M-003 油断
ミーナがお兄さんに馬で連れて行かれた。それを見て安心した途端、力が抜けた。
抵抗をやめて短い草の生えた地面に転がる。
「あーよかった」
もういいや。ミーナにはお兄さんもついていることだし、きっと無事にカトランジェの街にたどり着くことだろう。
突然抵抗をやめたことを不審に思ったのか、男は奇異なものを見る目で地面に寝転がった僕を見下ろしていた。
でも、このあとミーナを追いかけられちゃたまらないから、殺さない程度にこいつらに深手を負わせておかなくちゃいけないな。
そう思って腹筋をばねに立ち上がる。
「なっ! 油断させておいて!」
油断するお前が悪い。一瞬で抜刀して目の前の大男の大腿を大きく切り裂いた。
一瞬間があって血が噴出す。
「うあああーっ!」
大男は悲鳴を上げて地面をのた打ち回った。
それを見て、右の手甲から銀色の刃を飛び出させている銀髪の青年はうっすらと微笑んだ。
さっき振り返った時にも思ったけれど、本に描いてある本物の天使みたいだ――どこも歪んだところがない。陶器のように白い肌の中で深淵を映しこむ群青の瞳が目立つ。どこか眠そうに半分瞼が降りてきているのも、なんだか怖かった。
「君も久しぶり、だね」
「……?」
銀髪の青年から発せられた言葉に、思わず首を傾げる。
おかしいな、初対面だと思ったんだけど。僕はちょっとばかりぼんやりしているから……会った事を忘れてしまっているんだろうか?
「いったい何年逃げ回る気だい? 今度こそ、もう逃さないよ」
何年も、だって?
ああ、そうだ。父さんは僕の顔を、父親の『アレイ』にそっくりだと言っていた。その父親の瞳の色はミーナと同じ紫らしいけれど――ん? 紫の瞳、戦争でセフィロトに被害?
それに、アレイっていう名前……いや、そんなはずはない。だってあの人は、伝説なんだから。
どっちにしても、この人は自分と本当の父親を混同しているのではないだろうか。
「ねえ、たぶん間違ってるよ。人違いだ」
すると銀髪の人はちょっと首を傾げた。そして、今にも閉じそうだった目を大きく開いた。
その途端、この人から感じ取れる闘気が一気に膨れ上がった。
「ああ、そうだね。目の色が違う。顔もちょっと違う。若いし、機嫌よさそうだ……いつ変えたの?」
だめだ。話にならないや。
この分だとミーナの事も、生みの母親と勘違いしてしまっているはずだ。
やっぱりここで足止めしなくちゃ。
「僕はマルコシアス=フォーレス、騎士団長クラウドの息子だ!」
剣についた血を拭う間もなく濡れた刃を閃かせて銀髪の人に切りかかった。
振り下ろした剣を、闇目にも切れ味がよさそうで薄い刃が受け止める。
こうして近くで見ると、ぞっとするほど整った顔立ちがよく分かった。瞼は半分降りていて、それでもまるで彫刻みたいだ。
しかも、この銀髪の人は見た目よりずっと――強い!
切っ先の速度も力も、受け流す技術も……
「ねえ、弱くなったんじゃない?」
剣で押し負けて、いったん距離をとる。
父さん以外では初めて出会う自分より格上の相手、しかもこの戦闘スタイルは初めてだ。
それでも、退く気はないけれど。
銀髪の人は軽く口角を上げた。半分閉じた瞼では、どこか狂った精神を反映した表情にしか見えない。
「いくら夜だからって手加減しなくていいんだよ?」
「手加減なんてしてない」
もう一度剣を両手でぎゅっと握りしめた。
「ふぅん、じゃ、人違い?」
「最初からそう言ってるじゃないか」
僕の言葉を聞いて、銀髪の人はすっと刃をおろし、大きなため息をついた。
「なあんだ」
分かってくれたのかな?
