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LOST COIN  作者: 早村友裕
第十一章 DANCE LAST
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SECT.5 革命軍への招致

 がたん、と大きな音を立ててミーナが立ち上がった。

 紫水晶(アメジスト)の瞳が揺れている。机に両手を置いて、真っ直ぐにリッドを睨みつけた。

「それは……あたしたちが、弱いから? 足手まといだっていうの?」

「そうだよ。もちろん、その辺りの聖騎士を基準にした時じゃない。セフィラクラスを相手取った時の話だけどね。おそらく、ミーナもマルコも話にならない」

「っ!!」

 ミーナは目を吊り上げた。

 おれは二人の実力を知らないから何とも言えないけど、マルコが悪魔と契約したばかりで、ミーナは悪魔の力を持っていない事を考えると妥当な意見なのだ。

 でも、ちょっと言い過ぎじゃないかなあ。

 そう思ったけど、アレイさんが黙って見てるのには意味が在るんだろう。

 止める事はしなかった。

「じゃあ、あたしたちに引っ込んでろって言うの? あたしも、父さんの役に立ちたいのに。みんなと一緒に、戦いたいのに」

 ミーナが震える声で告げる。

 その声に宿るのは、悲しみじゃない。怒りだ。

「分かってるなら、いつもみたいな勝手な行動はやめる事だ。クラウドさんを助けた時もそうだったし、今回の事もそうだ。クラウドさんがどれだけミーナたちの為に骨を折ってると思うの?」

 あくまで淡々と告げるリッド。

 無理に冷たくしているように見えるのは、おれが昔からリッドを知っているからなのかな。

「もうすぐ、本当にもう少しで、オレたちの長年の悲願が叶うんだから」

「……そこに、あたしたちは必要ないって事ね」

 ミーナは俯いて、そう答えた。

 リッドは、答えなかった。

「……っ! もういいわ!」

 そう言い残して、部屋を飛び出したミーナ。

「待って、ミーナ!」

 慌ててマルコがそれを追っていく。

 残されたリッドは細く息を吐いた。そして、感情を抑えるように目を閉じる。

「グレイス」

「あっ、はい」

 ぴりぴりとした空気のまま、おれの名を呼ぶんだから、びくりとしてしまった。

「オレは、誰よりグレイスに言ってるんだ。ミーナやマルコに何かあったら、真っ先に飛び出すのは、絶対にキミだ。断言してもいい。他のみんなはまだ、状況を考えて自制できる。でも、キミだけは……あの二人と一緒で、オレの言う事なんて全然聞かないから」

 おれは、口を噤んだ。

 否定できないだけの悪事をこれまでに積み重ねてきた自覚があったから。

 静かになったおれを見て、リッドはふう、とため息をつく。

「グレイスは、必ず覚えておいて。彼らが、どれだけ大事にされてるかって事」

 リッドは、緊迫した空気をそこで霧散させた。

 やり過ぎじゃないのか、とアレイさんの視線が訴えるが、リッドは笑顔でそれを逸らした。

 アレイさんはミーナが駆けて行ったドアの方を気にしているようだった。

「ミーナは大丈夫、そんなに弱い子じゃない。マルコが追って行ったからきっと、しばらくすれば怒りながら帰ってくるよ。でも店長、飛び出し過ぎると心配だから少し見てきてくれる? その間に、グレイスに説明しておくから」

「俺が行くのか?」

「うん。照れてないで、そろそろ頑張ってよ、お父さん」

 お父さん、を否定しようかどうしようか逡巡した後、それでも子供たちが気になったのか、静かに部屋を出て行った。


 アレイさんを笑顔で見送ったリッドは、だんだんクラウドさんに似てきている気がする。

 穏やかな笑顔なのに、怖い。

「そんな顔して……グレイスは店長が心配なの?」

「いや、大丈夫だと思うけど……」

 でも、自分やアレイさんより、リッドの方がよっぽどミーナたちの事を分かってるのが、何だか悔しかった。

 いいんだもん、今から知っていけば。

 リッドは、テーブルに広げられていた料理を手際よく片付けた。残った食材を一つの皿に集め、また明日、暖めれば食べられるようにしておく。スープの入った鍋は、そのまま簡易(かまど)に戻していた。

