4.買い物
「先生お手紙〜」
夜中、佚世は緊急便で届いた手紙を脳之輔に渡した。
睦は眠って、大人二人で晩酌をしていたところに。
「ピステルからだ」
「なんて?」
「……茶会のお誘いだね」
朝になって、下に降りると、見知らぬ人がいた。
いや違う、佚世だ。
黒のシャツに赤いネクタイ、上質な背広。艶やかな黒の上着を肩に羽織って。
脳之輔もそばにいるので、トワイライトに戻る気になったわけじゃないと思う、け、ど。
なんで着ているんだろうという疑問に幾度となくトワイライトという答えがチラついて、それを否定しながらも、自分に声がかからなかったことに脈が早くなる。
ほぼ二階の階段にしゃがんで、柵の切れ目からちらっと覗いた。
脳之輔と話しながら、丈を確認している。
黒が基色のトワイライトは皆が背広で仕事をしているが、佚世の背広はやはり高級感がある。
ほんとに、下っ端とは艶と黒の深さが違うというか。
勝手に脈が落ち着いてきて、降りてみようかなと思っていると佚世がこちらを見上げた。
「おはよう睦君。丸まってどうしたの」
「睦君、起きたんなら降りといで」
二人に呼ばれたので、おとなしく下に降りた。
「……おはようございます……」
「おはよう。なんで私睨まれてるの?」
「なんで背広なんか着てるんですか?」
「あー、見て。かっこいいでしょ?」
「白衣の方が似合ってます」
「そうじゃないじゃん」
「そうでしかないです」
睦は脳之輔に説明を求め、脳之輔は少し苦笑いをした。
「ピステルからお誘いがあってね。スイハとトワイライトと、廃教会も含めて茶会でもって」
「ひっさしぶりにトワイライトの背広引っ張り出したの。シャツとネクタイ替えればいけるかなって」
「……そういうことですか。なんだ」
「私がトワイライトに戻るとでも思ったのかい?」
「危うく先生ごと締め出すところでした」
「この子マジでやるからね」
脳之輔と佚世は何とか睦に弁明して、しかし睦は二人の焦りっぷりも気にせずホッと息をついた。
「心配しなくとも先生も私も君を置いてどっか行くことはないよ」
「そうそう。親を信じなさい」
「はい」
「……イツ君は背広それでいいの?」
「買い換えます。古いですし」
「じゃあ睦君のも一緒に買ってきて」
「俺も行くんですか?」
「私が行かないからね。行っといで、天使と吸血鬼の激レアタッグだよ」
「政府が食いつきそうですね」
「やだねぇ〜。……一緒に行こうね」
「はい」
ということで、今日は休診で佚世と買い物に出ることになった。
「背広はねぇ、見るだけで分かる程度は欲しいな。廃教会の子だよってのも込めてネクタイも一緒のにしようか」
「俺貯金なんかないです、たぶん」
「買ってあげるよ。私金なんて使わないもの」
「佚世さんは無欲ですよね」
「そんなことはないよ? 強欲じゃないだけ」
佚世お墨付きの仕立て屋に行き、二人で採寸をしてもらった。
睦は平均身長平均体型なので、ただちょっと手足が長いって言う。すぐに裾を下ろして袖を直して、誂えてくれるらしい。
佚世のは相変わらず裏の倉庫から。
「……睦君はずっとその外套着てるね。思い出の品?」
「特に……でも、昔から何かに包まってると安心するので、先生が買ってくれるんです。身長が伸びたら新しいのって」
「先生からのプレゼントか、珍しい」
「佚世さんは何か貰ったことありますか?」
「本はよく貰ってたよ、医学書。本読むのが好きだからね」
「今はあんまり読んでませんよね?」
「時間も本もないからねぇ」
「じゃああとで本屋行きましょう」
「いいの?」
「俺も本は好きです」
ネクタイを見繕って、睦には靴も買って、馬鹿高い支払いを済ませた。
一括でサクッと払うんだから、かっこいい。
「じゃー次。手袋」
「手袋……?」
「念の為だけどね」
何かあった時に、佚世の庇護下にあると証明できるように。
この街鷹憬がある大陸ジュワルパには、子供や婚約者、仕事等のパートナーに自分の紋が入った手袋を渡す風習がある。というか、あった。
廃れた文化。ただし、佚世の周りにいた人間ならその意味を知っている。
「睦君甘いもの食べないよねぇ。お菓子とか食べるの?」
「あんまり食べないです。美味しくないし……」
「……もしやフルーツも?」
「フルーツは食べます。食べ慣れた味は好きです」
「変わってるねぇ。先生にお土産買ってこうか」
「フルーツ飴買いましょう」
「いいねぇ。フルーツ飴は食べる?」
「食べないです」