そう思って少し手を緩めた。
「でも、別だけど、同じだ……そう、『似てる』……同じだけど、違う……似てる?」
銀髪の人は何かをぶつぶつと呟いた後、きゅっと眉を寄せた。
「君は誰?」
「さっき言ったよ。僕はマルコシアス=フォーレス。きっとあなたが探している人とは別だよ」
僕の本当の父親かもしれないけれど。
「マルコシアス……?」
銀髪の人の目がもう一度ゆっくりと開かれた。
深い群青の瞳がランプの明かりに照らされて、揺れた。
「ああ、そうか。じゃあ君も……敵だ」
こんな時なのに、僕は一瞬にして銀髪の人の顔に釘付けになった。
なんて、美しい。
女とか男とか、そんなもの全部超越している。
「V-A-L-E」
完璧に整った唇から呟かれたセフィロト国の古代語は、学校で習った事があった。
それは――
「……がっ……」
目の前に銀髪が揺れている。
胸の辺りが焼けるような痛みを帯びて、喉の奥に熱い液体がせり上がった。
血に濡れた銀の刃が視界をかすめる。
「さよなら」
それはセフィロト国の古代語で『さようなら』。
僕は、そのまま地面に倒れ伏した。
痛い、と言う声も出ないほどの焼け付く激痛に支配された。
やばい。
喉の奥から熱いものがこみ上げてくる。耐えきれず、咳と共に真っ赤な血を吐いた。それはそのまま地面に流れ出て、視界の隅が赤く染まった。
指一本動かせないままに倒れ伏した僕の頭の上から、低く、よく通る声が降ってきた。
「あーあ、やっぱり、弱い」
「……っ!」
その言葉で傷の痛みとは違う熱さが胸の内を焦がす。
弱い? 僕は、弱い……。
――イヤダ
全身が、その言葉を拒絶した。弱い、という言葉を。
大粒の涙を流したミーナの姿が脳裏を過る。そして、誓った言葉。
全身が煮え滾っているようだ。躰以上に心が痛い。そして熱い。
「まだ……」
心の痛みは熱いエネルギーとなって僕の中を駆け巡った。
「終わってない……っ!」
初めての感覚だった。
手も足も出せずに負けたことが、弱いと言われたことが、僕の中の何かを呼び覚ました。
――負けたくない
こんなにも強く思ったのは初めてだった。
動かない、と思ったはずの手足に力が入る。胸のあたりは焼け付くように痛いし喉の奥から熱い血が湧き出していたけれど。
ぽた、ぽたと地面に赤い雫が落ちる。
「あれ?」
不思議そうな声がする。
崩れ落ちそうになる膝を支えて、その声の主を睨みつけた。
「おかしいな、ちゃんと刺したはずなんだけど」
銀髪のヒトの右篭手から飛び出した刃は血に濡れている。彼はそれを確認して、もう一度僕の方を見た。
負けたくない。
その気持ちだけが僕を支えていた。
「仕方ないな、もう一回……」
血を吸った刃がランプの明かりで暗闇の中にゆらりと浮き上がった。
対する僕は、もう体の感覚なんてない。今立っているのが不思議なくらいだ。
でも。それでも。
ミーナを守るって誓ったから。
「強く……なりたい」
よく考えると、こんなにも自分のことで願ったのは初めてだったかもしれない。
そして芽生えたその感情に、応えるものがあった。
「負けないっ!」
そう叫んだ瞬間、僕の左手の篭手から光が溢れた。
かすむ視界、薄れゆく意識の中に優しい声が流れ込んできた。
「お願いだ。この子に……この子たちに、ありったけの加護と、平穏を」
誰の声だろう。とても優しい女の人の声がする。
それに、とても温かい。目の前に銀色の光が溢れている。
傷の痛みがどんどん遠ざかっていく。それに伴って、意識もはっきりしてきた。
視界を覆っていた銀の光が霧散するように消えた時、目の前には刃を構えた銀髪の人の姿だけがあった。
傷の痛みがない事を訝しみ、腹に手をやると確かに血でべっとりと濡れてはいたが傷は見当たらなかった。
おかしいな、確かに死にそうな傷だったと思ったんだけど。頭の中に響いた優しい声といい、温かくて柔らかな銀色の光といい、よく分からないことだらけだ。
いずれにせよ、先ほどのダメージからは完全に回復していた。
