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豊潤の国

 小国でありながらアディンセルが周辺の大国に攻め込まれることなく、豊かに繁栄し続けることができるのは、自然の要塞に守られ、尽きることのない資源に恵まれているからである。


 深い森は外敵を惑わし疲弊させ、戦意を奪う。大河は渡るには流れが速く、橋をかけるには広い。同盟国につながる大街道は一歩踏み外せば谷底へ。伏兵がひそむ余地もない。


 また、南の大河がもたらす肥沃な土は作物を育てるのに適し、残る三方からは金銀をはじめとする鉱物が湧き水のようにあふれ出た。


 僻地で汗を流して労役につくのは最下層のもの、罪人であったり、かつて侵略に失敗し捕虜となったものの末裔であったり、あるいは金で買われた奴隷であったり。


 そのため城下街で暮らす平民たちでさえ、食卓に並ぶ毎日の糧も、その身を飾る宝石も、どのようにして作られるのか知らない。それほどに、平和だった。


 裕福なアディンセルを、近隣諸国は欲してならない。


 難攻不落のアディンセル城をいかにして落とすか、美しい街を破壊せずに手に入れるにはどうすべきか。彼らは唯一の姫に注目した。


 年頃のセシル姫に気に入られれば……わずかな望みをかけて手紙を書き、贈り物をし、機嫌をうかがう。しかし、それらが姫のもとに届くことはなかった。


 ならばと大臣や貴族に賄賂を送り、味をしめた奸臣は甘い言葉をささやき私腹を肥やす。セシル姫の婿殿が決まらぬ所以である。


 優雅な日々の中で、じわりじわりと迫る脅威に彼らは気付かない。


 焼き払われ、崩れ落ちた家屋、わずかな耕地は踏み荒らされ、くり返される掠奪、殺戮、すべて奪われ、かろうじて生き延びたものは家畜以下の扱いを受け、ただ絶望がはびこる。




  我に従え


  我に差し出せ


  弱きものは強きものの贄となれ




 暗雲立ち込める空に銅鑼が鳴り響き、狂戦士が剣を振るう。機械仕掛けの大筒が火を噴き、鞭がしなれば巨大な珍獣が嬉々として大地を揺るがした。


 小さな集落で暮らす人々に、対抗するほどの力があるはずもなく。ただ逃げ惑い、泣き叫び、慈悲を請い、奪われる。


 恐怖による支配。


 圧倒的な力で他者をねじ伏せ、野獣のように我欲を貪る奴らは、まさに悪魔。


『めざすは彼の地』


 かさつき、ひび割れたくちびるから吐き出される嗄れた声。ぎらぎらと光る赤い瞳が彼方を見遣り、舌舐めずりした。


 豊潤の国、富の国、唯一の姫は若く美しい。


 大河が行く手を阻むならば、堰き止め、流れを変え、埋めてしまえばいい。


 虚ろな瞳の狂戦士は言われるままに岩を運び、土を削り、埋める。


 じわりじわりと気付かれぬように、赤い悪魔が手を伸ばす。


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