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LOST COIN  作者: 早村友裕
第九章 CRISIS WORST
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SECT.17 魔力の結晶石

 この時代の節目に、おれたち三人がそろっている事は奇跡に近かった。

 何しろ、あの3人の悪魔が指示通りに人間を殺さずに力を行使するなんて、本来ならあり得ないからだ。

 第14番目、破壊の悪魔レラージュ。

 第38番目、戦の悪魔ハルファス。

 第64番目、炎の悪魔フラウロス。

 属性を代表する彼らが、それぞれ楽しそうに力をふるっていた。

 ハルファスの風で巻き上げられた聖騎士団員が、フラウロスの炎に一瞬包まれる――と、火傷をする前にレラージュの水でずぶぬれになり、死なない程度に地面に叩きつけられ、意識を失う。

 フラウロスの炎とレラージュの氷が真正面からぶつかり合い、凄まじい爆発を引き起こす。

 フラウロスはかなり手加減しているようだった。

 燃やすぞ、などと言いつつ、天使を吸収していない半身であるレラージュの力で相殺できる程度しか炎を使っていない。

 最も、フラウロスが本気の炎を出したりなんかしたら、文字通り北の都が蒸発する。何しろ、フラウロスとカマエルの決闘の痕地は、10年経った今でも草一本生えぬ不毛の大地になっているのだから。

 聖騎士団の上空を舞い踊るように飛び交う悪魔たち。

 セフィロト国の人間からすれば、悪夢のような光景だろう。

 見ているおれだって、これで本当に死人が出ていないのか不安になるほどだ。

「フラウロスさん! もういいよー!」

 大きな声で叫ぶと、駆けまわっていた灼熱の獣は、おれの隣へと戻ってきた。素直に引き上げてきたところを見ると、満足できる程度には暴れてきたらしい。

 同じようにハルファスとレラージュもそれぞれの主の元へと舞い戻った。

 残された現場は、さんさんたる様相を呈していた。

 聖騎士団は残らず地に伏せ、巻き込まれたハンスさんも膝をついている。

 乱戦になっていたせいで騎馬民族(エクウィーダ)の人々も何人かよろけているし、馬も興奮してしまって落ち着いていない。

「……まあ、セーフ?」

 そう言ってアレイさんを見ると、眉間に皺を寄せたまま黙り込んだ。

 やり過ぎ、と言いたげだが、自分もハルファスをけしかけたため、同罪だと思っているのだろう。

 ライディーンも、微妙な顔をしてその光景を見守った。

 またも静まり返る戦場。

 尊敬と畏怖が入り混じった感情が、困惑として露出している。人々は、徐々にざわめきを強めた。

「ここまでやれば大丈夫だろう。あとは、革命軍本体の仕事だ」

 不意にアレイさんが言った。

「俺たちの仕事は、北の都の彼らに悪魔信仰を思い出させる事だったからな。その目標は、実は先ほどまでで達成している」

「じゃあ、こんなに派手に聖騎士団を蹴散らす必要はなかったって事?」

「いや、ついでにセフィロト国を北から追い出す手間が省けただろう」

 肩を竦めるアレイさんだったが、ライディーンは渋い顔をしている。

「ウォル先輩もラックもさあ……まだこっちの準備も整ってないのにこんな事したら、大変なんだよ。宣戦布告はまだ先のつもりだったのにさあ」

 ため息をつくライディーンは、どうやってこれを納めようか考えを巡らせているようだった。

 先に言っておくけど、おれは考えないよ。

「ウォル先輩、ロノウェ貸して。すぐにミュレク殿下と団長とリッドに連絡する。あと、ラックはフラウロスを還して、すぐにあの魔界の穴近くに身を隠して」

「何で?」

「ティファレトに見つかったら厄介だからだよ。もともと魔界の穴がある場所だから多少は誤魔化せると思うけど、ちょっと派手にやり過ぎた。リュシフェルを呼んでないのが幸いだったかな」

 ライディーンは燃えるような赤髪を再度ターバンで隠した。

「ちょっとリーダーに指示出してくる」

 ライディーンがリーダー、と呼ぶのはヴィッキーの事だ。烏部隊のリーダーだった彼女は、シドからもライディーンからも他のメンバーからも、いまだにリーダー扱いなのだ。

 だったら、とっとと幹部に任命すればいいのに、と思うが、いろいろと面倒な規定が存在するらしい。

 次の瞬間、ライディーンは悪魔の加護を受けた身体能力を駆使してこの場から消え去っていた。

「お前はすぐに魔界の穴の方へ行け」

「アレイさんは?」

「ライアット子爵……ではないな。トルヴァ殿と話がある。後で迎えに行くから先にいっていろ」

 不満そうな顔をすると、アレイさんはわしわしと頭を撫でてくれた。

「お前はもう十分働いた。よくやったから、もう大丈夫だ。野営地へ戻る騎馬民族(エクウィーダ)の護衛も必要の筈だ。ライディーンが言っていただろう? ティファレトに見つかる前に、行け」