剣をまっすぐに銀髪の人へと向ける。
「負けない」
その言葉をもう一度、口に出して。
するとその銀髪の人は目を半分閉じたままで口角を上げた。
「ああ、なるほど……君はもしかして、あの二人の子供なんだ」
あの二人。どの二人を指しているのかは分からなかったけれど、この話の流れで行くと僕とミーナの両親の事だろう。
「そうかもしれない」
「リュシフェルの加護、マルコシアスの名……間違いないね」
銀髪の人は嬉しそうに笑った。
「もう一度、消してあげるよ。羽根の加護は……一つだけだろう? もうやり直しは利かないよ」
羽根の加護。
ああそうか、さっきの銀色の光は僕らの本当の両親だという人たちが名前と共に僕らに唯一残したのだと父さんが言っていた。
銀色の光とあの優しい声は、もしかすると……
「ありがとう」
まだ見ぬ、そしてこれからもきっと出会う事がないだろう本当の両親に向けて、こっそりと呟く。
僕の命を救ってくれた。
そして薄明かりの中、銀髪の人をまっすぐに睨みつけた。
手にした剣には先ほどの銀の光の残滓がまとわりついていた。
何故だろう――体が軽い。
細胞の一つ一つが歓喜するような高揚感を抱え、地を蹴った。
体が軽い。まるで背に翼でも生えているようだ。
軽く地を蹴るだけで、僕は楽々と銀髪の人との距離を詰めることができる。
そして、それだけではない。
「不思議だ……」
時間がさっきよりずっとゆっくり回転している。
先ほどは読めなかった太刀筋が、はっきりと目で見てとれる。
人間は死を乗り越えると超常的な力を手に入れる事があるって聞いたことがあるけれど、その類なんだろうか。僕は、この一瞬でずいぶんと強くなったようだ。
銀の閃きを頭上すれすれに見切ってかわし、剣の柄を構えて懐に飛び込んだ。
が、それはさすがにかわされる。
代わりに問答無用で拳がとんできた。
「くっ……」
何とか上体をひねって避けるけれど、体勢が崩れている。すぐには反撃できない!
苦し紛れに思いきり地を蹴った。
すると。
「……あれ?」
一瞬で視界が暗転した。
いや、よく見れば真っ暗ではなくかすかな光の粒がいくつも煌めいている。
ああ、そうか。
「飛び過ぎちゃったのか」
ふっと足元を見下ろすと遥か、ランプの薄明かりが揺らいでいるのが見えた。
僕は、夜空の中に一人飛び込んでしまったのだった。
動体視力だけじゃなく基礎視力もかなり上昇しているらしい。僕の目の前には見た事もないような星の海が広がっていた。
白銀に煌めく「休息の鷲」、それよりほんの少し青みを帯びた「飛翔する鷲」。そして二つを繋ぐ「大いなる懸け橋」。この3つの星には古い物語が秘められている。その起源は東方だったと聞くが、詳しい事は分からないし、物語の内容もよく覚えていない。でも、それは確か一年に一度だけ会える恋人たちの、悲恋の物語だったように思う。小さい頃、母さんが暖炉の前でゆっくりと僕ら二人に聞かせてくれたのだけ覚えている。
そしてその周囲を取り巻く銀の粉。光る羽根を持つ蝶が飛びまわったような、煌めく世界が広がっていた。
が、その余韻に浸っている場合ではない。
剣を握る手に力を込めた。
「行くぞ!」
体を捻って上下入れ替える。
すると、周囲の空気の流れが変わった――僕は、ものすごい勢いで落下し始めた。
剣をまっすぐに構え、目を凝らして狙いを定めた。ランプの明かりの中心で、あの銀髪の人が僕を見失って焦っている。
チャンスは、一度きり。
狙うのは――銀色に光る刃。
僕の体はどんどん加速して、闇夜でも薄ぼんやりと燐光を帯びる銀髪に近付いていく。
「うおおおおお!」
雄叫びをあげると、深淵を移す群青の瞳がこちらを向いた。
そして、銀の切っ先が迫ってくる。
僕は、落下の加速を生かして、渾身の力でその刃を叩き折った。
「何っ?!」
銀髪の人は大きく目を見開いた。
発せられた闘気に、僕は思わず飛び退る。
いったん距離を置いて呼吸を整えた。
