9.医者と殺し
睦の体調が整って、念の為二日休暇が挟まることになった。
その二日目、また恋弥が廃教会にやってくる。
脳之輔に許可を貰って、二階に上がった。
寝床にほぼ拘束状態で本を読んでいた睦の元に行き、声をかける。
「よー」
「……暇人」
「仕事の合間縫って来てやったんだよ」
「何?」
「お前Hg持ってねぇだろ」
「うん……」
「ほら」
恋弥が腕輪型のHgを見せて、睦は目を丸くした。
「やるよ。どうせ使わねぇし」
「え、な……詐欺……?」
「殺し専門なんだわ。俺の予備のやつ。俺腕輪型使わねぇから」
睦はそれを貰うと、思ったよりも歳相応か、それより少し幼く見える笑顔で目を輝かせた。
普通五、六歳になったら、機能に制限はあれど一人一台は持つHg。
本来なら物心が付かない年齢に脳之輔に引き取られ、物心が付いていなければ実の親として接することはできただろうに。
その知性で、自分と脳之輔は赤の他人であると子供の方から境界線を引いているから。
欲は我慢するし言われた通り動くし真面目でいい子で居続ける。
別に反抗しろと言う気はないが、恋弥はその状態が続いて苦労している人を多く知っているから。
「ある程度の設定はされてるし。好きに使え」
「……あり、がと……う……」
「じゃあな」
「これ渡しに来ただけ?」
「仕事の合間縫って来たっつったろ。ちゃんと寝ろよ」
そう言うと、恋弥は本当に去っていってしまった。
ぽかんとして、Hgを眺めている間に、カーテンが開いて脳之輔が顔を覗かせた。
「……どうしたのそのHg」
「あ、えと、恋弥が、好きに使えって……腕輪型は使わないからって、くれて……」
「おぉよかったねぇ。持ってなかったもんね」
「はい……」
何気に、服や靴を除いて、初めての私物かもしれない。本は脳之輔と共有だし、アクセサリーとか荷物とかも持ってないし。
それから、睦は恋弥とよくHgで連絡を取って、たまに夜に遊びにきたフルグや一班の皆とも連絡先を交換して、廃教会にはトワイライト、特に恋弥がよく出入りするようになった。
薬がなくなった休診日に遊びに来たり、睦が夜に出かけたり、仕事の合間に顔を出したり。
友人ができたのはいいことだし、廃教会が疎かになっているとか、変な影響受けてるとか言うわけじゃないので大人二人も仲良いなぁで微笑ましく眺めていたのだが。
懸念点としては、恋弥もまた、真面目すぎるというところか。
佚世は今の恋弥を知らない。
睦への接触が、ただ友人ができて嬉しいからなのか、ボスからの指示を遂行しているだけなのか。後者の場合、即刻睦と恋弥を剥がすか、恋弥をトワイライトから断ち切りたいが。
睦は、分かっているのだろうか。
路地を歩きながら、睦は口を開いた。
「恋弥」
「なんだ?」
「俺、トワイライトに行くの?」
睦の問いに、先を歩いていた恋弥は足を止めた。
「来たいか? 人殺しを生業にする闇組織だぞ」
「俺は殺しを悪と言う気はないよ」
「とんだ価値観の歪みだろ。どっちからその持論吹き込まれた」
振り返ると、睦は少しおどけたように肩を竦めた。
「仮にも医者の二人だよ」
「気持ちわりぃ十二歳だな」
「ごめん」
「殺しを悪と思ってねぇ奴はこっちの世界に来るな。善悪も分からねぇ餓鬼がいるような場所じゃない」
「恋弥は?」
「俺は殺しが善だとかアホ垂れる気はねぇよ」
廃教会近くまで送ってもらって、恋弥の背中を見送ってから中に入った。
「おかえり睦君」
「ただいまです。……どうしたんですか?」
何か考えていたのか、机に伏せてぼんやりとしていた佚世は睦の問いに、さらにため息をついた。
「……睦君、トワイライトには近付いちゃ駄目だよ」
「恋弥ですか?」
「トワイライト。本部とかボスとか。恋弥も怖いけど仲良くなっちゃったし」
「会わない方がいいですか?」
「いやいいよ。会って仲良くしなさい。悪い子じゃないでしょ?」
睦は頷くと、さっきたまたま話していたトワイライトの話を教えた。
睦は佚世の向かいに座って、フルーツに手を伸ばす。
「恋弥が言ったの?」
「気持ち悪い十二歳とも言われました」
「何言ったの……」
「人殺しを悪に追いやる気はないって」
「気持ち悪い十二歳だねー!?」
「酷い!」
その声で二階から脳之輔が降りてきた。
「おかえり睦君、ご飯あるよ」
「ただいまです。食べます」
「ね〜先生この中身大人の十二歳どうにかしましょ」
「外見二十歳の実年齢万年の中身子供よりいいんじゃない」
