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LOST COIN  作者: 早村友裕
第二章 LAST DANCE
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SECT.1 はじまりの遅刻

 ディアブル大陸の西岸を支配するグリモワール王国。

 初代グリモワール国王ユダ=ダビデ=グリモワールは稀代の天文学者ゲーティア=グリフィスと共に、72の悪魔を魔界から召還した。

 悪魔それぞれと契約した証に全部で72のコインを作り、72人の天文学者にそれぞれ与えた。


 しかし、何百年もの時は流れ、王家が所有するコインの数はいつしか減っていた。

 72人いた天文学者も今ではわずかに5名、所有するコインは17にまで減ってしまった。

 太古の天文学者と同じ名前を授けられた現国王ゲーティア=ゼデキヤ=グリモワールは5名の天文学者に、失われた55個のコイン――ロストコインを集めるよう勅命を下した。


 それが今からちょうど3年前の話――




「おはよう、アレイさん!」

 稽古場の扉を開くと、すでに黒髪長髪の男性と褐色の肌の戦士が打ち合っていた。

 しまった、もう始まっていたか。初日から遅刻してしまった!

 と、思っていたらバリトンの声が鋭く突き刺さった。

「遅刻だ、くそガキ」

 腰まであるストレートの黒髪で涼しげな印象の男性は、こちらに紫色の眼を向けずに言い放った。細身だが常人以上の運動能力を有していることは動きから明白だ。

 細く長い剣を腰の鞘にしまう音がきん、と軽く響いた。

「ガキって言うな!」

 眉を寄せて言い返すと、褐色の肌の戦士が唇の端で笑った。

 戦士の背に輝くのは純白の翼、頭上に戴くのは煌く金冠――この戦士が普通の人間でないことは明らかだった。

「仲がよいな」

「よくないよ!」

「全くだ」

「そうか」

 褐色の戦士はもう一度おかしそうに微笑んだ。

 まだ少年のあどけなさを残した八重歯の目立つ表情がとても目を惹く。その瞳には炎妖玉ガーネット碧光玉サファイアが一つずつ埋め込まれ、褐色の肢体は鍛え上げられてしなやかな筋肉がついている。くすんだ紺色の袖なし服から伸びる腕に握った青い刃の揺らめくような刀を腰の鞘に納めた。

 背の純白の翼と金冠もさることながら、黒髪からは二本の短い角が飛び出しているのが人間味を完全に取り払っていた。

 この戦士の少年の外見と裏腹に放たれる闘気と、それと裏腹に笑った時この人を包み込む穏やかな空気がとても好きだ。

「悪魔さんてみんなマルコシアスさんみたいに強いの?」

「少なくとも我の知る者は皆 剣術を嗜む 人の子には負けぬ」

 第35番目の悪魔マルコシアス……グリモワール王国に仕える天文学者、レメゲトンと呼ばれる地位を持つ者が使役する悪魔の一人だ。彼は他に類を見ない屈強な戦士だった。

「アガレスさんも?」

「無論」

「本人に聞けばいいだろう。お前もレメゲトンなんだ」

「いいじゃん。だってアガレスさんに聞くと答えが100倍になって返ってくるんだよ?」

「お前にはいい頭の体操になるだろう、くそガキ。ちゃんと全部聞いて考えろ」

「考えてるよ! 考えるけど、ぜんぜん分かんないんだ。アレイさんもいっぺん聞いてみるといいんだ。分かんないはずだ!」

「お前の頭が足りないだけだ」

「マルコシアスさんの言うことは分かりやすいじゃん。ずるいよ!」

「何がずるいだ」

 アレイさんはあきれたようにため息をついて腕を組んだ。

「少しはレメゲトンとしての自覚を持て」

「むー」

 眉間にしわを寄せたけれど、アレイさんは紫の瞳でちらりとこちらを見ただけだった。

 そんな自分はと言えば剣の稽古をつけてもらうためにアレイさんの屋敷に来たところだ。最近は夏に近づいて暑くなってきたのでブーツをやめて皮のサンダルを履き、デニムのショートパンツにくすんだ紺のノースリーブ……これはマルコシアスさんとお揃いだ。わざわざ育て親のねえちゃんに頼んで作ってもらった。

 3日ほど前にアレイさんと二人で街まで出向いたときに購入した小太刀をベルトに差し、肩にかかるくらいの黒髪は後ろでまとめてきた。

「第一なぜお前はアガレスに剣術を師事しないんだ」

「アガレスさんにはおれが3歳くらいの小さい子供に見えるんだって。だからやりづらいって言われたよ」

「幼き娘 か」

「あれ? どうしてその呼び方を知ってるの?」

 『幼き娘』というのは、ついこの間契約した第2番目の悪魔アガレスさんが自分に対して使う呼称だから他のヒトが知ってるはずない。

「アガレスとは 永きに渡る 戦友だ」

「そうだったの?」

「クローセルも 長い付き合いになる」

 言われて第49番目の悪魔クローセルさんの姿を思い浮かべる。

 金髪碧眼で純白の翼と金冠を抱いた切れ長の眼の美しい悪魔さんだ。見た目だけなら天使といっていいと思う。

「堕ちた者同士 惹かれあうものだ」

「あのさ、マルコシアスさん。もう少しだけ質問していい?」

「構わぬ」

「ラース……グラシャ=ラボラスについて教えて欲しいんだ」

 マルコシアスさんはその名を出した瞬間、顔をこわばらせた。

 それは完全な嫌悪と拒絶だった。

「知らぬ やつの素性も 由来も」

「!」

 オッドアイに灯った冷たい光に背筋に冷たいものが這った。

 そう、このヒトは悪魔。魔界でも類を見ない勇壮な姿に見合う強く真直ぐな心を持つ――戦の悪魔マルコシアス。今だって自分が怖がらないように闘気を最大限まで抑えてくれているはずだ。

 その優しさに甘えていてはいけないことを自分は最近身をもって学習した――その証としてすでに自分のものではない左手の甲には悪魔のコインが埋め込まれている。

「それよりも早く稽古を始めるぞ。ただでさえお前は遅刻してきたんだからな」

「分かったよ!」

 アレイさんはいつもイジワルだ。

 この間少しだけ優しかったと思ったのに、あれはもしかすると夢だったんじゃないだろうかと思う。とても目の前のこのヒトがあんな台詞を吐いて優しく包み込んでくれたなんて信じられない。

 おかしいなあ。

 アレイさんはアレイスター=W=クロウリーと言って、この国に自分を含めて6人しかいないレメゲトンの一人だ。同時に伯爵の地位も持つらしい。

 第35番目の悪魔マルコシアスさんの他に第43番目の悪魔サブノックさんを使うというのだけれど、そのヒトはまだ会ったことがない。

 いつか会いたいとずっと思っている。

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