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悔恨の日

 その頃アディンセル城では、破壊し、略奪しつくしたガァラどもが立ち去った後も、消えない悪魔の煙の残り香に人々は苦しめられていた。

 正常な思考能力を奪い、感覚を麻痺させ、うちに眠る本能を駆り立て、味方同士で争わせる。効力のきれたものはひどい倦怠感と頭痛に悩まされ、生きる気力さえ失ってしまった。

 よく鍛え、強い心を持つ騎士たちや、思慮深く、愛国心あふれる大臣や貴族は、どうにか気持ちを奮い立たせてアディンセルの再興をと躍起になるが、ままならず。

 国王夫妻はすでになく、唯一の後継者であるセシル姫は行方が知れない。

「王弟殿下はご無事か。ならば至急連絡を」

「しかし、あの方は身体が弱く、長らく公務から離れておられる」

「ならば姫の従兄弟殿は」

「彼らは母君の身分が低く……」

「ええい、早くどなたかに即位していただかなければ、やつめ、我が物顔でのさばりおって」

 まだ火の手くすぶる王座にいち早くついたのは、あろうことか裏切り者のライナス・アルフ・コンラッドだった。

 もちろん、誰も彼のことなど王とは認めない。しかしながら軍を掌握し、家名と財力をちらつかせるライナスになびくものが現れるのに、そう時間はかからないだろう。

 敵と通じる男に城を、国を奪われ、この先どうしていけばいいのか。

 城下では民がガァラの残党に怯え、奪われた日常を嘆き、暗い未来に絶望している。彼らを守る力は、今のアディンセルにはない。せめて他国に逃がしてやることができれば。賢臣たちはただため息をつくばかり。

 皆に憎まれ、恨まれながら王座についたライナスだが、様子がおかしい。苦しそうに顔をしかめ、こめかみのあたりを押さえて目を閉じる。

 頭の奥がしくしくと痛むのだ。

 幾重にも巻かれた包帯にはいまだに血がにじみ、指先を少し動かすだけで激痛が走る。ため息をつくことさえ煩わしい。

 意識が回復したのが奇跡だと言われるほどの重症だったが、頭痛の原因はそれではなかった。

「姫は……姫は、まだ見つからないのか」

 よく整った顔はやつれ、苛立つ声には覇気がない。そわそわと落ち着きなく足を揺らし、部下を叱責する姿にかつての美しい騎士の面影はなく、ただ疲れた青年が気怠げに見下ろしている。

 部下である兵士たちは敬礼し、後ろを向いた途端に舌打ちした。成り上りの王に心より忠誠を誓うものはいない。

 そんなことよりも。

 ライナスは背もたれに身を預け、深いため息をついた。両手で顔を覆ってみても、怒りをあらわにした姫の瞳は消えない。

 生涯守ると誓ったはずなのに、この手で苦しめ、傷つけてしまった。詫びて許されるはずもないが、せめてこの城を、国を、平和な日々をお返しできるように死力を尽くす必要がある。

「どこにいる、セシル姫……」

 崩れた聖堂から見つかった隠し通路には、姫のものと思われる焼け焦げたドレスと金髪が残っていた。だが、それらを抱きしめるようにして息絶えていた少年兵には、セシルと同じ年頃の恋人がいたはずだ。もしや二人が命を賭してセシルを逃したのでは。

 淡い期待を抱き、総力を上げて捜索しているものの、手がかりの一つも見つからない。

 やはり、すでにという声は次第に大きくなるが、ライナスはこの目で確認するまではと諦められなかった。

「もっとよく探せ。ガァラよりも先に見つけろ。姫には必ずお戻りいただくのだ」

 つい口調が荒くなるのは、あの香のせいか。すでに正気は取り戻したというのに、時折心が闇色に染まる。抑えようとしても抑えきれない衝動。姫の安否が気がかりなこともあいまって、焦燥感が募る。

 これほど姫のことを想い、姫のために国を取り戻そうとしていることを、人々は知らない。

 王を名乗り軍を動かすのは、一刻も早く民心をまとめ、国力を回復させ、ガァラの次の攻撃に備えるため。そこに野心はない。

 しかし人々は、彼が懸命にセシル姫を探すのは、改めて自分のものとし即位を正当化させるためだと思い込む。

 今、ライナスに近付くのは、打算で敵味方を変える奸臣のみ。信頼できる協力者もなく、生きているのかどうかさえわからない姫の捜索は困難を極めた。

「早く……早くお救いせねば……」

 か弱い姫が、城外で供も連れずにいかに過ごしているのか。考えただけで胸が痛む。

 ただ唯一望み、悪魔の力を借りてまで欲したものを失ってしまった。自身の浅はかさを悔やんでも悔やみきれない。


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