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正統聖  作者: 戯伽
2/22

2.豆腐

 か細く早い息の我が子の頭を撫で、こっちが泣きそうになって来るのを我慢する。





 水分も取れていないせいで白くカサつく頬を撫で、自分に言い聞かせるように、大丈夫大丈夫と呟いていると部屋にノックが鳴った。




「先代、失礼します」

「……何?」

「だんちから報告です。廃教会に佚世(いっせ)がいると」

「ほんとに? 帰ってきたの、なんで?」

「いるというか、運び込んだらしいです。なんでこの街にいたかは分かりませんが、という」

「すぐ呼び戻そう。恋弥(れんや)君も来て」

「はい」






















 佚世(いっせ)が倒れ、指についた返り血で床に「のうのすけ」と書いた。



「イツ掃除して」

「この体疲れないはずなんですけど……!」

(むつ)君を見習いなさい?」




 診察が終わった午後六時。睦は患者が途切れたあとすぐに各小間(ブース)の片付けをしてゴミを処理し、薬を確認し、掃除を始める。




「何あの子不死身なの?」

「それはお前だよ動け新人」

「新人を労わって!」

「働けタダ飯食わせる金はねぇぞ」



 佚世はふらふらと立ち上がって、睦と掃除を交代し、睦はご飯を作り始めた。





 一日に百人を超える死にかけの患者、四つしかない小間(ブース)のうち一つは相談室、手術室は三つだけ。


 道具も薬も一級品だが、助手がいないので忙しさが半端ない。



 まぁ準備等は、睦がやってくれるんだけども。大人二人は小間(ブース)の中に篭もりっきりなんだけども。




 なんだろう、精神的に来るものがある。



 重体の患者は大きな病院に送ったり、要経過の患者は少ない小間(ブース)の中で入院したり。


 あとちょっと意外なのは、普通の病気の人も来る。




 ここは法適用外の闇医者、廃れた教会。

 それでも、医者の腕が一級品以上なので一般の医者が治せない人達はここに来る。


 金額が親切じゃなくとも、必ず治るなら来るしかないだろう。




 びっくりした、てんてこ舞いで一息つく暇もなく百人以上捌いたのに、今日誰一人として死んでいない。

 手遅れになった人、手遅れだった人、医療ミス、治療断念。一回もなく、一人も死ななかった。それが、ここの日常らしい。






 朝の八時から夜の六時まで、夜間は急患も受け入れている。


 休みは週に二回、薬がなくなった日。




 入院患者の付き添いで泊まる人も数人いて、宿泊、食事代は治療費に上乗せらしい。




「はー疲れた!」

「ご飯できましたよー」

「はーい。……イツ君、食べよう」

「はぁい」




 泊まりの皆に食事を配って、三人は待合ベンチ隣のテーブルで食べる。




 内装としては、入って右手に待合ベンチ、左側に小間(ブース)がずらっと。奥に階段があって、二階が寝室。待合ベンチの奥に台所って感じ。




「食べ終わったら二人で患者お願いね。私イツ君の部屋作らないと」

「パーテーション出しときますか?」

「いいよ、ゆっくり食べて」



 料理上手な脳之輔(のうのすけ)から習った(むつ)もまた美味しいご飯を作り、久しぶりに食事が至福の時間になった。





 患者には流動食や点滴、お粥など。



「そのくらいなら私できるし睦君休んでていいよ」

「でも佚世(いっせ)さんも疲れてるんじゃ……」

「へーきへーき、治るから」

「俺も治ります!」

「君はまだ青いから治んないよ。ちょっと休みなさい」

「青くないですー!」

「真っ青さ」






 佚世が入院患者二人を見終わった頃には元気だった睦が机で寝落ちていて、付き添いの二人がそれをにっこにこで眺めていた。


 佚世は小間(ブース)の外にある椅子に座り、足を組んだ。



「おっさんが子供眺めてんのってやだね」

「かわいいじゃないっすか! 佚世さんも子供好きでしょ!」

「声抑えて」

「佚世さん、なんでこの街に戻ってきたんですか? ずっとスイハのところにいると思ってました」

「あのねぇ? スイハもクビになったの。私のせいじゃないんだよ、私を取り合う馬鹿共のせいで全面戦争になりかけてね。管理人にクビ切られたの。可哀想でしょ?」

「……佚世さん俺らが死ぬ前に伝記でも出版してくださいよ」

「時間があったらね。今人生で一番忙しい一日を終えたあとだから」



 三人でハッハッハと笑い、その場が静まり返った。







 世界の悪を司る超巨大組織、トワイライト。法を司る中央政府とは対の存在であると同時に、中央政府と唯一結託している組織でもある。



 元々佚世はそこの幹部、ボスに次ぐ地位にいた。次期ボスとも、トワイライトの永遠の右腕とも。



 ダサい異名しか付かないような不運な人運だったけど、拾ってくれたボスとも師である脳之輔とも、拾った子供たちとも先輩であり部下でもある人たちとも、なかなか楽しくやっていたはずなんだけど。






