焦燥の臣
長い廊下を侍女たちは血相を変えて走り回る。注意した大臣に事情を話すと、驚きのあまり腰を抜かし、けたたましく呼び鈴を鳴らして城中に異常を告げた。
駆けつける近衛隊から番兵まで、緊張に顔を強張らせている。なんたる失態だ。
「つい先ほどまで、静かに椅子に座っていらしたのに」
「お召し替えが済んで、お茶を淹れようとおそばを離れたほんの少しの時間に」
「いいえ、不審者なんていませんでした。本当です」
尋問され、いよいよ侍女たちは泣き出した。
仕立て上がったばかりのブルーのドレスに袖を通し、髪を結わいてもらう間もセシルはいつもと変わりはなかった。おとなしく座ってぼんやりと窓の外を見つめていたのだが。
「では、姫様がお一人で出かけられたとでも言うのか」
ありえない。大切に、大切に育てられたセシル姫が、共もつけずに城外で何ができる。たとえ街へ出たとして、美しく高貴な姫に誰もが驚くだろう。だが、城下のものが姫を見かけたという情報はなかった。
「何者かが姫を……」
彼らは互いに疑惑の目を向ける。アディンセル城の警備は誘拐犯が忍びこめるほど甘くはない。
「弁明はあとで聞く。早く、早く姫を探せ!」
「ああ、もしあの子に何かあれば……」
国王は怒鳴り散らし、王妃は卒倒し、大臣や貴族は責任を押し付け合い、衛兵と侍女たちは首を差し出す覚悟を決める。
セシル姫が姿を消したという噂はすぐに城下に伝わり、みな仕事を投げ出して姫の捜索にあたった。建物の影、路地裏、穀物庫は木箱の中を一つずつ確認し、井戸を覗き込み、いよいよ焦る。
そんな中でただ一人、アンナ・セネットは胸の前で手を組み震えていた。顔面は蒼白になり、嫌な汗が背をつたう。
「まさか、姫様……」
日の差さぬ窓の向こうに広がる北の森、まだ捜索隊は踏み込んでいない。よもや薄暗がりの森に入るなど、夢にも思っていないのだ。
しかし、アンナには心当たりがある。
昨日話した北の森に住む竜と竜使いの言い伝えに、セシル姫は興味を示していた。
「そんなはずは……」
あれは街で流行りの書物だと、騎士団長が言っていたではないか。思い過ごしと首を振ってみても不安を払拭できず、心臓は早鐘のように鳴り、息がうまくできなかった。
「アンナ? どこへ行くんだい?」
年配の侍女が声をかけてもまるで聞こえていないようで、ふらふらと勝手口へ向かう。
扉を押そうとした手を、誰かが強い力でつかんだ。恋人の少年兵コーザだ。
「コーザ、私、どうしたら……」
「俺たちに任せて、姫様のお好きなパイでも焼いて待ってろ」
「でも」
「大丈夫。すぐに見つけてくるから」
震えるアンナを抱きしめ、優しく髪を撫でてやる。
「ライナス隊長に、北の森も探すように進言してみるよ」
そして額にくちづけ、マントを翻した。
「さあ、アンナ。私たちは私たちのできることをしましょう」
「姫様が戻られた時に、安心してお休みいただけるように」
詰所に戻ろうと他の侍女たちが促すが、とてもじっとなどしていられない。
「……ごめんなさい」
言うが早いか、アンナは勝手口から出ていった。