先ほどまで眠そうに半分瞼が降りていたのに、今はくっきりとした群青の瞳の収まる眼が僕を睨んでいて、溢れ出す闘気を隠そうともしていない。
「まさか千里眼まで使えるとは思ってなかったよ」
「せんりがん?」
思わず首を傾げると、銀髪の人はなぜかにこりと笑った。
それだけでその場の威圧感が増す。
全身の高揚感が薄れている。僕の剣を取り巻いていた銀色の霧も消えかかっている。さらに、ゆっくりと回転していた世界がもとの速さに戻っていく。
貫かれたはずの腹は全く痛くならなかったから感知しているのだろうけど、ここでこの身体能力――おそらくそれは、本当の両親だと言う人が僕に残してくれた羽根の加護によるものと思われるが――を失ったら、また先ほどの繰り返しだ。
主武器である銀の刃は折ったけれども、他にも武器を隠し持っている可能性の方が高い。
僕はこの銀髪の人に勝てない。何しろ、この人と僕じゃ実力が違い過ぎるのだから。
でも、ここで倒しておかないと先に逃げたミーナが……
「マルコっ!」
そこへ、鋭い声が飛んだ。
はっと見ると、そこにはミーナを連れて逃げたはずのお兄さんの姿があった。黒毛の馬を駆り、闇の中から僕の方へ一直線に駆けてくる。
「ミーナはちゃんと逃がした。今度は、君も逃げるんだ!」
「あ」
僕も敵の銀髪の人も突然の乱入で油断している隙に、お兄さんはその柔な見た目からは信じられないくらいの力で僕を馬上へと引き上げた。
その間も馬は足を止める事はない。
「全く君たち兄弟ときたら、無茶ばかり……さあ、行くよ! 捕まって!」
僕がしっかりと馬にまたがった時には、銀髪の人も横転した馬車も倒れた聖騎士団の人たちもずっと後ろへと遠ざかっていた。
「あ、あの……」
「全く本当に君たちは無茶ばかりするんだから! 何で戻ったりしたの!」
「……ごめんなさい」
お兄さんの剣幕に、僕は素直に謝った。
すると、彼は一つため息をついただけで許してくれた。
「まあ、いいや。今度こそカトランジェへ向かおう」
「ミーナは?」
「先に向かっている。彼女は街道沿いだから道に迷う事はない」
先に行った、しかもお兄さんがここにいるってことは、ミーナは……
「一人なの? ミーナは今、一人なの?」
あり得ない。そう思って見上げると、お兄さんはひどく驚いたような顔をした。
「だめだよ、ミーナを一人にしちゃ! 何するか分からないよ? それに……寂しくて、泣いてるかもしれない」
父さん、母さんと別れたあの日みたいに。
「ねえ、追いかけよう! すぐに!」
真剣な目でお兄さんを見つめると、彼は馬を停めた。先ほどの場所からかなり遠ざかっている。ここまでくればもう大丈夫だろう。困ったように笑った彼の笑顔は壊れそうに儚くて、脆くて、危うい優しさを秘めていた。
どうして彼は、時に酷く悲しそうに笑うんだろう。
「君たちは本当に……」
ぽつり、と呟いた彼は、優しい手で僕の頭を撫でた。その感触は、何故だか父さんを思い出させた。
「離れたくないんだね」
そんな問いに、寸分の隙もなくこくりと頷いた。
だってミーナと離れるなんて、そんな事あり得ないから。生まれた時からずっとずっと一緒にいた。隣にいるのが当たり前だった。お互い何があってもすぐ助けられる距離にいたかったから。
「本当はオレ達が囮になって、街道を行かずに草原を突っ切るつもりだったんだけど……もしかすると、隠れずに3人で街道を歩いた方がむしろ目立たないかもしれない。敵も白昼堂々街道を通って逃げるなんて思ってないはずだしね」
「また囮って言った!」
僕が頬を膨らますと、お兄さんはぎょっとした顔をした。
「そんなことしたらまたミーナが助けようとするよ! それじゃ逆効果だ」
そう言って強固に主張すると、お兄さんは一拍置いた後、さもおかしそうに笑いだした。
不思議に思って首を傾げると、彼はこう言った。
「店長と同じパーツでそんな表情しないでよ! にっ、似合わない……」
いったい僕の本当の父親はどんな人間だったんだろう?