 カタッと鳴った音で我に返り、顔を上げた。



「……おはよう(むつ)君」

「お、おはよう、ございます……」

「ごめんね、私いたら落ち着かないでしょ」

「あ、いえ! それは全然」

「ほんとに? ならいいけど」

「あの、それより」

「うーん……」



 佚世(いっせ)は考える素振りをしながら立ち上がると、そのまま二階に上がって消えた。





 教会にノックが鳴り、扉が開く。




 顔を出したのは朱色の髪とオッドアイの瞳の少年で、睦と同じほどの背丈だが睦よりも大人びて見えた。



「……佚世(いっせ)いるか」

「あ、えと、ちょっと待ってください」




 少年の声に睦は階段を駆け上がっていき、それを見送った少年は開いていない扉の外に、オレンジと青緑の目を向けた。




「入りましょう、外は冷えます」

「誰かいるでしょ?」

「じゃあ俺だけ」

「やめて凍死しちゃう」



 二人で中に入ると、睦と、久しぶりに聞く佚世の声が聞こえた。




 そのあと、佚世の発狂の声とともに脳之輔と脳之輔に引きずられた佚世、その後ろをつける睦が降りてくる。




「あら、恋弥(れんや)君にボスも。あー、もう先代だっけ?」

「お久しぶり……」

「もー離してよッ! 私恩人を殺したくないの!」

「うるさいよイツ。ちょっと黙りなさい」

「佚世さん、まず立ちましょう?」



 脳之輔が手を離すと、佚世は立ち上がってから、トワイライト先代ボスを睨んだ。

 去年、世代交代して隠居し始めたばかりの老人。




 しかし、意外にもその視線はすぐにふっと弱くなる。




「なんの用でしょう」

「え、っと……」

「医者を呼びに来た。熱で動けない、子供だ」

「えー……」

「あの」



 睦は謎に心揺れる佚世の白衣を掴むと、恋弥(れんや)を見た。



「天使の病は治療できません。ここでは無理です」

「吸血鬼なら毒を吸える」

「それは佚世さん個人に頼んでください。廃教会の医者は貸せません。二回目なら死ぬことはありませんし毒抜きは熱の時以外でも可能です。後日個人間で連絡をお願いします」

「二回目なら死なねぇって確信はねぇだろ」

「少なくともその子に致死量の毒は貯まってないので大丈夫です。前回診た(医者)の診断です」



 恋弥は涼しい顔で見つめてくる佚世から顔を逸らしている先代を見上げ、袖を引いた。



「先代、聞いてんなら先代から言ってください。聞いてないなら帰りましょう、俺眠いです」

「ちょっと恋弥(れんや)君助けてよ……」

「帰っていいですか? ボス強いでしょ?」

「助けてよッ!」



 恋弥がしぶしぶ佚世を見ると、佚世も恋弥に視線を移した。




「……人間の成長は早いね。恋弥が天使じゃなくてよかった」

「何の話だよ」

「吸血鬼がいない中での天使の寿命は短いもの。子供を慈しむのは生物の本能さ、そこのバカ親みたいに」

「イツ皮肉混じりの罵倒はやめなさい」

「すみませーん」



 佚世はふいっと顔を逸らし、恋弥は佚世に向ける視線をさらに鋭くした。


 苛立ちと、少しの憎悪に、嫌悪の感情を含んで。



「戻りましょう。いるだけ無駄です」



 恋弥が先代の袖を掴んだ時、先代が佚世に視線を向けた。




「佚世君、トワイライトに戻っておいで。皆待ってるんだよ」

「ボス……!」



 佚世が二人に向ける視線が氷のように冷たく、剣のように鋭くなった。



 恋弥は一歩下がって、睦も脳之輔の後ろに隠れる。



「ご冗談を。私がトワイライトに戻るのは貴方を殺すかトワイライトを潰すときですよ」



 佚世の笑顔に先代の息が詰まり、その場が静まったところで脳之輔がトワイライトの二人を押し返した。




「さ、帰って。ここの人間、誰もトワイライトを許してないからね」



 扉が音を立てて強く閉められ、先代は膝から崩れ落ちた。


 恋弥はそれを見下ろすと、写真を一枚撮って、さっさと歩き始めた。









 脳之輔(のうのすけ)は二階に上がっていき、(むつ)佚世(いっせ)を見上げた。



「佚世さんは元幹部なんでしょう? なんでクビになったんですか?」

「ん〜? いつかの頃にねぇ、ボスが死んだんだよ」

「先……せん、だい、ですか?」

「ううん。今来た人」



 不思議そうな顔をする睦の頭を撫で、二人も二階に向かう。



「誰が殺したのか知らないけど。妬みが酷かったからね、罪擦り付けられて生き返ったボスと喧嘩してクビ切られた。そのあとすぐ仲良かったスイハの管理人に拾われたけど、ピステルと取り合いで全面戦争になりかけたのに加えて政府が突っ込んで来たから。そっちでもクビ切られて無事無職。別に困ってなかったんだけど」



 まさか、十年以上身を粉にして働いた組織の信頼が一時間で消えるとは。生き返らせたのは私の力だってのに。



 スイハもスイハだ。いくらトワイライトと並ぶ大組織だからと言っても、そりゃ吸血鬼拾えば中央政府は黙ってないし元々佚世溺愛が重役だったピステルとも戦争になる。


 それを見越して入ったのに、一ヶ月も経たないうちにクビ切られるし。




 ピステルに拾われかけたけど、もう玩具にされるのも懲り懲りだから。



「先生はそんな易々と切らないと信じたいね」



 あははと笑って部屋の扉を開けた時、睦に白衣を掴まれた。


 振り返ると、睦は何か不安げな表情を浮かべた。



「どこにも行かないでくださいね。俺も先生も佚世さんを信じますから、一緒にいましょう」







 広い一室がパーテーションで仕切られた各部屋、というかスペース。佚世の場所から出ると、扉の前では佚世が睦にしがみついて泣いていた。



 何千年生きても、何千年を孤独で過ごしたからか。豆腐メンタルは変わらない。

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