第22話 模擬戦闘前
「……え? は?」
自分の身に起きている出来事に脳の処理が追いつかず、ただただ疑問と困惑だけが頭を支配していた。
少なくとも、嫌いな相手に対してする行動ではない。
唇を離したアリアは相変わらずの無表情で、その心の内の一端すらもこちらには悟らせてくれない。
動揺を隠せない俺のことなど意にも介さず、アリアは背を向けた。
「……勇者はいらない。魔王は私が殺す」
再びそう言うと、アリアは扉の方に向かって歩き出した。引き止めて、今のキスの意味を問いただす考えも過ったが、言葉が出てこない。
俺はただ、離れていくアリアを呆然と見送ることしかできなかった。
※
自室に帰って、ベッドに寝転がっても一向に眠れず、気がつけば朝になっていた。
結局一晩考えても、キスの意味はわからないままだ。
まさか人生初めてのキスが異世界で、それも自分のことを毛嫌いしていると思っていた人からのものだとは思いもよらなかった。
昨晩の屋上での出来事をもう一度思い返そうとしたところで、ノック音が鳴る。
「シオン君、起きてますか? そろそろ出ないと間に合いませんよ」
扉越しでも伝わる透き通った声は、徹夜あけの疲れ切った体には一層染み入る。
軽く身支度を済ませ扉を開けると、声を主その一人だけが俺を待っていた。
「おはようミラ。あれ、リンは?」
「それがね……」
ミラはポケットから一枚のメモ用紙のようなものを取り出した。
紙には文字が綴られている。
『今日は体調があまり良くないから、大事を取って休むことにするよ』
「入学早々気疲れでもしたのか?」
「体だけは人一倍強い子だから、きっとそうかもしれません」
病は気からというし、きっと新しい環境にまだなれないのだろう。
昨日のこともあったし、気持ちはよく分かる。
「それより、早くいかないと遅れちゃいますよ」
ミラに手を取られ、二人で教室まで走ることになった。ミラの手はほんのり温かく、つられるように俺の体温もぐっと熱を持つ。
リンのことも心配だし、朝っぱらから走ってるしで、もう昨日のことはすっかり頭の中から消えていた。
息を切らしながら教室の扉を開けると、生徒たちの視線が集まった。
俺は無意識に、その視線の1つに目を合わせてしまう。
目線のさきには、つややかな青髪を後ろで一つに束ねるアリアが無表情な眼差しをこちらへ向けている。
好意的な視線を向けてくる大半のクラスメイトに挨拶を返しながら自分の席に向かうと、辿り着く前にカインが立ちはだかった。
「勇者というのは皆の模範となるべき存在なのに、遅刻ギリギリとは一体どういうことなのかしら? さあ、罰としてワタシの靴を舐めなさい!」
「朝から高カロリーすぎるんだよお前は。ほらどいたどいた」
カインの肩を軽く手で押しのけると、わざとらしく地面にへたり込み、メイクを施したキラキラの上目遣いで俺を見た。
「勇者なのに乱暴……そんなの……そんなの……いいじゃないの!」
カールの捨て台詞を右から左に受け流し、自分の席につく。授業の準備をしようとカバンの中から教材を取り出そうとしたところで、影が落ちた。
なにごとかと思い顔を上げると、アリアが俺を見下ろしていた。
「な、なんだ?」
「…………昨日のことは忘れて」
それだけいうと、アリアは自分の席にスタスタ帰っていった。さきほどのまでの賑やかな雰囲気からは一変、教室には言いようのない緊張感が走る。
「あ、ああ。わかった……」
すでに席についたアリアに対して、呟くように口に出した。
そんな事言われたら、余計忘れられないじゃないか。
ふと気になって隣に座るミラの方に目を遣ると、頬を紅潮させながら訝しい目で俺を見ている。
「し、シオン君。き、昨日のことって――」
最後まで言いかけたところで、チャイムが教室に鳴り響く。
それとほぼ同時に教室の扉はガラガラと音を立てて開き、クロウ先生がボサボサの髪を手でならしながら入ってきた。
「皆さん、おはようございます。さっそく授業の準備をしてもらってるところ悪いのですが、今日は予定を変更して午前中は模擬戦闘。午後からは校外学習とします。時間もあまりないので、今から10分後に第3錬成場に集合してください」
いきなりの予定変更に一瞬沈黙が支配するが、クロウ先生が教卓にコンコン、と出席簿をつき揃えた音によって破られ、クラスメイトたちはぞろぞろと教室を出始めた。
ミラはまだ先程の問いを続けたいようだったが、今は急ごう、と今度は俺がミラの手を取って教室をでた。
「……で、第3錬成場でどこだっけ?」
※
結局は朝と同様にミラに引っ張られるような形で第3錬成場へとやってきた。
すでに先に到着したクラスメイトたちと一緒に、先ほどまでとは違う、金色の線が入った黒のローブに身を包んで立っているクロウ先生がいた。
「今日はフォーグナーさんはお休みですから、これで全員揃いましたね」
クロウ先生は右手には広辞苑くらい分厚い辞書のようなものを、開いた状態で持っている。
「えー、午前中は、魔法戦闘の基礎について教えたいと思います。王都の魔法科の中等部出身の方々にとってはすでに知っていることかもしれませんが、そうではない方々もいるので、改めて」
これは、俺にとってはとてもありがたい授業になることは間違いない。
魔法の進歩した世界で、それも優秀な若者たちが集うこの学院で基礎の基礎から教えてくれるとは思っていなかった。
どこかで、基礎はある程度自分の独学で学ばなければ行けないと思っていたところにこれはありがたい。
「せっかくです。実戦の中で教えたほうが理解も早いでしょう。どなたか、私の相手をしてくれる方はいらっしゃいますか?」
担任はクラスメイトたちを見渡した。
クラスメイトたちといえば、おなじく周りを見渡して誰か挙手しないのかとそわそわしている。
俺が挙手しようかとも考えたが、今は魔法戦闘を外からみて学びたい。それは王都以外の出身であるミラも同じなのか、手を上げたい気持ちとこのままここにいたいという気持ちがせめぎ合っているのが表情に出ている。
しかしいつまでもそれは続くことなく、一人の威勢のいい声によって打ち破られた。
「アタシの真の実力を見せるときがきたってことかしら」




