22.なにか
「睦、おはよう」
「おはよう」
「……仕事? 学校は?」
「休んだ」
「何時に帰ってくる?」
「三つまとめて入ってるから夜遅いよ」
「……わかった」
「じゃあね」
昨日の夜に帰ってこなくて、帰ってきたのは今日の明け方前の三時頃。
学生が出るよりも早い朝六時から仕事に行った睦を見送って、眉を寄せた。
その日の夜はまた陽泰がロビーに居座って、けれど恋弥は付き合ってくれず、だんちと一緒。
夜中の二時。しゃがんだまま寝てしまった陽泰を抱っこしていただんちがロビーに立っていると、睦が帰ってきた。
「おかえり」
「……陽泰貰いますね」
「大丈夫か? 疲れてるだろ」
「平気です」
睦は不安そうに眉尻を下げるだんちから陽泰を受け取ると、陽泰の部屋に戻った。
ハッと飛び起きて、自分が寝床にいることを確認する。
ロビーで団達気と一緒に睦を待っていたはずなのに、何故だと思ってHgを探すついでに枕元を見下ろした。
扉が開いて、部屋に恋弥が入ってきた。
「陽泰……うわどうした!?」
天蓋の閉まっていない寝床で大粒の涙を流す陽泰に驚きと混乱のまま駆け寄って、寝床に座ると頭を撫でた。
どうしたと声を掛ける前に、陽泰が持っていた紙に気が付く。
それを見ると、睦の字で『おはよう 先に寝てていいよ。 おやすみ』と書かれていた。
あの日、あの集会の後から、睦は目に見えて忙しくなった。
幹部よりも一班よりも、休む暇が無いほどに。
仕事はそんなに溢れ返っていないはずで、皆一日一回は顔を見る程度には本部で休めているのに、睦だけだ。朝から真夜中まで仕事だなんて。
それもたった三件に一日使うなど。
「今日帰ってきたら話しよう。陽泰も睦が心配だもんな。……俺も心配だから」
けれど睦はたまたまその日は帰ってこなくて、恋弥も仕事や学校があるので四六時中陽泰とは一緒にいれなくて。
少しの期間の過度なストレスのせいで、陽泰が不調を訴えた。
熱も頭痛も無いけれど、明らかなる不調。
顔色も悪いし冷や汗もかいて、すぐに治るものの動悸や、何よりちょっとしたことですぐ泣くようになってしまって。
ボスも恋弥も陽泰も、一班も幹部も睦と連絡が付かなくて。
既読は付いているので見ているのは見ているのだろうが、トワイライトが嫌になったのか忙しいのを言い訳にしているのか。
昨日送ったメールの既読が付いているのを確認して、とりあえず陽泰が体調を崩したと送った。
仕事はいいから、ボスには俺から言うから帰ってきてくれと。
「恋弥さん」
「どうした」
陽泰に呼ばれて、ソファから寝床に移動した。
傍に座って、よしよしと抱き締める。
「睦は帰ってきませんか」
「連絡入れたから、帰ってくると思う。弟を心配してないわけじゃないだろうから」
「……睦に嫌われたらどうしようって、怖いです」
「陽泰嫌うほどはひねくれてないだろ。大丈夫」
昼過ぎ、部屋にノックが鳴った。
「はい」
ひょこっと顔を覗かせたのは、トワイライト先代ボス。
先代であり、陽泰の実の父であり、佚世の元上司である。
「よう君来たよ」
「……呼んだんですか?」
「いや?」
「睦君に話をしに来たんだけどね。よう君に会わないのは違うでしょ?」
恋弥は天蓋の中に入ってきた先代を見ると寝床から立ち上がって、先代は恋弥が座っていたところに座ると陽泰を抱き締めた。
いつもは抱き締めるどころか頭を撫でるのも手を繋ぐのも、触るのすら拒否なのに、今日は気分も相まってか少しおとなしい。
「……暑い邪魔」
「ふふ」
「もうボスには会われましたか?」
「今会ってきたとこ。……睦君は帰ってきそう?」
「たぶん。連絡入れたので流石に帰ってくると思います」
「じゃあここで待っとこうかな」
陽泰は全身が折れそうなほど抱き締めてくる先代を嫌がって、恋弥は仲良いなぁと。
それから二時間ほどして、睦は帰ってきた。
「あおかえり」
「睦!」
「陽泰、寝てなくて平気?」
「うん。……おかえり」
陽泰の頭を撫でた睦は汚れているからとくっ付くのを拒否して、買ってきたものを陽泰に渡した。
「ちゃんと食べて休むんだよ」
「睦ご飯は?」
「俺はいいよ。ほら、寝床戻って」
「今日はもう終わり?」
「どうかな。しばらくはいれると思うよ」
