3.執着
夜勤は眠らない佚世が担当してくれて、二人は久しぶりによく眠った。
睦はともかく、脳之輔は死にそうだったので。
佚世も一日で何となく感覚は掴んでくれたし、トワイライトの先代ボスの来訪で不機嫌だった脳之輔もぐっすり寝たことで機嫌は治ってくれたし、何となく皆快調。
一ヶ月ほどは佚世に怯える人もいたけれど、その期間を過ぎれば「そこには佚世がいる」と噂が広まって、皆当たり前に助けを求めるようになった。
「佚世さん奥二人お願いします、右眼球損傷と内臓破裂です」
「片付けお願い」
「はい」
「睦君手伝ってー」
「はい!」
慌ただしく午前の診察を終えると、表通りの人通りが多くなる時間は裏の諍いも少なくなるので。
午後は三時まで診察をしたが、薬が切れたので診察は早い時間に閉じた。
六時頃に一通りの治療は終えて、睦と脳之輔はバタンキューで倒れる。
「先生コーヒー飲みます?」
「のむぅ……」
「佚世さん元気ですね。初日以降ほとんど倒れてないですし……」
「慣れだよ。睦君もなんか飲む?」
「コーヒー……」
「君ほんとに大人だねぇ」
翌日、睦が薬を買いに行っている間に雪が降り始めた。
今の季節でもまだ降るのか。
薬がないので休診の今日、二週間ぶりほどの平和の日。
だと思ったのだが。
教会の扉が開き、入ってくる前に倒れた。
床に血が広がり、佚世は立ち上がる。
「先生ガーゼと縫合具ください。縫います」
「脈ある?」
「生き返るかもってところです」
止血をして、心臓マッサージをすると生き返ったので輸血をした。
服に焼痕、銃創、肋が裏表で内臓ごと貫通、それが二箇所ね。
「喧嘩じゃなさそうです。厄介そう」
「さっさと捨てようか」
「そうしましょ」
なんて話していると、まだ帰ってくるには早い気がする睦が帰ってきた。
教会の中に飛び込んで、佚世たちがいる小間に走ってくる。
「どうしたの」
「いきなり追いかけられて……! びっくりして……!」
「落ち着いて」
脳之輔は水を汲みに行き、佚世は睦を連れて小間から出る。
「どっかの組織か半グレ?」
「分からないです、見たことない顔で……でも、スーツでした。綺麗な黒で、グレーのネクタイの」
「はーん?」
「この辺りの人間は睦君追っかけ回したりしないよ」
たとえ新米でも先輩から、ここの人間には絶対に絡むなと言い聞かせられる。トワイライトの威張り散らしてる下っ端も睦には逆らわない。
「佚世君が来たって噂されてる今なら余計にね」
「この辺りの人間じゃないのか〜」
そりゃ、脳之輔がいれば誰も突っかからないけど。
「……黒にグレーなぁ。そりゃこの辺りじゃないよねぇ」
「知ってるんですか?」
「ピステルだねぇ」
政府、トワイライト、スイハと並んで世界五大組織に数えられる一角、ピステル。
頭を社長とし、闇市場に根を張りトワイライトに次ぐ巨万の富を得た組織。
少し前までは後継も決まり、かなり穏やかではあったが。
佚世がスイハに入ったことで、重役の中で特段社長に気に入られている子が癇癪を起こし、それにスイハの同じく佚世を気に入っていた、管理人に気に入られていた子がブチギレ。
重役二人の衝突のせいで佚世はスイハをクビになった。
スイハをクビになり、直後に大きくもない組織と言えるほどでもない廃教会に入ったと知れば、動き出すのは容易に想像できる。
あれは何千人死のうが自分の玩具は取り返す、そういう質だ。
「取り返したら敵には興味なくなるから復讐がないだけマシなんだけどね」
「……廃教会が潰されるってなったら佚世さんはピステルに行くんですか?」
「まさか。ここが潰されることはないよ」
「でもピステルは……」
「ねぇ先生?」
興味がなさすぎてぼけっとしていた脳之輔はハッとすると、不安そうにする睦を見下ろしてその顔を笑った。
「睦君、この大陸で一番強い二人に守られてると思いなさい? 特に佚世とかいう化け物」
「私かい」
「無茶しないでくださいね……?」
「心配する間もなく終わるよ」
コンッと弾かれ、玩具の駒が床に落ちた。
赤い絨毯に沈み、また二つ、下に落ちる。
「律は?」
「帰ってきてませんね」
「…………管理人に連絡入れて。喧嘩にでもなったらピステル潰されちゃう」
「はい」
苦い香りの湯気が立ち、コーヒーが差し出された。
