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正統聖  作者: 戯伽
6/22

6.毒

 パーティー会場が一瞬にして病院に変わり、床に寝転がった患者の病状を(むつ)がカルテに書き留める。



 佚世(いっせ)は調薬、脳之輔(のうのすけ)にも連絡は入れたので、スイハの誰かが迎えに行ってくれているらしい。





 今どき年齢一桁の学生もHg(ホログラム)だってのに、紙に書き留める睦を、年齢と見た目も相まって観衆が興味深そうに眺めている。




 スイハの副管理人雨々驟(ううしゅう)から借りたバインダーに挟まった紙をめくって戻って、症状を確認した。




「カルテ出来た?」

「動悸、震え、意識混濁が主な症状です。発熱、発疹、意識障害、痙攣も数人います。催吐剤は重症者から順に十六人飲ませました。二人吐いて意識は保ってます。意識障害、痙攣はまだ収まってません。発疹は首で口内、咽頭にはありませんでした。アナフィラキシーはいません」

「全員催吐剤入れて体温調節と脱水気を付けて。脈測ってね」

「液入れますか?」

「だねぇ、それは任せるよ」

「分かりました」



 上着を脱いで、袖をめくった二人は忙しなく動き、その次に雨々驟(ううしゅう)とライムが忙しない。





「……脈拍低下、呼吸停止。十五秒です」

「吐いた?」

「まだです。薬は入ってます、あと二分」

「動かそうか。追加して」

「はい」



 睦が心臓マッサージをして薬を注入している間に佚世がその他を見て回る。




 ざっと六十人、まだマシ。いつも、同時にじゃないけれど連続で百人は捌く。抗争最中の医務室や救護所なんかと比べれば遊園地みたいなもの。




「……ね〜先生まだ来ないの?」

「……あと五分ぐらい」

「遅い……」

「あやべッ」

「どしたー」

「傷口開きました。……食道掠ってます。一分切りました」

「五分かー、捨てで。次」

「はい」



 食道に穴空いて、体内に吐瀉物が出た場合相当な激痛とともに傷口からほぼ確実に感染症になる。ただのホテルでそれを防ぐのは無理。


 ここにはメスもハサミも針も糸もない。






 睦が立ち上がってその場を離れようとした時、誰かが群衆の中から出てきた。



湯活(ゆかつ)さん……!」



 飛び出してきた男は見向きもせずどこかに行こうとする睦の腕を掴んで、強く引く。



「おい……! 湯活さん助かるよな……!?」

「離してください」

「スイハの幹部だぞ……!?」

「離してください」

「下っ端共より優先すべき人だろ……!」

「離せ。死ぬ人間にかける時間は無い」




 睦は男の腕を叩き落として踵を返すと、二の腕を掴んで抜けた肩をはめ直した。抜けたままじゃ、出来る治療も出来ない。





 骨がはまり直す音が響いて、佚世が顔を上げた。



「睦君大丈夫?」

「治りました」

「医者の思考だねぇ」

「十人死んで一人助けるぐらいなら一人殺してでも十人助けるのが医者の役目です」

「何それカッコイイ! いーなー私も使おう!」

「好きにしてください。俺は二度と使いません」

「ちょっと」

「激務の廃教会で働くのに情をかけてたら死ぬのは自分ですから」

「肝に銘じます」

「三番心肺停止の再開で右肺気胸です。吐いてません」

「脱気で様子見。喘息出かけてるからやっといて」

「はい」




 気胸や喘息の治療なんて普段見ることの無い観衆は、異様に針の太い注射器や、喉に管を突っ込んでいるのを見て絶句し、数人は逃げていく。おそらく自分も経験があるのだろう。







