SECT.3 おだやかな時間
そのままアレイさんのうちで昼食をご馳走になった。
食事をした部屋はとても広くてテーブルの上で剣の練習だってできそうなくらいだったけれど、アレイさんと料理を運んできてくれるヒト以外は誰もいなかった。
「アレイさんのおうちは静かだね」
「そうか?」
「うん。ねえちゃんちは賑やかだよ。もっと小さなテーブルでねえちゃんの母上様とヨハンとあと同居してるグラント子爵が一緒に食べるんだ」
「ケネス=グラント子爵か。遠くイスベリカに妻子があると聞いたが」
「うん、おれくらいの子供がいるんだって。すごく優しいおじちゃんだよ」
「子爵をおじちゃんなどと呼ぶな」
「アレイさんだってじぃ様のことくそじじぃって言うじゃん」
それは前々からほんとに気に入らないんだ。じぃ様はあんなに優しいのに!
「じじぃはいいんだ」
「よくないよ! おれじぃ様好きだもん!」
ぷっと膨れると、ちょう給仕のヒトが目の前にデザートのフルーツカクテルを置いてくれた。
「ありがとう!」
お礼を言ってフルーツを口に運ぶ。
甘くておいしい。
その幸せに浸っていると、アレイさんの冷たい視線が降ってくる。
「ガキだな」
「ガキって言うな!」
もうこの言葉を何度アレイさんに向かって叫んだろう。
アレイさんも本当は優しい人だと思うんだけど、なんで口を開くとこうなってしまうんだろう。
これはねえちゃんの年と同じくらい不思議なことだ。
「あ、そうだ!」
思い出した。
「今度ね、ねえちゃんのお休みが取れたら一回カトランジェの街に連れて行ってもらうんだ! アレイさんも行かない?」
「カトランジェというとお前が以前住んでいた街だな。なぜ俺を誘う? 二人で行ってくるといい」
「だってアレイさんも一緒がいいと思ったんだ」
ねえちゃんもそれがいいと言ってくれた。ただ、アレイは忙しいからちゃんと本人に聞いてみるのよ、と。
アレイさんは困っているのか不機嫌なのかいまいち分からない表情で腕を組んだ。
少し考えているようにも見えた。
「行ってやってもいい。ただ、もう少しだけ待っていろ」
「うん、いいよ。おれのお休みはあと2週間残ってるから」
「2週間か」
アレイさんは唇を引き結んだ。
何かを決心した表情だった。
「どうしたの?」
「お前は知らなくていい」
ぴしゃりとした言い方にむっとした。
「何でだよ、教えてくれたっていいじゃん!」
「言いたくない」
「!!」
何でアレイさんはたまにこんな子供みたいなこと言うんだろう!
「ねえさんの休みはいつ取れそうなんだ?」
「一週間くらい後だって」
「わかった。覚えておく」
「うん」
にこりと笑うと、アレイさんはがたりと席を立った。
「どこ行くの?」
「何とか時間を作ってやる。一週間マルコシアスとの稽古は休みだ」
「えー?」
「代わりに稽古場を紹介してやるからついて来い」
「ほんと?」
アレイさんが向かったのは馬小屋だった。
「馬には乗れるのか?」
「乗ってるくらいならできるんじゃないかな」
「違う、馬術はやったことがあるかと聞いているんだ」
「ないよ」
アレイさんはため息をついた。
仕方ないじゃないか。今まで乗らなくちゃいけない機会なんてなかったんだから。
「それも頼んでおこう」
漆黒の毛並みの馬を一頭選んで、使用人みたいなヒトに鞍を付けてもらっていた。
アレイさんは馬の背に乗ると右手を差し出した。
「早くしろ」
首をかしげていると、いらいらしたように叫んだ。
「乗れと言ってるんだ」
「じゃあそう言ってよ!」
仕方がないので差し出された手をとると、体がふわりと宙に浮いた。
気がつくと馬上で横座りしていた。
「少しじっとしていろ」
「うん」
こうしてみるとやっぱりアレイさんは大きいなと思う。自分の体はアレイさんの腕の中にすっぽりと入ってしまう。
きょとんと紫の瞳を見上げると、アレイさんは少し眉を寄せた。
「何だ?」
「アレイさんは何でもできるんだねー」
「は?」
「剣術も馬術も、悪魔と契約だってしてるし……すごいね!」
「……落ちないようにしっかりつかまってろ。」
アレイさんはため息をつきそうな勢いで手綱を握った。
「うん」
馬は一つ甲高くいななくと、走り出した。
アレイさんの大きなお屋敷の庭を抜けて、門を通過した。
「どこに行くの?」
「お前がこれから世話になる漆黒星騎士団の団長のところだ。そろそろ挨拶にいってもいい時期だろう」
「騎士団長さん!」
響きがかっこいい。絵本の中の世界でも、騎士団長はとても強くて勇敢な戦士だった。
「どんなヒト?」
「歴史上レティシア=クロウリーに次いで若い年齢で騎士団長に就任された方だ。クラウド=フォーチュン騎士団長、侯爵の位もお持ちだ」
「いくつくらい?」
「もう30は越したがとてもそうは見えない。そうだな、雰囲気は少しクローセルに似ているかもしれない」
クローセルさんはねえちゃんが召還する金髪に碧眼、純白の翼と金冠を持つ切れ長の瞳のまるで天使さんのような悪魔だ。
あんまり口はよくないのだけれど、黙って笑っていると本物の天使のように美しいヒトだ。
「へえー。きれいなヒトなんだね」
「剣の腕は一流で、古体術にも秀でた方だ。きっとお前のよい師になってくださるだろう」
「アレイさんは騎士団長さんと仲良しなの?」
「……義兄だ」
「お兄さん?」
「姉上の、結婚相手だ」
「アレイさんにお姉さんがいたんだ!」
びっくりして思わず紫の瞳を見上げると、とても緊張しているような何かを怖がっているような微妙な表情を浮かべていた。
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
目の前にはねえちゃんの屋敷を髣髴とさせる大きなお屋敷が近づいていた。




