第12話 憎しみと称賛と
振り返ると学生の集団は綺麗に二つに割れていて、その間には1人の男が立っていた。
冷たい風が吹き抜ける中、金髪の青年は無表情に俺を見据えている。整った顔立ちに宿るのは、まるで他人を見下すかのような鋭い視線。漆黒の詰襟制服に金の縁取りが威厳を添え、彼がただ者でないことを物語っている。
「アタシはどうも勇者っていう存在がどうもうさんくさくてならないの。入学試験をパスするだけの実力があるか今ここで見せてみなさいよ」
彼、といったのは決して間違いではない。見た目はいいところのイケメンといった感じなのに、その口調はまるで女性そのもの。
所謂オネエってやつだ。
なんだか懐かしい気持ちになる。テレビでよくみてたっけな。
しかしテレビで見たそれとは違い、人をさげすむ嫌な目つき。
アニメを見ていたころの俺ならこの類の奴は大好きだ。なにせすぐにその牙をへし折られ、プライドをズタボロにされたその状況があまりにもメシウマすぎるから。
しかしそう言ってられたのも、主人公の圧倒的実力あってのこと。
今の俺、ガワは勇者と主人公にピッタリだけれど、中身は魔力の扱い方すらろくに知らないただのモブAに過ぎない。
そんな俺に、多少なりとも魔法に触れた者が牙をむこうものなら、結果は目に見えている。
「あなた、いったい何なんですか! シオン君の身に着けているものがわからないのですか?」
「そうだよ。これはそこいらにある陳腐な衣装と勘違いしてもらったら困るよ!」
ミラとリンが間に割って入って説得しようとしてくれている。
ここは俺も思い切って、ハッタリかましてやるか。
「未来ある学生を危険にさらしたくはない。その熱意はぜひ魔王討伐に向けてくれないか」
我ながら実に勇者っぽい。
しかし男はにやりと笑う。
「へぇ、記憶は無くなっても魔王討伐の意志は無くなってないと?」
「――!」
どうしてそれを!?
王様との謁見からまた数時間しか経っていない上に、確かかん口令が敷かれていたはず、なぜコイツはそのことを知っているんだ。
「勇者ってのは本当、ご立派ねえ……。あんたのその心意気に免じて今は吐いた唾のんであげるかしら」
どうしてコイツがそのことを知っているのかは今は分かりかねるが、ひとまず衝突は避けたといっていいだろう。
うまくハッタリがきいたな。
早くこんなところ去って学長室に行かなければ。
踵を返そうと後ろを振り向くと
「んなわけないでしょういい子ちゃん! 焼き焦がせ、焔玉!」
慌てて男の方に向き直すと、男と俺の間には巨大な火の玉、焔玉がこちらに向かってきている。
先ほど訓練場でみたどれよりもデカい。当たればただでは済まない。
避けようにも、近すぎる距離とデカすぎる火球のせいでかなわない。
避けるという思考が排除され、反射的に手が剣へ伸びる。
鞘からそれを振りぬくと、陽光に反射して刀身がきらびやかな輝きを放つ。
俺が知ってるものといえば、魔力を込めることだけだ。ペンダントにしたことと同様、イメージの中で、自分の体と剣とを同化させる。
避けれない以上もうこうするしかない! なんとかなりやがれ!
剣を両手で握り、野球のバットを構えるように腕を引く。両手に力を籠め、焔玉をぎりぎりまでひきつける。
眼前まで迫るそれが持つ熱量はかなり大きく、体が焼けそうになるほどだ。
――左ひざをあげ、思い切り踏み込む。
剣の面が焔玉に当たるように調整し、横一閃に振りぬいた。
キャン、と似合わない甲高い音が鳴ると同時に、焔玉は男に向かって飛ぶ。
俺に向かってきていた時よりもさらに早い速度で一直線に向かうそれは、確かな威力を帯びている。
「――うぉえ?」
魔法を放った当人は目の前の状況が呑み込めていないのか素っ頓狂な顔をしている。
このまま焔玉に当たると、確実に死んでしまう。
「に、逃げろ!」
このままでは俺は人殺しになってしまう。
その現実を自分で受け入れられなくて思わず目を背けそうになるが、そんな俺の思いなど関係なく、焔玉は男へ直撃した。
燃え盛る炎に包まれて、男の姿は見えない。俺は、取り返しのつかないことをしてしまった……。
その場に硬直していたが、炎はいつの間にかその勢いを完全に失い、そこには黒焦げでアフロ姿になった男が立ち尽くしていた。
「いい……」
俺はひとまず生きていたことにほっと胸を撫でおろしたが、男の様子がどこかおかしい。
「いい……いいじゃないのこの痛み! アタシに歯向かってくるなんて気概のある男、旦那にふさわしいわ……」
死んでもおかしくない攻撃に直撃しておいて、男はなぜかうっとりと俺のほうをみた。
なんかこいつ、苦手だ……。
「覚えてなさい! いや、覚えてて! んふ」
そういって、黒焦げになった男は投げキッスをして足早に去っていった。
一体あいつ、何者だったんだ……。
それにしても、この世界に来て人間からの明確な敵意を向けられるのはこれが初めてだ。
どうして彼が俺に対して、いや、勇者に対してそうするのだろう。
「あれは筆頭貴族次期侯爵、カイン=デールナーじゃよ」
いつの間にか俺の隣に立っているじいさんが、敗走する彼を見ながら呟いた。
――筆頭貴族。
筆頭が何を意味するかはわかないが、貴族というのは聞きなれた言葉だ。
「あいつ、やっぱり貴族かよ……。お決まりイベントであることに違いなかったわけだ」
砂ぼこりを払うと、心配そうな表情を浮かべたミラとリンが走ってきた。
「シオン君、大丈夫ですか!? どこか怪我はないですか?」
「シオン、大丈夫!?」
また2人に心配かけてしまったな。
大丈夫、といって軽く笑って見せると、2人は安堵したように息をはいた。
「よかった……。シオンくんが死んでしまったらわたし……」
ミラは両目に涙をため、今にもあふれ出しそうだ。
「だ、大丈夫だから! へっちゃら! 元気すぎて空でも飛べそうなくらいさ!」
「ぼ、僕の目からみてもシオンは平気に見えるよ!うん!」
俺とリンが協力してなんとかその目から涙がこぼれないように働きかける。
「本当によかったです……」
リンの手助けもあって、なんとか泣くのを阻止した。
俺もリンもホッとして顔を見合わせる。
リンにもそうだが、ミラには得に心配をかけるわけにはいかないな。
心の中で改めて決意を固めていたその時だった、
「すげー!」「流石勇者さまだ!」「勇者様万歳!!」
先ほどまで試験を受けていた生徒たちの面々が歓声を上げながら群がってきた。
狂喜ともとれるそれに押しつぶされそうになりながら、俺はただひきつった笑顔を見せることしかできない。
「み、みなさん落ち着いてください!」
思えば元の世界で、これだけの人間の中心にいることなどあっただろうか。
学校では昼休みのときも勉強三昧。学校が終われば塾に直行してひらすらに受験勉強する日々。
親からの言いつけで友達を作ることも遊ぶことも許されなかった俺が、今はどこにいようと必然的に中心人物となってしまう。
過去の人生を思い返していた俺を現実に引き戻したのは、歓声の中から小さく聞こえてきた一言だった。
「勇者なんていらない」
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