SECT.14 ゲーティア=ゼデキヤ=グリモワール
お城の中をどう歩いたのか分らない。きっと一人放り出されたら二度とこの建物から出られないだろうと思った。
いくつも扉をくぐって、階段を上って、長い廊下を歩いて行き着いた先は今まで見た中で一番大きくて豪華な扉の前だった。黒い翼の獅子が彩る紋章が掲げてある。
これがグリモワール王家の紋章なのだろうか。
目の前で扉が開いた。
明るい光が差し込んでくる。
ねえちゃんとアレイさんがゆっくりと扉の中に足を踏み入れた。
「ただいま参上いたしました」
二人が赤い絨毯に膝をついて挨拶した。
ふいと見上げると、目の前の壇上に大きな椅子に座ったおじさんがいた。その背後が窓になっていて光が差し込んでいる。逆行でよく見えないが、重そうな冠を頭に載せて、暑そうな毛皮のマントを羽織っていて、口ひげをたくわえていて……その姿が絵本の世界で見た王様そのもので少しおかしかった。
その壇の下には左右に一人ずつ騎士が控えていた。純白の甲冑に身を包んだ騎士と、漆黒の甲冑に身を包んだ騎士。身の丈以上ある槍を持ち、身じろぎ一つせず直立不動で立っていた。
ぼーっと壇上のおじさんを見上げていると、ねえちゃんとアレイさんはもう一度立ち上がって進み出た。
おじさんがいる壇の真下まで来て、もう一度頭を下げる。
とりあえず、慌てて二人に付いて行き、見よう見まねで膝をついた。
「堅苦しい挨拶はよい。今回はグリフィス家の末裔にグリモワール王国レメゲトンの位と使役するコインを与えるために呼んだのだ」
「はい」
ねえちゃんは自分のほうを振り向いて、前に進むよう促した。
仕方がないので立ち上がってねえちゃんとアレイさんの間を通り、壇に近づいた。
すごく上のほうから、光とともに声が降ってきた。
「名は?」
「ラックです」
まぶしい。思わず目を細めた。
「ふむ。少女と聞いていたのだが?」
「申し訳ございません。なにぶん急なことで正装は間に合わず……」
「そうか」
その声から何の感情も読み取れなかった。年齢も分りにくく、すごく低くはないけど高くもない、特徴のない声に聞こえた。
「少女、これからはグリフィス家の末裔としてラック=グリフィスを名乗るがよい。グリモワール王国レメゲトンの位と、第2番目の悪魔アガレスのコインと第64番目の悪魔フラウロスのコインを授ける」
「……ありがとうございます」
なんだかよく分からなかったが、とりあえず頭を下げてみた。
部屋の横にある扉が開いて、女のヒトがお盆を持ってこちらに向かってきた。
「第2番目の悪魔アガレスは地震を、第64番目の悪魔フラウロスは地獄の業火を操るという。グリモワール王国のため、我がために日々精進せよ」
女のヒトが持ってきたお盆には二つのコインが乗っていた。
貰っていいのかなと思ってねえちゃんを振り向くと、ボーっとしてないではやくコインをとりなさいと目で叱られた。
お盆の上からコインを貰って、ねえちゃんとアレイさんの後ろに下がった。
「下がってよいぞ。詳しいことは後ほどヴァイヤー老師が伝えるだろう」
「はい」
最後に部屋を出るときもう一度3人で深く礼をしてから、その広間を後にした。
今の一連の流れは、一応踏まなくてはいけない手順の一つらしい。
国が与える天文学者の地位、つまり『レメゲトン』と呼ばれる者に位を与えるには、二人以上のレメゲトンと二人以上の騎士団長がいる前で王様が宣言せねばならないのだという。
「めんどくさいんだね」
「そうね、ゼデキヤ王もいつも同じことをおっしゃるわ。でも一応古くからのしきたりだから最も簡単な方法で手順を踏むことにしているの。と言っても、あなたの前にこの儀式を受けたアレイの時がもう4年前だから、もう何年かに一回しか行われていないのよね。大昔、72人の天文学者をそろえていた時代はもっと年に何度もあったらしいのだけれど」
「へえー」
「ゼデキヤ王も普段はもっと気さくな方よ。もっとも、今は公務がお忙しくてほとんどお会いできないのだけれどね」
控え室としてあてがわれた部屋で、出された紅茶を飲みながらヴァイヤー老師が現れるのを待った。
紅茶は今まで味わったことのない深くまろやかな風味だった。
おいしい。これでケーキが出れば言うことなしなんだけど。
「グリフィスって、この間の昔話に出てきたゲーティア=グリフィスっていう天文学者のこと? おれ、そのヒトと何か関係あるの?」
「ええ、あなたはおそらくグリフィス家の最後の生き残りよ。もっとも、グリフィス家自体何十年か前に滅亡したといううわさだったのだけれど、なぜか生き延びていたようね」
「じゃあ、おれはこれからラック=グリフィスってことになるのか?」
「そうよ」
「ねえちゃんはそのこと、知ってた?」
「……知っていたわ。黙っていてごめんなさい」
「ううん、いいよ。だって知ったらねえちゃんと離れ離れになってたかもしれない。でも、これからは、ラック=グリフィスになっても一緒だよね!」
「そうよ。大丈夫、私があなたを守ってあげるわ」
ねえちゃんが笑いかけてくれたので笑い返した。
「それよりもこの服、暑いし肩がこりそうだ。もう着替えたいよ! 足は重いし……」
「もう少しよ。ヴァイヤー老師に会ったらうちに帰って夕飯をいただきましょう」
「はーい」
「やれやれ……これがレメゲトンとは。先が思いやられるな」
アレイさんははあ、と深くため息をついた。
「大丈夫よ。この子は今までにない強力な力を持つことになるわ。それ以外の事は私達がフォローしていかなくちゃ」
「冗談は休み休み言ってくれ。こんなガキのお守りなど真っ平だ」
「ガキって言うな!」
「うるさい」
アレイさんは紫の瞳を細めて忌々しげにつぶやいた。
「ゼデキヤ王の意図が分らん。こんなガキにフロウラスだと? このガキを体よくつぶしにかかったとしか思えん」
「違うわ、アレイ。ゼデキヤ王はこの子の秘めたる力をお見抜きになったのよ」
「だからと言ってそこでなぜそのコインが出てくるんだ。せめてもう少し大人しいコインで修行を積んでから……」
「若造、何も分っておらんな」
そこへしゃがれた声が割り込んだ。




