよ」
うわあ、うわあ。
可愛い。うちの息子がめっちゃ可愛い。娘も可愛いんだけど、息子ももっと可愛い。
「はいはい、自分たちの世界に入ってるそこの親子たち。そろそろ親の方は出番だよ。それから、すぐにミーナとマルコも出るよ」
感動しているおれをリッドが現実に引き戻す。
微笑ましく見守っていたサンの右後ろにアレイさん、左後ろにおれが控える。
戦女神の帰還。
それは、おれが魔界から帰ったことを告げ、ミーナとマルコを『新時代の子供たち』として、おれたちの息子と娘である事をお披露目するイベントだ。革命軍が長い時間をかけて培った情報網を駆使して大きく宣伝したこのイベントには、すでに万単位の人々が詰めかけていた。
最後に、サン=ミュレク=グリモワールは開戦を宣言し、このまま進軍を始める予定になっていた。
サンが促し、前へ進みでる。
既にライディーンが演説を行った舞台に、ゆっくりと歩み出た。
光溢れる舞台に足を踏み入れる瞬間、おれとアレイさんは全身に『魔力』を纏う。揺らぐようなソレは、自然に周囲を覆い、光が渦巻いた。周囲に幕が張ったような、少し遠い感覚に襲われる。
地を鳴らすような、大気を根こそぎ震わすような歓声に包み込まれた。
ああ、懐かしい感覚だ。
指先まで神経をいきわたらせる。今、おれは『戦女神』を演じている。表情さえ変えられる気がする。口元を引き締め、目元も引き締め、真っ直ぐに前を見据える。
先に舞台に上がっていたライディーンが、膝をついて亡国の王子を迎え入れた。
サンは、明るい金色の髪を太陽の元に晒し、理知的な灰色の瞳で微笑んだ。ゆっくりと、両手を差し上げる。
それだけで、群衆は静まり返った。
「今日の好き日に、悪魔を崇拝し、グリモワール王国を愛してくださった方がこれほどまでに多く集まって頂けたことを、魔界の王リュシフェルに感謝いたします。そして、皆さまにリュシフェルのご加護を」
凛とした声が響く。
大きな仕草で、天に祈りを捧げたサンは、にっこりと笑っておれを招いた。
「我らを導く『戦女神』は、セフィロト国との一線を前に、魔界より御帰還なさいました。そして、我らの革命にご尽力くださいます」
おれは、ゆっくりとサンの隣まで進み出る。
見下ろすと、見果てるまで人の波が続いていた。
そこから湧き上がってくるエネルギーは、これまで感じた事のないくらいに大きな波動となっておれに襲い掛かる。
風もないのに、おれの髪はふわりと浮いた。魔力が両目に集中して行くのが分かる。たくさん集まった人たち、一人一人の顔が分かるくらいに。
衣裳はほとんど黒一色のシンプルなものだ。が、歌劇団での経験で知っていた。仕草や雰囲気と言うものは、それ以上の存在感を与えると。
「そして、これまで様々な伝説を打ち立ててきた『悪魔騎士』もまた、我らの為にその巨大な御力を振われます」
アレイさんもまた、一歩、進み出る。
亡国の王子を支える『悪魔騎士』そして『戦女神』――おれたちはその役割を演じ続け、人々の心を鼓舞し続ける。
例えばそれが作られた悲劇でも。
北の都で、騎馬民族を率いて凱旋した公爵家の跡継ぎ、トルヴァ=R=ライアットが悪魔の力を借りてセフィロト軍を蹴散らしたように。大災害の折、何処からともなく現れた『悪魔騎士』が渦巻く暗雲を一瞬で蹴散らしたように。
『神話』は創られるものだ。
おれたち、演者が何かを考えるより先に、物語は先へ進んでいく。
実感のないまま、お話に巻き込まれていくのだ。
おれとアレイさんは、同時に手を天井に向かって振り上げる。
「マルコシアス!」
「リュシフェル!」
明るい空に、美しい堕天の悪魔が二体、降臨した。