 数分もすれば医療器具が尽きかけて、そろそろ死者が出始める頃に脳之輔がやってきた。



「お待たせー」

「先生メスッ! あと鉗子!」

「へガールと糸ください。食道一人と気胸一人、脱気してます。喘息二人にカルテあります。全員に催吐剤入れました。液八で足りてません」

「イツ全員出来るね」

「無理ッ!」

「喘息は?」

「最低限は出来てます」

「私食道やるよ。睦君カルテ処理しといて」

「分かりました」

「先生無理ィ……! 死ぬ私が死ぬ!」

「患者死んだら殺すからね」

「私のことも労わってよッ!」

「動け新人タダ飯食わせる金はねぇぞ」



 佚世がびーびー泣き喚きながら動き回り、睦は大量のカルテをペラペラ捲りながら歩き回る。

 とりあえず個人で付けて、佚世に三組織で分けてもらってから総額を出さないと。睦じゃ見分けなんて付かない。





「もー無理だよ疲れた死んでもいいじゃんどうせ下っ端だよ!?」

「じゃ佚世さんカルテまとめといてください。代わります」

「うん!」

「睦君に呆れられてるよ」

「いいよもう疲れた」

「お疲れ様でした」



 佚世はカルテをバインダーから外すと、三組織にまとめ直す。



 脳内で総額を計算して、紙に書き留めた。




「でーきた」





 やることが終わってご機嫌になった佚世があぐらをかいて上機嫌に揺れていると、ふと甘い香りが鼻を付いた。




「睦君これ何の匂い?」



 佚世の問いに答えること無く、睦は縫合の手を止めるとそちらを見た。




 扉が開いて、一気に香りが強くなる。




「佚世君……」

「病人はおとなしくしといてください」




 花の香のような甘ったるい匂いが消え、扉に寄りかかった天使は微かに顔をしかめた。



(りつ)……!」

「佚世君医者になったんでしょ……? 治してよ、そこら辺の奴らよりよっぽど価値があるんだよ、僕」

「うち、天使は受け入れしてないので」

「君も天使でしょ……? 佚世君も拾ったのに……」

「組織所属の天使が文句付けて来ないでください。吸血鬼が欲しいなら頭にねだって引き抜いてもらえ」



 むくれっつらになった律を社長が支えて、地面に寝転がった佚世は律を見てから睦を見る。



「睦君他の天使嫌いなの?」

「他の天使に会ったことはありませんがこの匂いはとても不愉快です」

「いいねぇ生存本能だねぇ。いっぱい取り合ってくれたまえ!」

「別に吸血鬼はいらないので」

「あれ?」

「イツ君振られたね」

「あれぇ!?」










 大方の処置が終わって、脳之輔は一人しゃがみ込んだ。



「はー疲れた!」

「終わったー!」

「先生、教会閉めてきたんですか?」

「うん、平和だったからねぇ。トワイライトがいないとこうも平和なんだと実感してきたよ」

「佚世さんカルテ貰いますね」



 睦はカルテを片手に色々確認しながら、医療機器を片付け始める。





 一番よく働く睦に対する駄弁る大人二人に周囲が呆れていると、突然睦が溜め息を吐いた。



「はぁ」

「……最年少がお疲れですよ」

「どうしたの睦君」

「今月赤字です」




 脳之輔含め、その場にいた全員が驚愕し、会場がざわめいた。



 佚世も、愕然と口を開ける。



「この教会赤字とかあるの!?」

「もー真っ赤! 先月も先々月も赤字! てか今年ずっと赤字! ねぇッ先生ッ!」

「利益増やすかー」

「フルーツをッ! 減らせッ!」



 カルテの束を床に叩き付け、ブチギレている睦の言葉に、皆が脳之輔を見た。



「……先生?」

「食費は浮くよ?」

「フルーツの方が高い!」



 脳之輔に詰め寄って、あの脳之輔に怒鳴る睦に皆が驚き感心して。


 その間に佚世は今月のおおよその収入と支出を計算する。生活費だとか給料だとか考えたら、ほんとに赤字。





「赤字ってどうやって補ってるの?」

「……うち、裏世界には病院って形で関わってますけど、何でも屋として表でもちょっと手を広げてるんです。たまにですけど来るんですよ、尋迎が解決出来なかった事件とか、簡単なもの探しとか、難読文書の解読とか」

「初耳なのだけれど」

「まぁたまにですから。言う必要も無いかなって」

「君そういうとこあるよね」




 そんなことよりと、二人揃って脳之輔を見ると、脳之輔はしばし考える素振りをしてから手を打った。



「よしっ! +10%で取ろう!」

「うち案外貧乏なんですよ。金遣いが荒いの増えましたけど」

「あれ私飛び火じゃない?」

「基本料金しか取らない上に付き添い料金とか死体処理料金とか雀の涙程度ですし。ただでさえちょっとずつですけどマイナスになりつつあった資金が最近の娯楽だとか趣味嗜好だとかで完全な赤字。経理として言いますけど、これ続いたらうち潰れます」

