復興の兆
比較的被害の少なかった貴族たちの居住区域に人々は集い、心労のため床に伏す王弟殿下を囲んで国外退去を算段する。逃れたところで身分の保証はなく、過酷な運命が待ち受けているのだろう。それでも、ここで果てるよりはとみな覚悟を決めた。
身体の弱い王弟に代わり、母の身分が低く本来ならばひとの上に立つことのなかったその子息が、ガァラの煙の効かない忠臣たちとともに指揮をとる。
いよいよ国を出ようとした時に、闇夜に浮かぶ金色の人影が彼らの前で平伏した。
一同はどよめく。あの眩しい金の巻き毛は。
「裏切り者め、何をしにきた」
剣を抜き、ぐるりと取り囲む。
「……力を貸してほしい」
美しい裏切り者は、平伏したまま言葉少なに言った。
「笑止。貴様、よくもおめおめと!」
今にも斬りかからんとする彼らに、ライナスは必至の形相で訴える。
「責めならあとでいくらでも。今はとにかく急を要する。姫が……セシル姫が生きておいでなのだ」
「なんだって?」
この痴れ者め、また我らをたぶらかそうと言うのか。彼らが疑うのも仕方あるまい、姫の行方が知れず幾月、なぜ今になって。
「私は確かに見た。巨大な生物が北の空に飛び去るのを。あれこそ、かつて姫が気になさっていた竜に違いない。きっと姫は、竜たちと……!」
いよいよ気がおかしくなったのか。いや、それにしては瞳は澄み、語気が強い。かつて近衛隊長だった頃の姿を思い出す。
「信じられないなら、それでいい。だが、どうしても城を取り戻し、姫にお返ししたい。私の処罰はそれからだ」
半数が剣を下ろし、半数が戸惑いながら顔を見合わせた。決めかね、王弟の方を振り仰ぐ。
「ライナスよ、なぜ我らを訪ねてきた。捕らえられ、首をはねられるとは思わなかったのか」
亡きアディンセル王とよく似た声が、静かに問いただした。ライナスはためらいなく答える。
「ただ、姫をお救いしたい一心で」
王弟はふむ、とうなずいた。あの美しく気高かった男が、血と泥にまみれ、瘦せおとろえ、恥を捨てて地に頭をつけている。その姿に胸打たれ、王弟は剣を収めるように合図した。
「……よろしい。ならば共に戦おう」
それまで血色の悪かった王弟の顔色が戻り、支えなしで立ち上がる。人々は勇気をふり絞り、希望を抱き、つき従った。
「だが、ライナス。貴様のしでかしたことは、決して許されることではないぞ」
「承知の上です」
姫さえ無事に助け出せたなら、この命など。
夜闇に紛れて王弟とその子息が率いる一隊が、王城を目指して静かに進む。途中、城下のあのよき街人たちにも声をかけ、城に避難するよう促した。
「城にはまだいくらか食料や薬がある」
「安心なさい、君たちのことは我々が守るから」
普段は遠くから姿を見るだけの上流貴族や騎士たちにほほ笑まれ、街人たちは緊張した面持ちで彼らに続いた。
まず、ライナスが小隊を率いて安全を確かめる。潜んでいた蛮族どもを排除し、すみやかに入城させた後は、大臣たちが国庫を開いて手際よく食料の備蓄を分配した。まだ夢心地の街人たちも、ようやく安堵の息をつく。
兵士たちは警備と同時に城壁の修復に取りかかり、働ける男たちがそれを手伝った。
かつての平和で豊かなアディンセルにはとうてい及ばないが、貴族も騎士も市民も手を取り合い、復興へ向けての一歩を踏み出した。