呪いの声
薄暗い王の間で、金の巻き毛の若い王は気だるげに肘をつき、こめかみを押さえた。
眠れない。眠ってはいけない。張りつめた神経は限界に、疲労から夢と現実の境が曖昧になる。
……苦しいか、苦しいか
……憎いか、憎いか
また、あの声だ。ライナスはうんざりと眉をひそめた。
……苦しめ、苦しめ
……憎め、憎め
かつてこの手ではねた前王の首があざ笑う。
あの日以来、何もいないはずの部屋に化け物が飛び交い、不気味な声が響くようになった。おそらく悪魔の煙の後遺症なのだろう。だが、それしきのことで恐れるほど脆弱ではない。
ライナスは宙を見据えたまま、右足に短刀を突き立てた。
笑い声が去る。
静かになったところで、気が休まるわけではない。常に剣を携え、鋭い瞳で注意深く周囲を見回し、王座に深く身を沈めた。
大扉へ真っ直ぐ伸びる赤い絨毯は、別の赤を吸ってどす黒く変色している。
誰も、王には近寄らない。
誰も、王には近寄れない。
うかつに踏み込んだ者は、容赦なく斬り捨てられた。
「ライナス様、ガァラの使者が……」
不躾に名を呼ぶのは、側近として使ってやっている下等兵。彼らでさえライナスのことを王とは敬わず。
「おや、そのお怪我は?」
「……大事ない」
具合を診ようと駆け寄るより先に、ライナスは剣を掴んで威圧した。側近は固唾を飲んでうすら笑いを浮かべる。
「斬り捨てろ」
「は?」
「蛮族の使いなど斬って、城壁の外に捨てておけ」
「そ、そんな……」
側近はみるみる青ざめ、全身をわななかせた。焦点の合わない瞳が赤黒く濁る。
「そんな、そ、そんなことをされたら困るんだよ! て、て、てめえは我らが王に、お、王におとなしく従……したが、が、え……」
彼の言葉は途中で終わった。つい先ほどまでライナスの足に刺さっていた短刀が、男の喉を貫く。
何が起きたのか理解せぬまま、まだライナスを罵ろうと口を動かす。ひゅうひゅうと耳障りな音が洩れ、ついには絶命した。
辺りに静寂が戻る。ライナスは小さくため息をついた。
もはやこの城に、ライナスに味方するものはいない。
香に汚染されなかった賢者たちは早々に各地に散り、残るは蛮族どもの傀儡と成り果てた愚者どもばかり。はるか河南の地で様子をうかがうガァラの王は、さぞや楽しんでいることだろう。
ライナスはもう一度ため息をついた。
……苦しいか、苦しいか
……憎いか、憎いか
また、あの声がする。
……苦しめ、苦しめ
……憎め、憎め
これは自分の犯した罪への罰だと思えば苦などない。
それよりも、いまだ行方の知れぬ愛しい姫を想う気持ちが彼を苛めた。
国内はすでに隈なく探した。近隣の国に逃げ延びたなら、きっとその国は彼女の名を使って何らかの圧力をかけてくるだろう。しかし、その気配はない。
やはり、すでに……ライナスは首を振った。
我ながら未練がましいと思うが、せめて生きていてほしいと祈る。