第8話 いざ王都へ
「ミラ! よかった…………おかえり」
「ただいま帰りました。シオン……くん」
俺は半ば反射的に抱擁を交わした。胸から伝ってくる拍動が無事を感じさせ、一層安心する。
「――ッ……はぅ……」
ミラが何かつぶやいている。
そこで女性といきなりハグしてしまったことに気付き、一気に体温が跳ね上がる。
思わず突き放すような形でミラとの抱擁を解いた。
「ご、ごめん嬉しくてつい……」
「い、いえ……」
2人の間に微妙な空気が流れる。
そんな空気を見かねてが、リンが口を開いた。
「なーんだ、シオンの言ってた女性ってミラのことだったんだ」
リンはそう言ってほっと胸を撫でおろした。
「知ってるのか?」
「知ってるもなにも、ミラはここの村民だよ。なんだ、ミラなら捜索隊も出さなくてよかったよ」
その言葉からは、リンのミラに対する信頼が感じられた。ミラは村の中でもかなりの実力者ということなのだろう。
もしかして、取り越し苦労だった?
「私たちに、いや私にとってあの森は庭みたいなものですから」
「……杞憂だったみたいだな」
「ふふ、まさか勇者様に心配していただけるなんて」
「勇者様? ミラ、どういうこと?」
「あら、リン。あなた気が付いていなかったのですか? シオン君こそが沈黙の勇者様その人なんですよ」
「いやいやいやいや、なんだよその冗談は」
俺の服装のせいだろう。今はただの麻の布でできたような服に身を包んでいるせいで、一般人と大差ない。
しかし、三種の神器はどこにいったのだろうか。ペンダントが首にかかっているだけで、剣とマントはどこにも見当たらない。
「シオン君、見せてあげてはどうですか?」
「見せるも何も、剣とマントが見当たらないんだ」
「……? ペンダントがあるではありませんか」
「いやまあ、ペンダントはあるんだけど……」
なにやら俺たちの間に齟齬が生じているようだが、それが何なのかはすぐには分からない。
「どうやらシオンは記憶をほとんど記憶を失ってるらしくて、魔法の使い方すら覚えてないんだよ。それだけじゃ、ミラがさせたいことはわからないよ。ねえシオン、そのペンダントを握ってみて」
「え、記憶が……」
驚愕の表情を浮かべるミラを横目に、言われた通りにペンダントを握ってみた。
しかしほんのり冷たいだけで特に変化は見られない。
「目を閉じて、体を流れる血管に意識を向けてみて。心臓から肺、腕から手を伝い、握ったペンダントと体が同化して血脈が繋がるイメージを強く思い浮かべて」
リンの言う通り、目を閉じる。
体の中に意識を向けると、くっきりと体を流れるものを認識することが出来た。
心臓から腕へ、手からペンダントへそれを流し込むイメージ。
「――うぁ!」
ペンダントへ流し込むイメージをしたとたん、突如俺の体にはマントが纏い、剣が膝の上に出現した。
「こ、これは――!」
俺自身も驚いたが、なぜだかリンの方が腰を抜かしそうになっていて、これでもかと目を輝かせている。
「さ、三種の神器……。しかも今の顕現方法、伝記のまんまだ……」
ぼそぼそ呟くようにそういったリンは今度は目に涙をためている。
まったく感情が忙しいやつだ。
「これでリンもわかったでしょう?」
「あ、ああ…………。でもなぜ沈黙の勇者様がこんなところに……」
2人の視線が俺に集まる。自分が偽物であるとう後ろめたさから、俺は思わず目をそらした。
その様子を見た2人は、なにかままならぬ事情を抱えているのだと勘違いしてくれたのか、追及することはなかった。
「シオン君は、これからどうするんですか?」
「ああ……それな、出来れば王都に向かいたいと思ってるんだけど、行き方ってわかるか?」
「それならちょうどいいです! 僕たちは明日、王都のノーラン魔法学院の入学試験に行くから、一緒に行きませんか?」