 綺麗になったテーブルに、向かい合って座る。

「さて、さっき話したことを前提として、今後の革命軍の方策を話すよ」

「真っ直ぐトロメオに進軍するんじゃないの?」

「それはそうなんだけど、オレ達の戦いはどちらかと言えば、悪魔の信仰を取り戻すための戦いなんだ。『どういう方向に持っていくか』って事だよ」

 よく分からない。

 首を傾げると、リッドは笑う。

「今の革命軍は、いくつかの組織に別れてる。もはや、革命軍と呼ぶ方が難しい気もするけど……まず、頂点はミュレク殿下だよ。『亡国の王子』サン=ミュレク=グリモワール。オレたち革命軍の全て、そして、建国後に王と戴く方だ」

 少しばかり距離が近すぎて、最近じゃ友人のようになってるけどね、とリッドは苦笑した。

「そして、その直下にオレたち革命軍『BLOOM』がある。幹部はオレとセイジ、ディサとブラシカの4人。関係としては、セイジが全体のトップで、ディサは隠密部隊の指揮、ブラシカがセフィロトに潜入している部隊の指揮、オレはその他、表立った国内のごたごたをする雑用ね」

「アレイさんは?」

「店長はちょっと特殊。セイジは完全に革命軍の指揮に入っているけど、店長はもっと流動的に、遊撃部隊に近い動きをしてもらってる。『悪魔騎士』アレイスター=クロウリー。そう言う意味では、BLOOMから外れた存在だと思ってもらっていい」

「クラウドさんは?」

「クラウドさんは、完全にミュレク殿下の護衛。その下に、シド=エスクワイアとリタリ=エクウィーダを筆頭にした騎馬軍団がついてる。ダイアナさんとベアトリーチェ=アリギエリ女爵も名目上はそこに属するね」

 リッドは紙とペンを取り出して、さらさらと組織図を書いて行った。

「ミュレク殿下を筆頭に、実質的な指導者はセイジだと思ってもらっていいよ。トロメオまでの進軍は、セイジを中心に、各地の元領主が追従する形で行う」

「セイジは……ライディーンは、貴族じゃないけど、いいの?」

「貴族じゃないから、いいんだ。『革命家』ライディーン=シン。平民と言う立場から、レメゲトンになり、王子を助けてグリモワール王国を再建する将軍。そんな、イメージが欲しいんだ。彼に貴族が追従する事にも大きな意味がある」

「どういう事?」

 そう問うと、リッドはにこりと笑った。

「オレたちは、グリモワール王国の再建を目指すけれど、全く同じ仕組みの国を創るつもりはないんだ。議会制を取り入れて、もっと民主主義に近づけた国家にするつもりだよ。一部の王族と貴族が支配する形じゃなく、みんなの意見を取り入れて、進化できるような国に」

「それって、リュケイオンみたいな?」

「うん、一部はそうなるだろうね。でも、宗教と政治を分離するつもりはないから、もうちょっと複雑になるんだけど……説明したって、どうせグレイスは忘れちゃうでしょ?」

 そう言われると、弱い。

 どうせわかんないからなあ。

「興味があったら、時間のある時、シドに聞いて。彼は、新しい国の制度を作る計画にも中心的に携わってたから」

「そうなんだ」

「他にも、北の都の主であるトルヴァ=ライアット、南のグリスタリア=トハイール。

皆、若い統治者ばかりだ。この国は、生まれ変わるんだ」

 リッドが力を込めて断言した。

 自分たちの居場所は、自分たちで勝ち取る。

 そして、子供たちに安住の地を。

 戦争が終わって、罪を自覚したおれが、アレイさんが、サンが、ずっと願ってきた事だった。

 ああ、と吐息が漏れる。

 嘘みたいだ。あの時には、ものすごく遠かったゴールが、まるで手の届く場所にあるかのようだ。

 みんながそれぞれ、出来る事を少しずつ頑張ったお陰だ。

「で、そこで、だ。感動してるところ悪いけど、ここからが本題」

「え?」

 リッドは、簡単にメモ書きしていた紙を新しいものに変えた。

 一番上にサン=ミュレク=グリモワールの名を書き加える。

「ミュレク殿下が一番上なのは変わらない。でも、それより下の組織図を大幅に書き換える」

 さらさら、とペンを走らせ、リッドは簡単な組織図をかいた。

「ミュレク殿下の直下に、二人を配置するつもりだ。この、革命の象徴として」

「……え?」

「グリモワール王国が最後に生んだ、レメゲトンの子供たち。黄金獅子の再来。何とでも、売り文句はつけられる。市井で育ったのもよかったね。貴族の地位は邪魔になるだけだ」

 リッドがサンの下にミーナとマルコの名を書き込んだ。

「二人を、ミュレク殿下と同等の象徴として、革命軍に招致する」


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