第20話 怪しい噂
そこまで言ったところで、得意げな顔をしているミラとは違い、神妙な面持ちのリンが俺の発言を制止した。
「それは、やめておいた方がいいと思う」
いつものおどけたリンとは違った雰囲気に、思わず黙ってしまった。
このやり取りに耐えかねたのか、ミラが口をはさむ。
「このシオン君こそが、勇者様なのです。先の魔族との激しい戦いによって記憶を失っておられるのです。だからどうか、安心してください」
ああ、言ってしまった。
ここまで言ってしまってはもう隠すことはできない。見せびらかすみたいで嫌だったが、子どもたちやファリスの不安と疑念に満ちた表情を晴らすため、俺は制服の下に手を伸ばして、ペンダントにしぶしぶ魔力を流し込んだ。
突然現れたローブと剣を前に、ファリス孤児院の一同は驚愕の表情を浮かべる。
「あ、あなた様は……!」
さっきまでの悲哀に満ちた顔から打って変わって、希望に満ちている。
そんな目で、俺を見ないでくれ。
俺は少し視線を外し、
「申し遅れました。ハルルギ・シオンと申します。記憶を失ってしまってここのことは何も覚えていないのですが……。この場所を守ってくれてありがとうございます」
「――!」
老爺はわなわなと体を震わせ、涙をこぼす。そうして両膝をついて、左右の指を絡ませて祈りのポーズをとった。
おじいさんに倣うようにアルルも両膝をついて、同じポーズをして見せた。
自分とは一回りは小さいだろう子どもと、50歳は離れているだろうおじいさんが俺のようなガキに頭を垂れている姿を見ながら、もう引き返せないところまで足を踏み入れてしまったような焦燥感が体内を支配していた。
「またこうして会えたこと、大変うれしく思います。勇者様には大変お世話になりました」
頭を下げたまま謝意を述べるが、その声音からは尊敬の念を感じられるほどの力強さを帯びている。
「頭を上げてください。俺は……そんな大した人間ではありませんから」
「もー、シオンくんはまた! もっと自信もってください!」
「……」
なんと返していいかわらず、この場は苦笑いをすることしかできない。
「でもそうですか、記憶喪失でございますか。では、もう食料をお願いすることは……」
「それは待ってください。ここで会ったのも何かの縁です。今の僕一人では力になることは難しいかもしれませんが……少し当てがあるので、食料面はひとまず任せてください」
「お、おお!! ありがとうございます……ありがとうございます……。これで子どもたちを死の危険にさらさずにすむ……」
おじいさんとアルルは喜びながら抱き合っている。
ミラは相変わらずずっと憧れの人を見るような目で俺を見つめていた。リンといえば、どこか難しそうな顔だ。
王様からもらった金はまだ一時金だったし、全部もらったら食料を買って届けるとしよう。
「それにしても、死なずに済むって、そこまで逼迫していたのですか?」
「――! そ、それは……。アルル、そういえば今日はまだ渡した宿題を終えていないだろう。今のうちにやってきなさい」
喜びに満ちていた表情から一転、おじいさんの顔に緊張が走った。子どもをどこかへ行かせることから、よほど聞かせたくない話なのだろう。
「どうかこの話は内密にしていただきたいのですが……」
「ええ、もちろんです」
「もしここの運営が立ち行かなくなった場合は、国営の孤児院に子どもたちを預けることを考えていたのですが、ここ最近、怪しい噂を耳にしまして」
「――怪しい噂?」
「国営の孤児院の子どもたちの行方不明が頻出しておりまして、その誰もが見つかっていないのです。三か月も見つからなければ、国は死亡認定をだします。誰もみつかっていないので、もう30人は死亡したことになっているのです」
「30人も!?」
それは確かに、おかしな話だ。しかしファリスも言っていた通り、いまのは噂のはず。
どうしてそこまで信じるのだろう。
「実はこのことを勇者様が調べておりまして、国営の孤児院に子どもは入れるなと……」
ファリスの話を聞いて、なんといっていいわからず、絶句するほかなかった。
表通りでの人々の表情や、俺を出迎えてくれたひとたちからは想像もつかないほど、この国は何か、深い闇を抱えているのだろうか。
ミラやリンもなんといっていいかわからず黙りこくっている。
「そ、そのことを国民は知っているのですか?」
「いいえ、国民は露ほども知らないでしょう。子どもの行方不明ともなれば一大事ですが、孤児ゆえに誰も気が付かないのです」
どうして子どもたちが……。しかもそれを勇者自らが調べていた。
これはただの噂と一蹴するわけにもいかない。
だが俺にできることなんてない、ないんだ。
俺はただの偽物の勇者で、魔法を扱えるようになったら、仮初の責から逃れるつもりなのだから。
しかし俺が逃げた後はどうなるだろう。
勇者はこの国の希望そのもであり、平和の象徴ともいっていい。
そんなものが突如消えたら……。
しかもその事実を知っているのは俺ただ一人。重くのしかかる肩書に押しつぶされそうだ。
徐々に息が荒くなっていく。どうやって息を吸い、どうやって息を吐いていたのかが分からなくなる。
視界がぐわんと歪み体が平衡感覚を失いかけ倒れそうになったその時、ふと右手に温もりを感じた。
「シオン君、大丈夫、大丈夫です。私たちが守りましょう。この国を、この子達を」
ミラは俺を元気づけるように言葉をかけてくれているが、言葉とは裏腹に俺の手を握る手は小刻みに震えている。
震えを抑えようとしているのか、やけに力が込められていた。
それはまるでミラの覚悟そのものを反映させているような気がして、俺たちの間には大きな隔たりがあるのだと痛感する。
目をそらした先には目力をこれでもかと強めたリンが俺を見ていた。
そんな二人をみて、ただただ物寂しい気持ちに駆られるばかりだった。