「それは願ってもないことだから、ぜひお願いしたい。それと、いきなり敬語はよしてくれ。記憶もないことだし、2人には友達として接してほしいんだ……だめかな」
「敬愛する勇者様と友達なんて、私には恐れ多いというか……」
「ミラはいつもかしこまりすぎなんだよ。勇者と友達になれるなんて、僕のほうこそ願ってもないことさ! 改めて、僕はリンフォード=フォーグナー、よろしくね」
こうして異世界にきて、初めて年の近い友達ができた。それに、王都行きへの切符も無事手にしたといってもいいだろう。
もう少し話そうと思ったが、記憶喪失のこともあって今は俺を安静にしておこうという結論に至ったようで、明日の予定を決めたのち2人は部屋を後にした。
俺は2人の気遣いに甘えることにして、再び横になった。
布団にくるまりながら、思索にふける。
王都へ行けばきっと、俺は世界を救った勇者として王国中の名声を浴びることになるはずだ。
今まで向けられたこともない名声や、手にしたこともない富のことを想像すると、自然と口元がほころぶ。
おもえば、転生する前はまったく刺激のない、窮屈な人生だったと思う。
親に言われた通りに勉強をして、親が望む志望校を受験する。親の顔色を伺いながらただ生きるだけの人生。自分の容量を超える努力を常に強いられ生き急いできた。
そこまでしてもあっけなく死亡。そんなあまりにもやるせない人生だったんだ、第二の生は、多少好きに生きたっていいだろ?
そう自分を納得させるように胸の中でなんども唱えてみる。
しかし結局腑に落ちることはなく、かえって言い知れぬ不安だけが胸につかえて離れなかった。
※
「確か待ち合わせ場所は……」
昨日、ミラとリンが部屋を出る前に、待ち合わせの約束をした。
翌朝村の中心で落ち合う予定だったのだが、ここであってるだろうか……。
集落の中心にある開けた場所に出ると、ミラとリンがこちらに向かって手を振っているのが目に入った。
俺は早歩きで駆け寄って挨拶の1つでもかわそうと思ったが、二人の背後にあるものに思わず目を奪われた。
「なんだ、これ」
2人の背後には、三メートルはあろうかという物々しい雰囲気を放つ石造りの扉。
おそらく俺たち三人が力を合わせても開くかどうかといった重厚感のあるそれは、この集落の中では明らかに異質で浮いている。
「これは転移門ですよ、シオン君」
「転移門?」
「遠く離れた距離を瞬時に行き来することのできる魔法を内蔵した、魔蔵建造物です」
「本当なら今日は使えないんだけど、昨日シオンのところを出て行ってから、王都に事情を説明したら使用許可がおりたんだ」
「転移門を使うのには使用許可がいるのか?」
「はい。転移門には適正を持った魔法使い複数人が魔力を流し込むことにより発動することできるもので、ここのような田舎では私的な理由で使うことはほとんどできないんです。月に一度、商人がやってくるくらいですね」
つまりは転移門を使うのに、勇者を送るというのは十分な理由になりえるということか。
そんな転移門をまじまじと見つめていると、地面に突如魔法陣が展開された。
「――うわあ!」
「さあさあ、そろそろ転送門が開くよ!」
魔法陣の上に鎮座する扉は、ゴゴゴと重たい音を立ててゆっくりと開かれる。
魔法を目の前にすると、いやでも異世界にきたことを思い知る。昨日感じていた不安がまるで嘘のように、胸中は高揚感で満たされていく。
状況自体は何も変わっていないというのに、心の在り方次第で世界の見方は大きく変わるもんだな。
完全に開いた扉の中は、一面に渦が巻き蠢いていて、先が全く見えない。先に進むのを躊躇していると、ミラとリンが俺の手を取り、先導してくれた。
「さあ、行きましょうシオン君」
そうして俺たちは横一列に、一歩を踏み出した。
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