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LOST COIN  作者: 早村友裕
第八章 DUSK FINALE
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SECT.18 ”さヨなら”

 視界が点滅する。

 おれの意識では、目まぐるしく変化する光景について行けない。

 でも、感覚に触れる滅びの力は、徐々におれに向かって近づいていた。

 ごめんね、ラース。

 10年前に契約した時からずっと、おれはラースの事を畏れていた。いつか世界を滅ぼす力になると思い、封印していた。

 それがグリモワール王国にとって最善となると思っていた。

 でも、違ったね。

 おれがしなくちゃいけなかったのは、ラースと向き合って、その力の使い方を教えてあげる事だったんだ。

 今さら、何て遅いんだろう。

 もう戻れないのに。

 ごめんね、ラース。

 おれも未熟者だったから、何て言い訳は通用しない。

 力があって、知識がない相手には、ちゃんとその使い方を教えてあげなくちゃいけなかったんだ。それは、教える側の罪だ。危険だからと閉じ込めて、力を使わせないんじゃなくて、ちゃんと行使する方法を一緒に考えなくちゃいけなかったんだ。

 それが出来なかったのは、おれ自身の罪だ。

 マルコシアスさんとアレイさんがお互いをに信じて、お互いの力を磨いてきたように、おれもそうすべきだったんだ。

 ごめんね、ラース。

 こんな状態で、どうしてあの師弟に勝てるだなんて思ったんだろう。

 滅びの力がおれに到達するまでのほんの一瞬で、おれはこの10年間を悔いた。

「君は 馬鹿ダね ルーク」

 自分の喉から、自分のものではない声が漏れる。

「でも僕ハ その自己犠セイの精神ガ 好きダッタヨ そんなコトシていて いつか 身を滅ボス時が来ルト 思うと 楽シミで 仕カタナかったよ」

 いつだったか聞いた台詞が過去形なのは、もう逃れられないと悟ってしまったからなの?

 おれと最初に契約して、おれに最初に力をくれた悪魔。

 殺戮と滅びの悪魔グラシャ・ラボラス。

 戦の悪魔マルコシアスの片割れとして生まれた存在。

 最凶の悪魔が敗れる。

 最初で最後の決闘で。

 彼自身の所為じゃない、おれの所為で――

 眼前に滅びの力が迫った瞬間、おれは死を覚悟した。

 ただ、ラースに対する謝罪だけが心に残っていた。



 しかし、死を待つおれに、それは与えられなかった。

 滅びが到達する瞬間、あれだけ充満していた滅びの気配が一瞬にして消え去る。

 感覚が揺さぶられ、一瞬眩暈がする。

 黒々としていた空は急激にその青さを取り戻し、ゆっくりと時間の流れていた世界は目まぐるしく回転しだす。冷えた風が肌を刺し、轟々となる風の音が鼓膜を揺らした。脳髄が揺さぶられ、意識が揺らぐ。

 ラースが体を支えていなかったら、そのまま崩れ落ちていたに違いない。

 そして目の前に、アレイさんが立っていた。

「返してもらおう」

 その声は、アレイさんのものではなく、マルコシアスのものだった。

 ラースは微動だにしなかった。

 特殊空間の閉鎖と共に、先ほどまで共有していた感覚を切り離されてしまった。今のおれに、ラースの感情を感じ取ることは出来ない。

 其処に残るのは、後悔なのか、諦めなのか、それともただ凪いでいるのか――

 アレイさんの身体に入ったマルコシアスさんがおれの額に指を当てた。

 そこから、ずるりと何かが抜け出していく感覚がある。片割れの力が、一方へと吸収されていく。

 ラースが、盗られる。

 はっと感づいたが、その力に抵抗できなかった。

 この感覚は、世界の(コトワリ)に抗おうとした時に似ている。もしかすると、この片割れを吸収するという行為そのものが世界の(コトワリ)に組み込まれているのだろうか。


 今まであったモノがなくなる感覚がある。

 とても大切なモノが消えて行く感覚がある。

 全身を喪失感が包みこんでいく。

 その力に抵抗できない。まるで力が入らない。意識も混濁し、薄らいできた。

 消えないで。

 行かないで。

 逝かないで。

 ねえちゃんが消えた時を思い出しそうになって、あふれ出す感情を必死に押し込めた。

 あの時、こうして絶望に身を任せて、ラースの力を行使した。

 カークリノラース。

 君に新しい世界をあげるって言ってグリフィスの屋敷から連れ出して、おれに真実の名を与えて、あんなに信用してくれたのに。

 仕方ナイな、って何度も力を貸してくれたのに。

 ラースが消えちゃうなんて、こんな終わりってないよ。

 みんなが悲しくない終わりは、この残酷な世界に存在しないの?

 残酷な世界が突きつけてくる選択肢に、逃げ場はないの?

「君は 会った時カラ ゼツ望を背負っテイたね それなノニ とても無垢ダッタ」

 ラースの声が少しずつ小さくなっている。

 おれの中にいるラースが少しずつ消えて行く。

「それハ 今モ 変わってナイよ」

 もし体が使えるのなら、おれは大粒の涙を流していただろう。

「今度は キミの作ル 世界がミたカッタけど 無理かな」

 小さなラースの声はそれが遺言のようで。

 まるで消えて行く運命を受け入れているような台詞は、傍若無人な殺戮の悪魔に似合わない。

「勝てルと 思っタンだけどナア ゴメンね ルーク」

 何でだよ。

 何でラースが謝るんだよ。

 謝りたいのはおれの方だよ。

 ああ、お願いだ。

 消えないで。

「さヨなら」

 最後の言葉に返す暇を与えずに、ラースの声は、力は、存在はおれの中から消えた。



「!」

 ラースが消えた事で感覚がいっぺんにおれの手元に戻ってきた。

 悲しみを纏う暇もなく、おれの左腕が消失した。

 失った左肘のあたりから大量の血が噴き出した。

 痛みと悲しみと喪失感と、何もかもが一度におれに襲い掛かる。

 喉の奥から、まるでラースの雄叫びのような咆哮が上がる。

 痛みと悲しみと自分の無力への怒り。

 どくりどくりと血を吐き出す左腕はもはや自分のものと思えない。

 目の前が血に染まる。

 まるでラースを初めて召喚したあの時のように。

 そして、凄惨な事実を否定するかのように、おれの意識は奥底へと落ち、暗転した。


 薄れゆく意識の中で、声を聞いた。

 とても優しい声。

「大丈夫ですよ」

 聞き覚えのあるその声は、手品師(マジシャン)のものだった。

 何故、この人の声がするのだろう。

「貴方にだけは遺していきますね」

 耳元で囁かれたのは、彼の名前だったのか――


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