「ピステルの阿呆がなんかやってるみたいだね」
「たぶんこっちにも飛び火来ますよ、引き起こしたのこちらなので」
「……やらかしたなぁ……!」
「珍しいですね」
「一人になった天才に目が眩んだって感じか……怖や。早々に対策取ろうかな。死にたくない」
「喧嘩になったら私が貴方を末代にしますね」
「はい」
手紙が来て、佚世はそれを受け取った。
「睦君お手紙だよ〜」
「俺ですか?」
「……差出人書いてないや、お友達?」
「手紙書くような柄の人、先生しかいないんですけど……」
夜、佚世から手紙を受け取った睦はそれを開くとビクッと震え、それを落とした。
佚世がしゃがんでそれを見ると、便箋とは言えない紙には大きく「返せ」と書かれている。
「嫌がらせか。やだねぇ」
「ぴ、ピステルの人ですか……?」
「私の知人の字だよ。ごめんね、面倒なことに巻き込んでしまったようで」
「いえ……ちょっと、びっくりしましたけど」
「私から連絡入れておくよ。もう来ないとは思うけど」
「はい……」
佚世は手紙をぐしゃぐしゃに握り締め、立ち上がると睦の頭を撫でた。
「他にも何かあったら言ってね。睦君に実害出るようなら実力行使で行くから」
「は、はい」
Hg。指輪、腕輪、首輪、耳枷、小片型などがある通信機器。
型は何種類もあるが、全て宙に映像が映し出される通信機器。
映像は後ろから透過されたり見えなかったり、画面が曲げれたり歪めれたり、大きくなったり小さくなったり。
色々な種類はあるものの、今の主流の通信機だ。
指輪型のHgをいじって、佚世をスイハから追い出した張本人に連絡を入れた。
これ以上突っかかるなら、容赦しないよと。
また電源を切って、引き出しにしまってから寝床に寝転がった。
大の字になって、うつらうつらと目を閉じる。
ちょっと、疲れた。
少ししてから、体を揺すられた。
ぼんやりと目を覚ますと、睦が覗き込む。
「大丈夫ですか……?」
「……眠い……」
「先生が、さっさと血飲めって」
「あー……」
血飲んでなかったから、眠かったのか。
少し顔が白い気もしなくもない睦の頬に触れると、睦はぎゅっと目を瞑った。
やっぱり吸血鬼が怖いのは、幼少期の頃に何かしらのトラウマがあるんだろうな。
「すぐ降りるよ。先降りてて」
「はい」
睦がいなくなったあとに、佚世はなんとなくでかけていたロケットペンダントを外した。
かなり古いが、いいものなので錆びたりはしていない。中の写真はかなり色褪せたけれど。
それもHgと同じ棚にしまって、身なりを整えてから一階に降りた。
脳之輔に渡された輸血パックを飲むのに、待合のベンチで天井を仰いでいると睦がひょこっと覗いた。
血を飲み終わった佚世の頬に触れて、口を開けさせ牙を見る。
「あ生えてる」
「なんだこら」
「毎日抜いてるので、毎日生えるのかなって」
「うーん……夜には生え揃うからねぇ。もっと血飲んでたら三十分ぐらいで治るんだけど。あんまり早く治ると気持ち悪いし」
「触っていいですか?」
「やめなさい」
わくわくしたような目をしていた睦はしょんぼりして、脳之輔に文句を言いに行った。
大人っぽいけど、子供らしい。
洗面所に行って、ペンチを出していると睦がやってきた。
「今日は好奇心の日ですか」
「佚世さんも寝るんだなって」
「血吸ってなかったからねぇ。寝てたら百年経ってたとかあったよ」
「えッ」
「さすがに寝すぎかなって」
歯の状態を確認して、特に問題もなさそうなので抜歯をする。
睦の目を塞いで、暴れる間に上二本を抜いた。
吸血鬼の歯型にも数種類あるみたいで、知り合いの吸血鬼は全員歯型が違った。
佚世は上顎の犬歯の中央に穴が空いていて、ストローのようになっている。牙を刺して、血を吸う感じ。
他で言うと、牙を抜いて穴から吸うタイプの奴、肉を噛みちぎるように喰うやつ、普通の歯の奴とか。
種類があるのか全員違うのか知らないけど、研究者が吸血鬼にお熱になる理由の一つだろう。同じ種族で食べ方が違うとか。
抜いた牙はちぎった新聞紙に包んで、ペンチで砕いた。
それをゴミ箱に捨て、さっそく塞がった歯茎に触れる。
「……抜けましたか?」
「ちょっと残ってるけど。まいいや」
「メスありますよ」
「めんどくさい。さー仕事するよ〜」




