第7話 千鶴の過去。
俺はいつもよりかなり早めに家を出る
外はまだ薄明るく、駅までの道には俺しかいない
俺は肩ぐらいまである堤防の上に座り、海とは正反対の山の方を向く
山は冬から春へと変わるごとに命が芽生えるように1日1日変わっていって面白い
俺はカバンの中からスケッチブックとえんぴつを入れた箱を取り出し、スケッチしていく
これは俺の趣味の鉛筆画
趣味にしてるぐらいだから、普通の人よりは上手いと思う…たぶん…
俺はテンポよく鉛筆を走らせ、真っ白だったスケッチブックは濃い黒と薄い灰色と黒色の中のさまざまな黒色で埋められていく
「あ、やっぱりいた」
そろそろ終盤に差し掛かろうとしていると、声がした
俺は声の方を見ると、制服姿の千鶴が近寄ってくる
そして、俺の横に座った
「よっと。あ、また書いてるんだ」
「どうした?こんな時間に千鶴が来るなんて」
「いや…昨日は神門くんに悪いことしたなぁって思って」
「だから?」
「謝った方がいいかな?」
「なんで?別にいらないっしょ」
「ん~…でもなぁ…神門くんってクラスの中で影響力高そうだし、嫌われたら皆にハブられそうだし」
「そんな心配ならあんな風にしなきゃいいだろ」
「それはわかってるんだけど…やっぱりね…」
「よし、完成っと。…まぁお前が怖いのは分からなくもないけどさ、いいんじゃね?今みたいな対応で」
「でも、皆にシカトとかされそうだし…」
「んじゃお前の過去を宗太に言えば良い。そしたら宗太も近寄って来なくなる」
「ん~…智はどう思うの?言ったほうがいいと思う?」
「言っといてなんだけど、俺は別に宗太にお前のことをわざわざ教える必要は無いと思うよ。もちろんクラスメイトにも。
教えられた所で向こうだって対応に困るだろうし、お前だってわざわざ言うのもメンドクサイだろ
千鶴自身が本当に理解してくれる人だと思えば、その人だけに教えればいいし、誰もいないと思えば言わなきゃ良いだけだ」
俺はカバンの中に仕舞いながら言って背伸びをする
千鶴の過去を理解するのは簡単だけど、今まで通り同じ感覚で千鶴を見るのは難しい
まぁ過去って言っても、千鶴の両親は千鶴が6歳ぐらいの時に、父親の寝煙草が原因で全焼、両親も亡くなり、隣に住んでいる老夫婦も巻き込みんで、生き残ったのは千鶴だけだった。
他に身寄りの無い千鶴は今の家に養女として住んでいたのだが、小学3年の時にクラスのリーダー格だった男の子に過去の事を知られ、かなり酷いイジメを受けてしまい、その原因もあって、宗太みたいなクラスの中心にいる男子が苦手で皆からシカトされることも普通の人以上に怖がってる
それに、親父の寝煙草で老夫婦も亡くなって、生き残ったのが千鶴だけなんだから、同情もあれば犯罪者の娘とも見れてしまう。
千鶴自身も後者の方だと思ってるからなのか、今でも親の命日には老夫婦の方にも行ってるし、老夫婦側の遺族にも「もう大丈夫だよ」と優しく言われているにも関わらず、手紙を書き続けている
千鶴なりの償い方なんだろう…
俺はカバンに仕舞ったスケッチブックを再び出し、さっき書いた絵を切り取り、千鶴に渡す
「やる」
「え?いいの?」
「ああ。それ見て元気でも出しとけ」
「…慰めてくれてる?」
「まぁな。あ、惚れんなよ?」
「誰が惚れるか」
俺はカバンを背負いながら、堤防から飛び降り、手を振って家に向かって歩いた