陽泰は睦の手を掴んで、恋弥に買い物袋を渡して、先代を天蓋から追い出した。
「おかえり」
「先代来てたんだね」
「お前に会いに来たんだと」
「俺?」
寝床に座る陽泰に腕を掴まれ動けない睦が振り返ると、先代はにこっと笑った。
「最近ずいぶん忙しいみたいだね」
「仕事が立て込んでいて」
「働くのはいいけど、あまり無理しないように。君までいなくなったら世界は崩壊しかねない」
「はい」
「いっぱい休んで」
「うん。……ボスに声だけかけてくる」
「俺行こうか?」
「いいよ。陽泰見てて」
睦がいなくなると、陽泰は睦が帰ってきてくれたゼリーやフルーツを食べて上機嫌のまま眠り始めた。
小一時間すると風呂に入った睦が戻ってきて、髪も乾かさないままコーヒーを淹れ始めた。
「ボスとなんか話したか」
「特に? なんか言うことあった?」
「仕事量調整してもらうとか」
「別に疲れも無いし大丈夫だよ。廃教会で培った体力は伊達じゃないし」
「疲れとかいう問題じゃないだろ」
「……あ学校の話? 別に表世界に出るわけでもないし。大丈夫だよ」
カウンターにもたれて、コーヒーを飲みながらHgを見下ろした。
「もう少し休む時間取れ。まともに帰ってきてねぇし」
「……もう少しで落ち着くよ。こんな忙しいの今だけ」
「なんの仕事だよ? んな大きく動いてる組織も無いだろ」
「……そうだね」
コーヒーを飲み終わると、空のコップをカウンターに置いた。
「なんかあったらまた呼んで」
「待て睦」
睦は恋弥の制止も聞かず逃げるように部屋から出て行って、腕を掴み損ねた恋弥は閉められた扉を殴った。
クソ。
翌朝になると陽泰の顔色が戻って、寝床に座った睦にくっ付く。
先代は昨日泊まって、今は睦にくっ付く陽泰にしがみついている。
「陽泰、朝飯持ってきたぞ」
「睦と食べます」
「こいつ朝食わねぇよ?」
「食べて」
「無茶言うな……」
「睦前より痩せてる」
「筋力は付いてるよ。男だから筋力あれば大丈夫」
「でも痩せてる」
「健康的だから大丈夫。心配しないで」
不服そうなまま黙った陽泰の頭を撫で、陽泰は先代を足蹴りにすると机に移動した。
「いっぱい食べるんだよ」
「うん」
それほど日も経たないうちに、陽泰の体調不良が効いたのか『もう少しで落ち着く』がやってきたのか睦は昼間は本部にいるようになって、夜はいつも出掛けるけれど、学校にも陽泰にも時間を割くようになった。
夜はおやすみまで言ってくれるし、朝は時々いないけどおはようの時間のうちに帰ってくるし。
寂しさも嫌な気持ちも無くて、順調な日々。
ある日部屋に帰ろうとしたら睦の部屋から喧騒が聞こえてきて、自室に入ろうとしていた陽泰は睦の部屋を覗いた。
直後、先代が睦の頬を叩いた。
恋弥は首をすくませ、睦は抵抗する素振りが無い。
「父さん」
「よッ……よう……」
「陽泰、部屋帰ってて」
「何してるの?」
「恋弥。陽泰追い出して」
睦の冷たい視線に目を丸くした陽泰は足がすくんで、抵抗する間もなく恋弥に腕を引かれた。
「恋弥さん離してください。止めないと、睦が」
「睦のためだから。ちょっとだけ、我慢しよう」
陽泰の部屋に入った恋弥は混乱する陽泰を抱き寄せて、只事じゃないことは理解した陽泰は、恐怖と不安で震える手で恋弥の背を掴んだ。
睦のためだ。
家族がいなくなって、責任に押し潰されそうになって、世界の負の感情に晒されて、狂ってしまいそうな睦を直すための話。
あのままじゃ壊れてしまうから、恋弥も心配しているから。
大きな音が数度聞こえたあと扉が強く閉まる音がして、先代の怒号が廊下にまで響いた。
「……恋弥君、よう君」
「先代、睦は?」
「またあとで落ち着いてから、恋弥君とようも交えて話そう」
「……はい」
「一班も、呼べるなら呼んでくれるかい」
「はい」
いきなり睦が入ってきたボスはびっくりして、目を丸くした。
鍵をかけて、扉の前にしゃがみこんだ睦の傍に寄る。
「睦君、大丈夫? どうしたの」
「……ボス」
「よしよし。……ソファ座ろう。おいで」
酷い顔の睦の頬を撫でると、ボスはホットコーヒーを淹れた。
睦にも渡すと、睦はそれを受け取る。
「なにかあったの?」