謎は深まっていくばかりだ。
一晩中馬を走らせ、元グリモワール王国の東都トロメオの方角がうっすらと太陽色に染め上げられていく頃、僕らは昔王都だったユダ=イスコキュートスとを繋ぐ街道にぶつかった。
お兄さん――どうやらリッド、というらしい――の話を聞くと、ミーナはそれほど遠くには行っていないはずだ。少し急げばすぐに追いつく事が出来るだろう。
街道沿いに軽く馬を走らせながら、隣を走るリッドをちらりと見る。
背はそんなに低くないんだけど、童顔のせいですごく幼く見える。ぱっと見なら20歳ちょっとくらいなんだけど……本当の年は幾つなんだろう? ひょっとすると、ものすごく年上かもしれない。大きな栗色の瞳は感情をよく映すし、おそらく年下の僕が言うのもなんだけど、まるで子犬みたいな印象を受けた。
「ねえ、リッド。リッドは父さんの知り合いなの?」
「ああオレはクラウドさんの2番目の弟子だよ」
「えっ? そうなの?」
「君たちの事は生まれた時から知っているよ。いや、生まれる前から、かな?」
本当に、このヒトは幾つなんだろう?
父さんの2番弟子って、もしかしてものすごく上の兄弟子なんじゃないだろうか。しかも僕らの事を生まれる前から知ってるって口ぶりからして、年の差は3つや4つじゃなさそうだ。
疑いの目で隣を走る茶髪の青年を見つめた時、ちょうど街道の先を歩く馬が一頭見えた。
そこには黒髪ポニーテールの少女が乗っている。
僕は、迷うことなく馬を走らせた。
「ミーナっ!」
大きな声で双子の兄弟を呼ぶと、彼女ははっと振り向いた。
その紫水晶にみるみる驚きが広がっていく。
「マルコ!」
何より聞きたかった声が響く。
僕は馬を飛び降りた。彼女も同じようにしてこちらに駆けてくる。
この距離が、いつもよりも遠く感じた。
「よかった、マルコ!」
ミーナが最後の一歩をジャンプして僕に抱きついた。
こんなにも感情をあらわにするミーナは珍しい。
僕らはこの一晩の不安全部を取り除こうと、首が締まるくらいにきつく抱き合って、そして満足するとどちらからともなく離して笑いあった。
そうしてひとしきり無事を確かめ合い、遅れて追いついたリッドに頭を下げた。
「ありがとう、リッド!」
「いや、いいんだ、二人が無事なら――さあ、今度こそカトランジェに」
「嫌よ」
リッドの言葉を、ミーナがきっぱりとした口調で遮った。
「ミ、ミーナ?」
「カトランジェには行かないわ」
僕はびっくりして口を大きく開けたまま硬直してしまった。




