第6話 休息の地
森の中に入ったころは日の光があったが、今はすっかり夜になっている。
まだ疲れが残っているのか、体が重くいつものように走ることができない。
村に近づくと、木でできた門扉の前に2人の門番が立っていた。
「おいお前、何者だ」
こんな夜に突如森の中から現れた俺は、2人から見れば怪しさ満点だろう。訝しい目つきで俺を見ている。
「俺はシオン。何者かはほら……ね?」
ミラはすぐに俺と勇者を結び付けてくれたが、この門番たちはどうやらそうではないらしい。
何度か目配せしてはみたものの、二人の俺をみる不審な目つきが解けることはない。
「ま、まあ今はそんなことはいい。それより聞いてくれ。今、すぐそこまでシャドウベアって魔物が来てるらしくて、女の子1人が引き付けてるんだ。なんとか助けをもらうことはできないか?」
「し、シャドウベアだと!? なぜそんな魔物がこんなところまで!? ここまで来られるのはまずい、追い払いに行かなければ」
「いやまて。こいつの言うことを鵜呑みにするわけにもいかん。身分すら明かせない者の言葉など信じるに値しない!」
目の前で2人が慌て始めるし、信じて応援をよこしてくれそうな気配は一切ない。このままでは、せっかくの命の恩人をみすみす死なせちまうかもしれない。
一体どう説得したら……。
何か案を考えようとしたそのとき
「僕に任せてください!」
その声は、門扉の上から聞こえてきた。暗くて顔まではよく見えないが、見張り台のような高台に人影が見える。その人影は屈伸をするようにかがみ、伸ばした勢いで高台から飛び降りてきた。
目の前に着地すると、衝撃で地面が少しだけ揺れる。高台は5メートル弱あるが、飛び降りた当の本人はそんなこと気にする様子もなく、顔を上げた。
「困っている人がいれば助ける。勇者様ならきっとそうしますから」
黒曜石のように深い黒髪は少しだけ無造作に揺れ、風にそよぐたび柔らかな光を帯びている。その下に覗くのは、鮮やかな青の瞳。まるで空そのものを映し込んだかのように澄み切っており、その眼差しには静かな知性と快活さを同居させている。
服装はシンプルながらも清潔感があり、白い長袖のチュニックは、襟元で1つの木製のボタンによって留められていた。袖はゆったりとしており、動きやすいように仕立てられている。
幼い顔つきと小さな背丈から華奢に見えるが、よく見ると腕や足から覗く筋肉は隆々としていて、普段から鍛えられていることが想像できる。
「ありがとう、そう言ってくれるとすごく助かるよ。俺の名前はシオン。きみは?」
「僕の名前はリンフォード=フォーグナー。リンとお呼びください。それより、あなたの言う女性はどこですか?」
「ついさっきまで、そこまで一緒だったんだ。だからまだそう遠くないところにいると思う」
リンは俺がやってきた森の方を見た。横一帯に広がる大森林の木々は妖しく揺れ、まるで今から侵入しようとする者に警告しているようだった。
「1人で大丈夫なのか?」
「ええ、今から助けてきますから、安心して待っていてください」
その言葉とは裏腹に、リンの両足は小刻みに震えている。先ほど高台から飛び降りた痛みが残っているのだろうか?
すぐ走って向かってくれると思ったが、足取りはかなり重たいように見える。
「ほ、本当に大丈夫なのか?」
もう一度問いかけたところで、門番の1人が大きなため息をついた。
「はあ、リン、お前のようなビビりじゃ森に入ってもすぐ逃げ帰るのがオチだよ。ったく、応援を呼んでくるから少し待ってな」
門番の1人は門扉を開け、集落の中へ走っていった。リンは威勢のいいことを言っていただけに、恥ずかしそうにしている。
あの登場の仕方とセリフでビビりなことってあるかよ……。
「シオンさん、すみません。ただ気持ちに嘘はないんですよ!」
「あ、ああ。それは何となく伝わってくるよ」
シャドウベアという魔物はやたら危険だったのか、すぐに集落の中から数人の屈強な男たちがやってきた。
その姿を見て安堵したのか、全身からふっと力が抜けてその場に倒れこんでしまう。
「シオンさん!?」
「わ、悪い。あとは、任せた」
言い終わったところで、ついに完全に力が抜けきって意識を失った。
※
「ん、んう……」
意識が戻り目を開くと、そこにあるのは見知らぬ天井。
うん、異世界ってこれだよな。
四方は丸太を積み重ねた壁で囲まれていて、ログハウスのような建物の中にいた。
異世界に来て初めて、元の世界らしさの片りんに温かみを覚える。
窓の外から光が注いでいるとこをみると、意識を失ってからまた随分と時間が経っている。
体を起こそうと力を籠めると同時に、扉が開いた。
「シオンさん! もう大丈夫そうだね」
「君は確か……リン」
「覚えてくれてたんだね。お体の具合はどう?」
「おかげさまで、すっかり疲れも取れたよ。そういえば――」
「人の姿は見えなかったよ。シャドウベアの痕跡はあったんだけど、死体もなにも、確認できなかった」
ミラは……無事なのだろうか。
死体がなかったという点は、少し安心できる。
土地勘のある人たちで捜索して見つからなかったんだ、これ以上俺ができることはない。今は信じてミラを待とう。
それよりやるべきことといえば……。
「リン、もしよければ、この世界のことについて教えてくれないか? 実は俺、記憶の大部分を無くしてて、右も左もわからないんだ」
「そ、そうだったの!? それはまた、災難だったね……いいよ、僕のわかることだったら、なんなりと!」
普通の人間なら俺の素性を疑ってもおかしくないが、リンからはその気配を一切感じない。これも勇者様の教えなのだろうか。
そして俺たちは、この世界のことを語り合うことになった。
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