 最後にぽん、とおれの頭に手を置いて。

 アレイさんも都へ向かって行ってしまった。

 仕方ないなあ。

「シド、リタリ、ターヴィ」

 おれは、戦闘に参加しなかった若者たちの名を呼ぶ。

 北の都の人々はライディーンが、アレフ家とライアット家についてはアレイさんが、始末をつけてくれるだろうから、おれは騎馬民族(エクウィーダ)の方を片付けないと。

「戻ろう。怪我人も出しちゃったし、ちょっと休まないと」

 そう言うと、3人はそろって返事をした。



 野営地に戻ると、心配しながら待っていた騎馬民族(エクウィーダ)たちの歓迎を受けた。

 あの壮観な崖下りに参加したのは、一家の代表である男性ばかりだったらしい。その家族は、ハラハラしながらその帰りを待っていたようだ。

 随分と気温が暖かくなっている。もう、外衣はいらない。おれは分厚い防寒用のマントを脱いだ。

「ねえシド、こうする事って最初からアレイさんたちと打ち合わせしてたの?」

「いえ、ここまでは……しかし、春の風を連れて、野営地の上空を通る事は分かっていましたから、先に皆に馬を用意して共に駆ける事が出来るよう、話はしてありました」

「族長さんは?」

 北門の前で、堂々たる宣言をしたキルヴェス族長。

 彼は最初から、こうするつもりだったのだろうか。

「おそらくは、違うと思いますよ」

 シドは、防寒の外衣をおれから受け取りながら答えた。

 はっと振り返ったが、シドは優しい瞳でおれを見下ろしていた。

「しかし、きっとグレイシャー様やクロウリー伯爵に触発されたのでしょうね。あの誓いを立てたのはあの場での事でしょうが、それは本心ですよ」

 私と同じです、とシドが言う。

「皆が、貴方の存在に心を動かされてしまうのです。決意を促され、新たな力を求めるのです。それは、貴方自身が常に未来を見据えているから」

「……そうなのかなあ?」

「そうですよ」

 おれに忠実な騎士は笑う。

 今でもおれには分からない。おれに、世界を変える力があるんだって。信じてないと進めないけど、信じ切る事は出来ないんだ。

 シドは、アレイさんと違った意味で、おれの導き手だ。

 誰よりもおれの在り方を信じ、おれの神性を信じ、誰よりもおれに自信を与えてくれる。

「ありがとう、シド。シドが信じていてくれる限り、おれは――」

 世界だって、創れるよ。

 おまえの為に世界を創ってもいいと思うくらい、感謝してる。

 だから、聞いておきたかった。

「……シド、騎馬民族(エクウィーダ)に戻るつもりはある?」

「いいえ、ありません。騎馬民族(エクウィーダ)であったシディアルダは……国教都市にてセフィロト国の間者に貫かれたあの時、死にました」

「じゃあ、その手足も、臓器も、頭脳もすべて、おれに捧げてくれる?」

「それは元より、誓っております」

 おれに跪いたシドは、あの時の台詞を繰り返した。

「私は貴方に忠誠を誓います。地の果てまでもお供し、貴方のためにこの命を捧げます。私の剣は貴方の身を守る為にのみ存在し、私の身は貴方の望みを叶える為にのみ存在します。私の血は貴方の為にのみ流されます。すべては、貴方の為に――我が主(マイ・ロード)

 おれは、すべての心を殺して、残酷な提案を、残酷な道を、残酷な実験を、シドに課すつもりでいた。

「シド、世界の(コトワリ)のせいで、おれはほとんど説明することが出来ない。でも――おれを、信じてくれる?」

「もちろんです」

 寸分の迷いもなく言い切ったシドを見て、おれは心を決める。

 両手を天に翳した。魔力の奔流を確かめながら、おれは徐々にその両掌に魔力を集中させていく。

 魔力は集めて固めると、結晶化する。その理論が本当だとしたら。

 おれの掌の中央にはキラキラと光る結晶が浮かんできた。少しずつ、少しずつ大きくしていくイメージで、結晶化させていく。

 シドは目を見開いてその様子を見ていた。

 最後にパン、と両掌で挟み込んで固めると、おれの手には一粒の宝石が残った。透明度の高い、ほとんど無色透明のその結晶を、シドに差し出した。

「護符の代わりに、この結晶を持っていて欲しい」

 シドは、何も聞かなかった。

 ただ、ずっと首に下げていた魔力除けの護符を外し、おれの渡した結晶を強く握りしめた。

「それは指向性を持たせてない魔力の結晶だから、もしかすると辛いかもしれない。でも、それを持っている事で、もしかすると、シドの魂が変質させることが出来るかもしれない」


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