第9話 凱旋祭
扉を抜けると、目の前に広がっていたのは――まるで絵画のような光景だった。
遠くにそびえる白亜の城、煌びやかな尖塔が朝日を浴びてきらめいている。空中には魔法船が滑空し、空の上には浮遊庭園のような建築物がゆっくりと動いていた。
空気はわずかに甘く、微細な光が舞い、まるで街全体が呼吸しているようだ。
ザ・異世界。
心に満ちた高揚感が爆発して叫びそうになったが、無視出来ない違和感がそれを止めた。
なぜか目の前には、聖職服に身を包む数えきれない人々が、お互い向かい合い花道のようなものを作っていた。
その周りには様々な服装、人種の人々で溢れかえり、その全員の視線が俺たちに集まっている。
それぞれの顔には驚きや恍惚といった表情が浮かび、異様な雰囲気を醸し出していた。
人の数の割には聞こえてくる音も少なく、ますます気味が悪い。
そんな心中を見計らってか、静寂を切り裂くように誰かが言った。
「勇者様の、おかえりだー!」
先ほどまでの静寂がまるで嘘のように、広場には轟音が響き渡り、人々の歓喜と狂気に満ちた叫び声が鼓膜を激しく刺激する。
そんな騒音のさなか、瞬時に思考を巡らせた。
初めてミラとリンに会ったときの反応。沈黙の勇者という存在。静寂を切り裂いた誰かの言葉。鳴りやむことのない叫び声。
いったん深呼吸をした後、誰に聞こえるでもなく小さく呟いた。
「勇者、すげえ」
かつてない喧噪に鼓膜が破れそうになる。人の声もそうだが、どこからともなくケルト音楽のようなものも鳴り響き、花火も打ちあがっている。
ついさきほどまではのどかな村にいたというのに、あまりのギャップに胃もたれしそうだ。
「なんなんだこの騒ぎは」
「きっとシオンを歓迎してるんだよ! まさかこんなことになるとはね!」
意表を突かれた俺はその場で硬直していたが、そんな中、聖職服を着た男の1人が目の前にやってきた。
花道を作る聖職者が白を基調とした服に身を包む中、眼前の男は黒を基調とした服を着ている。
明らかに位の高い人だよな……。
「勇者様、お初にお目にかかります。勇聖教会所属、ルミナストラ大司教区の大司教を務めております、モネルス・カルデウスと申します」
――大司教!?
教会の中でもトップクラスに偉い人じゃないか。なんでそんな人がこんなところに……。
「どうしてあんたのようなお役職の方がこんなところへ? それに、この騒ぎはなんなんだ?」
「昨日、サナリ村のフォーグナー氏より勇者様の帰還の旨を伺い、取り急ぎ凱旋祭を開催させました。開催のことはフォーグナー氏にお伝えしているはずですが」
リンの方を見遣ると、俺から視線をそらし、白々しく口笛を吹いている。
「リン……忘れてたな?」
「いや、えーーと、まあ……細かいことはいいじゃない!」
「リン、これは細かいことではないと思いますよ……」
ミラもあきれたようで、やれやれとかぶりを振る。
「大司教様、申し訳ございません。シオンく……勇者様は今記憶の大部分を喪失しており、少し困惑されているのです」
「記憶を……それは、こちらの配慮が足りず申し訳ございませんでした。ですがどうか、この祭りをお楽しみいただければと思います。皆一様に、貴方様のご帰還をお待ちし、祝福したいと心から願っているのです」
身だしなみの整った服装や言葉遣い、そのどれもが、俺のとはかけ離れた、お偉いさんって感じだ。
そんな人が俺に対してへりくだっている。今ままで感じたことのない優越感と共に、どこか居心地の悪さも覚えた。
「だから今はどうか、ただお楽しみいただければと」
モネルスは右手の平を滑らかに動かして、俺たちに花道を行くように促した。これだけたくさんの人に好意で集まってもらっているんだ、やっぱり無しで、というのも野暮な話だ。
今は言う通り、この祭りを堪能しよう。
「シオン、ミラ、すごいね! 王都には初めて来たけど、こんなにもにぎやかだなんて思いもしなかったよ!」
「そうね。私たちが思っている以上に、ここの人たちにとっては勇者というのは大きな存在みたいですね」
2人も喜んでくれているみたいだしな。
モネルスに促されるままに花道に進むと、向かい合っていた聖職者たちは片膝をつき、頭を垂れた。
あまりにも統一された動きにびっくりする。
「こういう扱いはなんだか慣れないな」
「これからは、いやでも慣れますよ」
俺は2人の手を引いて、花道を進む。花道の終わりには、俺たちを迎えるように像に似た動物が膝を曲げくつろいでいる。
その隣には像使いと思しき人物が立っていて、こちらに向かって一礼した。
「あれに乗るのか……?」
ゾウ、のような生物の背中には、大きな木製の座台が据えられていた。まるで小さな見張り台のようで、両側には落ちないように手すりがついている。座台には布が敷かれ、ふかふかのクッションも置かれていて、まるで移動する玉座のようだった。
導かれるがままに乗ると、俺たちを取り囲む人々を一望することができた。
デカいフェス会場ぐらい熱気に満ちた熱い視線がこれでもかと注がれている。中には聖職者たちと同様に膝をつき、祈りを捧げている者もいた。
泣いている人も少なくない。
「わー! すごいよ! 綺麗だなあ」
リンはのんきに王都の街並みを眺めながら感嘆をもらすのみ。
「私たちはただの付き添いなのに、なんだか申し訳ないですね……」
座台は3人で座るには幾分狭く、ミラとも体が密着する。柔らかい感触が広がり、思わず背筋が伸びた。気の利いた一言でもかけてやれればいいが、ミラの熱が体を伝い、言葉が出てこない。
曲がり角を曲がると、水堀に囲まれた巨大な城が聳え立っているのが目に入った。城と対岸とを結ぶのは古びた石橋があるのみだ。
迷わず石橋を渡り、やがて城の中へと入っていった。
パレードで街中を歩くだけかと思ったら、いきなり城の中かよ!
毎日17時10分に毎日投稿します。
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