「睦君あんな大人になっちゃ駄目だよ」
「俺は佚世さんみたいな人になります」
佚世は睦の純粋さに絶句して、その間に睦は脳之輔が用意してくれたご飯を食べた。
脳之輔にもあったことを話すと、少し苦い笑みを浮かべた。
「達観してるねぇ」
「先生は人殺しは悪だと思いますか?」
「さぁねぇ。興味無いもの」
「ないんですか?」
「ないよ」
誰が死のうが殺されようが、生まれようが孕もうが微塵も興味ない。
「先生は私と睦君がいればなんでもいいんだよ。私と睦君が危なかったら助けれるから誰が死んでも興味無いの」
「俺もですか?」
「そりゃ、先生の一人息子でしょ?」
「拾われました」
「先生育児の才能はないんだね」
「泣くよ」
脳之輔が首を締めるほどに抱きつくが、睦は気にせずご飯を食べる。
美味しいのかお腹が空いているのか、食べる手を止める気配がないせいで脳之輔は放置だ。
「……情緒のない子!」
「美味しいかい」
「美味しいです。佚世さんが作ったんですね」
「あまりにも先生がフルーツから離れないものだからさ」
「何をそんな執着することがあるんでしょう」
「さぁねぇ……」
二人で脳之輔に視線を移すと、それに気付いた脳之輔はナチュラルに顔を逸らして立ち上がった。
「睦君食べ終わったらカルテの処理お願いね」
「そういうとこを見て育ったんです」
ご飯を食べ終わって、倒れて動かない脳之輔を無視してカルテを処理していると二階に行っていた佚世が降りてきた。
「ちょっと出かけてくる。日越えるまでには戻ると思うから」
「行ってらっしゃいませ〜」
少し慌ただしさを残しながら出かけて行った佚世を見送り、睦も書類をまとめた。
「先生、休んだ方がいいです」
「なんだいいきなり」
「計算間違えてます。処方と金額があってないです」
仕方がないので経費に追加しておいて、その他も間違いがないか確認した。
カルテは昔は脳之輔が一晩かけて百枚近く捌いていたが、今は睦が数時間で確認してくれるのでかなり楽。電卓なんてないから、全て暗算だけど。天使ってすごい。
「……先生熱ないですか?」
「あるかもしれない。体温計取ってー」
「もう上行って休んでください。佚世さん帰ってくるまで夜番やっときますから」
「ごめんねぇ……」
脳之輔は体温計を受け取って階段を上がり、睦はまた確認に戻った。
熱は無いにしても、年に数回の絶不調の日だろうな。最近異常なまでに多忙なので疲れが溜まっているのだろう。計算間違いが多い。
これ経費で足りるのかなぁと思いながら、メモ傍らにカルテと睨めっこする。
それもようやく終わりそうという頃、佚世が帰ってきた。
真っ暗中、窓辺の机の月明かりでカルテを見ていた睦を見て目を丸くする。
「おかえりなさい」
「ただいま。……明かり付けたら?」
「紙に反射して眩しいんです」
「目がいい代償だね。まだカルテやってるの?」
「計算間違いが多くて」
「……私?」
「先生です」
「今日不調そうだったものねぇ」
「死人が出なくてよかったなって」
「腕は確かだから」
外套を脱いで白衣を取った佚世は睦の向かいに座って、それを覗き込んだ。
相変わらず達筆だな。
「睦君も字上手だよね」
「覚え始めた頃のお手本がこれです」
「うぅん」
脳之輔の字は、プロ顔負けの達筆だ。
「佚世さんのと並べると凄い差」
「やめてよいじめだよ」
「佚世さんって絵下手ですか?」
「いじめだよッ!?」
「いやだって」
「文字なんて時代によって変わるんだもの。世界の古文書の答え合わせできるの私だけだからね」
「……じゃ一番書き慣れた文字なら綺麗なんですか?」
「えそれで書けって?」
「えいやカルテ処理自分でやるなら」
「なんでHg使わないのか心底謎なのだけれど」
「俺この前まで持ってなかったんですよ」
「はーん」
謎が解けたわ。
佚世は足を組むと、不満そうにカルテを見下ろす。
読める字ではあるんだけども、到底綺麗とは言えない字。たまに黒塗りされてるのは全ての文字が入り交じって創作文字を書いてしまったから。
思考の隅にあった本の内容が本の文字になって現れるのはあるある。
「……恋弥の字見たことある?」
「ないです」
「私より酷いよ」
「読めない文字を文字とは言わないです」
「ねぇ今日辛辣だね? 夕方の純粋さはどこ行ったの?」
「中身大人の気持ち悪い十二歳ですから」
「恨んでんなら謝るよ!?」
「いえ結構です」




