未定
“話したいことがある。いつもの場所で。”
君から呼び出すなんて初めてだったから、少し驚いた。
最近お互い忙しくてメッセージのやり取りも会う頻度も減っていたので、久々の連絡とその内容に嬉しさと戸惑いを同時に感じる。
忙しいことを言い訳に距離を置きたかったわけじゃない。ただ生活に余裕がなくていつの間にか時間が経っていて、君も同じ認識だと思っていた。
突然、直接会って話がしたいなんて、2人の認識にズレが生まれていたことに今更気づいた。
まだ取り戻せるだろうか、間に合うだろうか、手を伸ばせば届くところに心はあるだろうか。否、もう遅いかもしれない。1人でそんな思考を巡らせながら“分かった。今日は18時には会社を出れると思う”と返信する。
“なんだ、今日は返信早いじゃん。じゃあ18時半集合で。待ってるから。”とテンポよく返ってきたメッセージを読んで、最近の自分の態度が良く思われてなかったことを確信する。
こういう時に待ち合わせ場所に持っていくべきものって、花束か?ケーキか?新作のドリンク?いろいろと悩んで考えを巡らせてみたが、「今更、気の利いた人間になろうとしてるの?」と苦笑いされる未来しか見えなくて、わざとらしい手見上げを持っていくのはやめにした。
「金子さーん!資料のチェックお願いします。」
少し離れたところから同僚に声をかけられて我に返る。とにかく今は仕事に集中しようと、気持ちを切り替えた。
秋の夜の入り口は気候が良く散歩には適していた。行先に困ると訪れていた海辺の公園に、完全に沈む直前の夕日を背にして君は立っていた。
「お仕事お疲れ様。最近忙しいみたいだね。時間作ってくれてありがとう。」
僕の姿を見つけると駆け寄ってきてくれて、まずは優しい言葉をかけてくれる。だから僕は、だから君を、その心の透明さを、好きだったんだろうな。
少し遠い位置から自分たちを俯瞰しているような気持ちを抱いてしまって、思わず笑ってしまいそうになった。
「優も仕事お疲れ様。早速だけど、話って何?」
何を言われるのか、緊張して言葉が詰まらないように、言葉をゆっくり声にした。
「会いたくなって。何かないと来てくれないと思って」
恥ずかしそうに俯く君。髪が暗くなった公園で夜風になびいて照明に照らされて艶やかに光る。
何度この姿にときめいて、瞳の奥に愛しさを感じて、触れ合いたい衝動に駆られてきたか。
自分の気持ちを何かに頼らないと素直に伝えられないところも可愛くてしかたなかったのに。
「実は俺からも話があって、聞いてくれる?」
顔をあげた君と目が合う。こうして見つめ合っても、僕は君に普通をあげられない悔しさを感じることを止められないんだ。
「この前、社会の目を気にしないでいられたらいいねって話してたよね」
できるだけ刺激しないように、君がまた夜が辛くて泣くことがないように、過去を振り返ることのないように。この世を生きるにはあまりも柔らかい存在の君が、酷く僕を恨めるような言葉を選ばなければ。
「うん、そうだね」
君はふんわりとした声色で返事をくれて、言葉の続きを待ってくれている。
僕はいつも君を待たせて、君は僕をいつまでも待ってくれていて。思っている以上にお互いを理解していたつもりだったけど、掛け違えたままコミュニケーションをしていただけなのかもしれない。
「社会の目を気にしない恋愛なんて犯罪なんじゃないかって。だって優、子ども産める体じゃないよね?僕が子どもほしいって言ったら?」
冷たい声で言い放ってから、距離をとる。本当は抱きしめてしまいたいのをグッと堪えて、視線までも冷ややかなものにする。
「…い、今、なんて?」
困惑する君を置いて僕は言葉を続ける。
「ずっと考えてたんだ。両親からの期待があって、それに応えたいと思ってる。」
ずっと考えたなんて言ったけど、ふっと考えが降りてきたんだ。君と目が合って、今日なんじゃないかって思ったんだ。
君を誰よりも愛していた、嫌いになりそうなくらい。
「分かった。さようなら」
涙を目に浮かべたまま背を向けて去っていく君の姿は、雨に打たれて雫が滴っているバラのようだった。
本当なら追いかけて、手を引いて、「行かないで」って引き止めたい。
今の僕は君を好きな気持ちと社会的な普通を天秤にかけている自分を許すことができなかった。僕は君を嫌いになれないから、君に嫌いになってもらいたくなったんだ。
傷つけてごめんね。僕の気持ちを押し付けてごめんね。きっとこの苦しみも時間と共に過ぎていくだろう。でも、もう2度と君の夢は見ない。なぜかそれだけは分かった。




