--- おわり ---
夜を待って出発を決めた。
見送りは少ない。クラウドさんとダイアナさん、そしてようやく意識を回復したリッドの3人。
同時に、この3人だけが『ウォル』と『グレイス』の記憶を残している。
「リッドも知ってたんだね。おれたちの……正体」
「……ごめん。店長とグレイスが結婚したくらいに聞いたんだ」
「いや、いいよ。それよりも……ありがとう。助けてくれて」
「二人が無事ならそれでいいさ」
リッドはいつものように、子犬の瞳で笑った。
まだ顔色は悪かったけれど、どうやら命に別状はなさそうだった。
「んじゃあ……行くね」
「ええ。ラック、アレイ、気を付けて」
「はい。義兄上と姉上も」
ああ、自分はまた大切なヒトとさよならするんだな……そう思ったら、鼻の奥がツンとした。
それを振り切って、にこりと笑う。
「まずはカトランジェに向かうのよね?」
「うん。あの街のヒトならだいじょうぶ! みんな優しいもん」
「そう」
ダイアナさんはぎゅっと抱きしめてくれた。
もしかするとこれでもう、会えないかもしれないから。
ありったけの想いをこめて。
「いってらっしゃい、ラック。でも、辛かったらいつでも帰ってきて。私たちはずっと待っているわ」
「ありがとうダイアナさん」
ダイアナさんが母さんだったらよかったのに、って思ったことがあった。クラウドさんが父親で。
その願いは、自分の子たちによって実現した。
きっとこの二人なら、立派に育ててくれるだろう。
すでに小さくなってしまった影に向かって大きく手を振った。
薄暗い中だから、もう向こうからは見えないだろう。
「……行くぞ、くそガキ」
「うん」
くるりと背を向けて歩き出した。
住み慣れた街を離れて、当てのない旅に出る。
だいじょうぶ、隣にこのヒトがいるから。
子供たちの事を忘れる日はきっと未来永劫こないだろう。きっと罪が贖われる日も来ない。戦争を起こしたことも、敗北したことも、多くの人の命を奪ったことも――
でも、だいじょうぶ。自分は、未来を見据える事が出来る。
「コインを……探そう」
「コインを?」
「この先何があるにしても、悪魔の助力が必要だと思う。無論マルコシアスとリュシフェルが不足だというわけではないが……」
「コイン探して、どうするの?」
「できる限り紋章契約をする。そしてコインは、破壊する」
「……いつになく過激だね、アレイさん」
くすくす、と笑うと、軽く頭を叩かれた。
「茶化すな。これはきっと最後のレメゲトンである俺たちに残された使命だ。コインの時代に終わりをもたらすことが必要だろう」
「なんで?」
「新しい時代が始まろうとしているからだ」
びっくりして目を大きくすると、アレイさんはいつものように無表情で淡々と言った。
「ミュレク殿下を中心にグリモワール再興を願う人々が動き始めている」
「サンが?!」
サン=ミュレク=グリモワール、グリモワール王国最後の王ゲーディア=ゼデキヤ=グリモワールの唯一の息子にして元第一王位継承者。
「もし、お前が望むなら……多くの悪魔を集め、その支持を得、手助けする事も可能だ」
サンが、再びグリモワール王国を作ろうとしている。
驚きで感情が動かなかった。
「数百年前お前の先祖がそうしたように、独立戦争には悪魔の力が必要だろう」
「うん……うん、そうだね!」
なぜだろう。この瞬間、未来が一気に拓けた気がした。
まだ何も始まってはいないというのに。
「ミュレク殿下の居場所は義兄上に教えてもらった……行くか?」
「行く!」
気づけば即答していた。
心の奥から歓喜がわきあがり、希望が満ちていく感覚。
ああ、自分は未だ生きていていいのかもしれない。
「ね、急ごう! アレイさん」
ぱっと左手で手をとった。
その途端、軽い痛みが左腕全体を襲う。
「痛っ!」
「どうした」
「ん、何でも……ない」
気のせいかな?
血管の浮き出た左手は篭手で隠してある。
「それより、行こうよ」
「……本当に大丈夫か?」
「だいじょうぶだよ!」
朝日を背に、グライアル平原を西へ駆け抜けた。
この時の自分は未来しか見ていなくて、自分の過去に目を向けていなかった。たくさんの情報が一度に流れ込んだせいで、その一つ一つを噛み砕く余裕がなかったんだ。
ただ前だけを見て、隣のヒトの手を握りしめて、希望に満ちあふれていた。
世界の理とか柱とか、片割れの悪魔とか光が別った世界とか。
ルシファがおれに求めているものを知った時、ようやくそのすべてがつながっていた事を知ったんだ――