「睦君睦君、ここの基本資金ってどっから出たの?」

「先生の全財産と俺の教育費です。どうせ学校にも行かないし全部突っ込みました」

「嘘でしょッ!? 先生何してんの!?」

「イツ君私の給料知ってるでしょッ! 病院立てるのにあの薄給の二十年間の貯金じゃ無理に決まってる! ただでさえ将来なんて考えてなかったから貯金無かったのにッ!」

「なんで病院なんか建てたのさッ!」

「睦君拾ったからだよッ! 私がどっかの組織に雇ってもらえるわけないでしょ天使連れてさぁッ!」





 二人が角突き合わせて怒鳴り合いの大喧嘩を初めて、商売の匂いを嗅ぎつけ傍にいた管理人は念の為距離を取った。睦の目の冷めたこと。





 二人が我を忘れているのを見て、管理人は睦の傍に寄った。





「初めまして」

「初めまして」

「私スイハの管理人してるんだけど」

「佚世さんから少しだけ聞いたことがあります。経営の天才だとか」

「佚世君が言ったの?」

「……ちょっと、盛ったかも」

「だよね。まさか自分のクビ切った人を褒めるとは思えないもの」

「自覚あるんですか?」

「切りたくて切ったわけじゃないからね。とても可哀想なことをしてしまった」




 その管理人の、実の息子を思うような目を、そんな感情は知らないけれど。本に憂いた優しげな目を見上げ、内心首を傾げる。



 吸血鬼、死もなければ人より圧倒的に強いのに、何故赤の他人でしかない管理人がそんな目をする。よく分からない。





 少しの沈黙のあと、管理人がにこっと笑った。



「ところで廃教会、赤字だって?」

「吸収買収の話なら先生にお願いします」

「まさかまさか。そんなことしたら国が崩壊しかねないもの」



 睦の隣にしゃがんだ管理人は、思考が読めない睦の顔を見上げた。




「援助、するよ? 月々で、いくらでも」

「……佚世さんが言ってました」




 いつかの頃、佚世が言っていた。とても楽しそうな表情で、悲しそうな目をして。



 トワイライトを追い出された佚世を拾ったのは管理人本人で、佚世の立場を保証したのも管理人だった。


 この人は経営に限らず、殺しも人脈作りも、優しさも賢さも天才しかいない御三家の中でも頭一つ抜けていて、佚世もよく信頼していたらしい。


 だから見誤った。



 佚世を囲った後のリスクも、ピステルとの衝突も、トワイライトとの不和も、全て計算済みだと思っていた。




 所詮人間、欲に負けただけ。




「廃教会援助は、全てを計算したつもりで出した案ですか? またピステルと衝突したら、今度はトワイライトも黙ってないでしょう。また、佚世さん諸共切るつもりですか? 俺は闇世界の事情なんて詳しくないですから的を得たようなことは言えませんけど。……佚世さんから、先生から、見限られたら困るのはそちらでしょう?」




 見下ろしてきた睦の言葉に管理人は目を丸くして、ずっと弾けていた脳内の計算機が消えた。



 欲に事欠き事後を考えず、自滅し行く愚鈍。





「……頭のいい人が行き着く先は同じなんだねぇ」

「どうでしょうね。思考の終着点で言うのであれば、その人との関係性に依ります」

「睦君、スイハ来る?」

「なんか今日耳鳴りが酷いんですよね。あーあー」




 管理人はけらけらと笑い声を上げ、それに気が付いた佚世と脳之輔は口論を止めた。


 喧嘩を見ていた群衆も、管理人の動きを見ていた群衆も、揃って管理人を見る。




「ちょっと。またやってんの?」

「怒られたとこ〜。先生いい子に出会いましたねぇ」

「そのいい子にまで手出すんじゃないよ」

「まだ出してませんよ」

「今も後も出すな」



 脳之輔は睦の腕を引くと、睦を隣に立たせた。



「まぁこれ以上命捨ててたらいよいよ怒られるので、そろそろやめておきます」

「そうして」

「睦君またお話しようねぇ!」

「雨々驟さんこれ回収してもらっていーいー!?」

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