第32話 理子さんの正体
世の中どうにかなるならなってほしい
特に今日はそう思う…
俺は電車を降りて、千鶴と別れてからやっとの思いで自分の家に着いた
重たいカバンを玄関にドサッと置き、やっと自分の家に帰ってきたという実感を湧かせながらリビングに向かう
すると、出かける前に綺麗にしたはずのリビングが何故か服で散らかっていた
「…なんだこれ…って…明日じゃないのか…」
俺は1つ1つ服を拾って、風呂場にある洗濯機の中に俺の合宿の服と落ちていた服を一緒に入れて回し、自分の部屋へと向かう
俺はドアの前で少し深呼吸をしてからドアを開けるとベッドの上で寝転びながら漫画を読んでいる男がいた
「明日に帰ってくるんじゃなかったのか?」
「ちょっと脅かそうと思ってな」
「はぁ…理子さん、とりあえずヒゲ剃れ」
「おいおい、まだ俺のこと理子ってことになってんのかよ」
「うっさい。お前が千鶴にバレないように理子で登録してくれって言ったんだろうが。てか、人のベッドに乗んな、隼人」
「よかった。俺の名前覚えててくれて」
「いいから、そこ退け。今から寝んの」
「一緒に寝てやろうか?」
「誰がおっさんと寝るか、死ね」
「おっさんって…お前と同じ歳だし…」
俺は隼人を退かして、部屋から出ていくように手をシッシッと振る
隼人はそれを見るとため息を吐いて、俺の部屋から出ていき、階段を下りていく音がする
隼人。本名は高嶺隼人
俺とは小さい頃からの幼馴染というか腐れ縁で、一応同じ歳だが、高校にも行っておらず、俺の父親の写真に憧れて、写真家として日本中を歩き回っている
ちなみに、隼人には親という存在がいない。孤児院で育って、俺の父親が小5の時に引き取ったというか、預かったっていう形で俺とほぼ一緒に育った兄弟みたいなやつだ
「なぁ、冷蔵庫の中に入ってるもん食っていいのか?」
俺が寝かけようとしているとドアが開き、隼人の顔がニョキと出る
ここ何年か見てないうちにヒゲは生えて、黒くなって、とにかくおっさんっぽい
まぁ顔自体は残念なことにイケメンなので、いい感じの青年なんだけど、俺から見ればただのおっさんだ
「食って腹でも壊せ」
「食っていいってことだな。んじゃおやすみっと」
隼人の顔が無くなると俺はやっと静かになった部屋で目を瞑り、もう一度寝ようとすると再び勢いよくドアが開く
「聞き忘れてたけど、おじさん何時帰ってくんの?」
「知るか!」
「そんな怒んなって」
「もぉいいから寝かせろ…夕飯までには起きてやるから」
「あいよ」
「あ~あと、外出るなよ」
「わかってるっての」
隼人はドアから顔を引き、階段を降りていく音がする
あいつはわざとやっているのか?って言うくらいタイミングが悪い
そして、笑顔で何でも解決できると思ってる
そりゃあんなイケメンがニコッと笑っていれば大抵の女の子なら許してくれるだろうけど…
6時間少し経ってようやく起き上がると窓の外は真っ暗だった
それも下からガタガタと変な音が聞こえてくる
俺は頭を抱えながら、階段を下りるとキッチンで隼人が何かの実験を行っていた
「何?お前、何の実験してんだよ…」
「お、智。今魚焼いてんだよ。ゴホッ!ゲホッ!!」
「いや、なんかの実験だろ?実験なら外でしてくれ」
煙たいキッチンを脱するために換気扇を回し、すぐさまマスクを付ける
隼人は何の実験をしているのかよく分からないが、コンロの上に魚が焼かれていて恐ろしい匂いを醸し出している
「おま、これ…灰じゃねぇか…」
「うまいぞ?」
「食えるか…」
俺はすぐさま魚を皿に移し、隼人に渡す
隼人は何も言わずにその灰となった魚に被りつき、ジャリジャリと噛んでは飲み込む
こいつの舌はかなりのバカらしい
俺は適当に冷蔵庫の中から野菜などを中心に作っていき、テーブルに並べる
「ほら、ちゃんとしたもんぐらい食え」
「おぉすげぇ!やっぱ天才だわ」
「はぁ…お前、普段どんなの食ってんだよ…」
隼人はガツガツと俺の作ったご飯を食べていき、5分もしないうちに食べ終わった
「どんなのってお金無い時は草だな。ちゃんと食えるやつだけど」
「……」
「あとは~…民家に泊めてもらったり色々」
「ものすごい生活だな…」
「そうか?普通だろ。それより見せてやるよ。ヤバいぞ?この写真とか」
隼人はカバンの中からカメラを取り出すと、俺の方に見せてくる
隼人の取った写真は主に地元の人なのか笑顔で写っている
そして、時々風景が入っているって感じだ
俺は何枚か捲って見ていると、綺麗な写真を見つけた
「これどこだ?」
「ん?あ~それは屋久島だな。その瞬間だけ晴れてたんだよ」
「へぇ…」
「ヤバいぞ?屋久島は、また行きたいもん」
「あっそ」
俺は隼人の話を聞き流しながら写真を見ていき、全部見終わると隼人に返す
そして、俺は隼人の顔を見ながら質問した
「んで?なんで今頃帰ってきた?」
「俺がここを出て2年近く経つじゃん?」
「だな」
「いやぁちょっと気になって」
「千鶴か?」
「ああ。お前もだけど」
「元気だよ」
「おじさんは?」
「知らん。もう4か月近く帰ってきてない」
「そっか。どこに行ってるか知ってるか?」
「さぁ?また戦場だろ?」
「すごいな…あの人もお前も。…よく耐えられるよな?心配じゃないのか?」
「別に。特に心配はしてない、あれが親父のやりたいことならいいんじゃね?」
「冷たいというか…心が広いというか…」
「良い息子だろ?」
「まぁな」
隼人はそれだけ言って、風呂場の方へ向かう
あいつは昔、俺に親はいないと言っていた
それはあいつが自分の親に虐待され、最終的には捨てられたから。だから、あいつは親と言う存在を信じない。しかし、憧れはあるのか俺の父親を本当の親のように思っている所もある
もちろん、俺の父親は隼人にとっては、憧れの写真家でもあり、恩人でもある
その息子がこんなのだから呆れて当然だろう
俺は綺麗に食べられた皿を洗って、テレビを見ながら時間を潰した