小鳥の夢
夢を見た。
美しい鳥かごのような王城を離れ、空を飛ぶ夢。
千の山を越え、万の海を渡る。そう、竜の背に乗っているのだ。
遠く、高く、空の青に吸い込まれるほどに竜は登っていく。頬に受ける風が強過ぎて、きゅっと目を閉じ顔を伏せた。
「怖れずに、よく見てごらん」
誰かの声がする。
低く穏やかな声に従い、そっと目を開けた。
「……!」
眼下に広がる美しい街。西の湖はきらめくさざ波を立て、そこから悠然と南を囲うように大河が流れ、突然切り立つ東の渓谷へ落ちる。北は深い森に守られ、全ての中心に荘厳なアディンセル城がそびえ立つ。
そう、これが私の知る世界。
自然の要塞に守られ栄えた国。
竜はさらに遠く、高く、空を翔る。
ああ、私の国は、美しいけれど、狭い。
森を抜けると見知らぬ街がある。大河を越えると不思議な色の髪と肌のひとが住む。湖の向こうには雪を頂く山々が連なり、渓谷は深くその先が見えない。
ああ、私は小さく、無知で無力だ。
きっと、小鳥のようにか弱い存在の私には、この美しい鳥かごはちょうどいいのだろう。人々に愛でられるのは、幸せなことだ。
セシルは夢の中でさえ、諦めに似たため息をついた。
夜も更け、セシルが退席した後の大広間では、必然的に人々の関心は若く美しい騎士団長ライナス・アルフ・コンラッドに向けられる。
まばゆいシャンデリア、繊細な彫刻の施された柱、よく磨かれた大理石の床にやわらかい緋色の絨毯、色とりどりの花も優雅な音楽も、全てはライナスを引き立てる装飾品に過ぎない。
豊かな金髪を背で束ね、軍服ではなく大貴族らしく正装したライナスは高貴で近寄りがたく、聞きたいこと、話したいことは山ほどあるのに、男も女も誰も話しかけられずにいた。
老いたアディンセル王だけが唯一そばに呼びつけ、彼に与えた特別任務の報告を聞く。
「……長らく、南の大河の向こうは蛮族の住む荒野だと思われていましたが」
耳触りの良い涼やかな声に、女性はうっとり頬を染める。その内容が無骨な軍事であっても。
「近年、ある部族が急速に力をつけ、次々と他の部族を併合し、その勢力はすでに国とも呼べるほどに。道はよく整備され、人々が行き交い、街は大きく成長しています。我々アディンセルとは異なる言語、宗教、文化ゆえ交流は難しいと思われますが、彼らの持つ技術は高く、取り込めばアディンセルはますます発展することでしょう」
アディンセル王はふむ、とうなずき、できるかと問う。ライナスは躊躇うことなく答えた。
「お望みとあらば」
さすがライナスと人々は賞賛する。そしてセシル姫の夫の座を狙う男たちは、到底敵わないとため息をついた。
騎士団長として精鋭部隊を引き連れ、王都よりはるか離れた南部の調査にあたるのは、彼の高い能力を見込まれてのこと。もし蛮族が敵対するならば、すぐにでも斬り伏せるだろう。もし友好的ならば、彼らの言葉を覚え、持ち前の社交性で和平の盟を結ぶだろう。文武どちらにも長けたライナスだからこそ成せる業。
「……そなたを危険な僻地に遣るのは心苦しい」
しかしライナスは、あの太陽のようなほほ笑みで王を見上げた。
「城勤めばかりでは、腕が鈍ってしまいますから。私たち軍人には、これくらいの緊張が必要なのです」
人々は思う。この任務のあとに、彼は次期国王としてセシル姫の隣に並ぶのだ。強く、賢く、若く美しい王。至極の宝石と謳われるセシル姫とともに、なんと絵になることか。
「両陛下と姫、そしてアディンセルの民のために、早急に憂いの種をとり除くことをお約束いたします」
平和なアディンセルに争いなど無用、未然に防げるのならそれに越したことはない。優秀な部下のおかげで王の警護の心配もなく、任地に赴ける。
願うことはただ一つ、どうか愛しい姫が今宵も良い夢を見れますように……




