19.プレゼント
睦の紅茶を淹れる腕が着々と上がって、紅茶を淹れる用に部屋に待機させるぐらいには、紅茶を上手に淹れられるようになった頃。五月も末に差し掛かった日。
「失礼します。ボス、お荷物です」
「はーい」
睦が扉を開けると持ってきた二班の子は目を丸くして睦を見上げ、睦は混乱するその子に人差し指を立てると、それを受け取った。
睦はまだ役も持っていない平社員なので、ボスの傍にいるのはあまり望ましくない。
早くキャリアを積んで役を取れって話だけどな。
「何か頼まれたんですか?」
「そうそう。気軽に買い物に行ける立場でも無くなっちゃったからね」
小さな箱の包装を解いて、机の向かいから覗く睦に差し出した。
「開けてごらん。私からのプレゼント」
「俺にですか?」
「まだ何もあげれてなかったからね」
「スーツも靴も買ってもらいましたが……」
木箱を開けると、中には白い手袋が入っていた。
よく見たら、白い手袋に白い糸で刺繍がされている。
オレンジの明かりのこの部屋では分かりにくいが、青い細かいラメ。
「ようこそトワイライトへ。私は、君に何があっても君に何をされてもその手を離さないから。……君も、それを離さないでいてね」
手袋を取って、少しばかり固まった睦はボスのその言葉にぎこちなく頷いた。
箱を置いて、刺繍をなぞる。
「……綺麗です」
「気に入ってもらえたかな」
「大切にします。ありがとうございます」
「よかった。……ずっと持っといてね。君は私の部下で友人だから。私はそのうち不用品になるけれど、ずっと友達でいようね」
「はい」
睦は差し出された手を握ると、頬を高くしてにこっと笑った。
せっかく貰ったけど、真っ白なので汚したりくすんでも嫌だし。
箱にしまって、鍵付きの棚の中に入れた。
佚世のペンダントと、Hgが一つ入っただけの棚。宝物が一つ増えた。
中を見下ろした睦はふふっと笑ってから、それを閉めた。
翌日、睦は仕事中のボスの目の前で電卓を叩いてはおもむろに溜め息をつく。
最初は何か悩み事かな頑張ってるのかなと思っていたボスも、ここまであからさまにされるといたたまれなくて。声を掛けたらよくない気もするけれど。
「……さっきから、どうかしたの?」
「買わないといけないものが多すぎて借金しそうです」
「そ……そんなにあるの?」
「スーツ新しいのと、ベストも買わないとだし、銃も全自動の買わないとだし、一班に近距離用にナイフも持っとけって言われて、新しい医学書も欲しいですし……」
「全部仕事用のじゃない……。スーツは買ってあげるよ。銃とナイフも経費で落としていいよ? 医学書も医務室の経費余ってるでしょ?」
「……けいひ……?」
「組織にはだね睦君。経費という仕事を行う上で必要な出費を賄う費用があるのだよ。貰った金は全額経営費だった廃教会には無かった感覚かもしれないけれど、経営費と経費はちょっと別なんだよ」
「……でも、銃もナイフも無くても仕事は出来ますし」
「余ってる限りは使いなさい。……今度買い物に行こうか。スーツも仕立てて銃も合うの見繕ってもらおう。ナイフも買いに行けばいいし、医学書は本屋にある?」
「……ある本屋には、あります」
「じゃ本屋も行こう。仕事してくれてるんだから、必要道具を支給するのは組織としては当たり前だよ」
机に突っ伏したまま小さく頷いた睦に頷き返すと、ボスはまた仕事に戻った。
「なんで溜め息なんてついてたの?」
「ボスが買ってくれるかなって」
「やっぱりね」
ということで週末。学校が休みで仕事明けの睡眠から起きた睦は恋弥と、この用事のために仕事をキャンセルしてたくさん寝た陽泰と、幹部二人と一班四人と共に出掛ける。
「睦君と陽泰君と恋弥君は採寸行っといで」
「えいや俺は……」
「噂によれば痩せたらしいじゃない?」
ここはトワイライト御用達の一級仕立て屋。
世界の闇と呼ばれる佚世のスーツも仕立て、歴代トワイライトボスのスーツ、その他世界の要人達のスーツを仕立てている会社。
布も糸も自社製品を使う、一流ブランド。
ただし、店員は特異な人間しかいないが。
悪魔のような笑い声を上げる店員達は三人を採寸小間に引きずり込んで、ボスはそれを見送った。
「では皆様のツー、スリー合わせまして計十一着でお会計させて頂きます」
恋弥はくっ付いて離れない陽泰の頭を撫で、睦は会計横目に、いつかの頃に佚世と行った買い物を思い出す。
二人で今回の合計の半分の値段にいったので、まぁ佚世が狂っているのだろう。
「はいスーツ終わり! 次はどこが近い?」
「えーと」
「本屋じゃないですか? 木のとこだよね」
「そうですけど、本屋こそ最後でも……」
「いいよ、行こう」
普段本屋に入り浸る恋弥と陽泰は当然ついて行って、普段本に目を向けることすらない皆は好奇心でついて行って、皆といなければならないボスも一緒に。
大きな本棚と、カウンター奥には木が店を飲み込むように生えている不思議なお店。
「ずいぶん出世したな」
「まさか。設立メンバーから一転平社員ですよ。ヴィルパの入ってます?」
「二冊」
「もう一冊あるでしょう?」
「ぼったくるぞ?」
「悪評流しますよ」
なんて適当なジョークを言い交わしながら、睦は踏み台に立つと本棚の一番上から本を二冊引っ張り出した。
中を確認して、口元を押さえて少し悩む。
それから、もう一冊手に取った。
「金払えよ?」
「何歳の頃から経理してると」
睦は六冊をカウンターに積み上げ、ボスと、好奇心で付いてきた三大幹部の風突はそれを見て目を丸くする。
「これ読むのか?」
数千頁はありそうな厚さの本。しかも、三冊はヴィルパ語だ。
「医療技術の発展はジュワルパの特権ではありませんから」
「読めるのか? 何書いてあるんだ?」
「新しい病気とか治療法とか、新しい手術方法とか病気の研究報告とか。色々載ってますよ」
「こんなん読むのか。医者はすごいな」
「医者だってこんなん読まねぇよ。読むのはここのすけこましとどこぞの虫だけだ」
「天使が無知だとまずいですからね〜」
ボスがHgで会計をして睦が本を回収すると、四冊をもう一人の幹部である巻積と一冊を風突が持ってくれた。
「ありがとうございます」
「いいよ。風突さん読み歩きしないでください」
「読んでない! 読めんぞこれ!」
「ヴィルパのやつですからねぇ」
睦がカウンター前から退くと、今度は恋弥がカウンターに本を置いた。
「今夜は一杯やるか」
「客の前でなんてこと言うんだ」
分厚い本を十一冊、一冊は陽泰の元なので少し表紙が違うが。
「箱いるか?」
「いやいい。陽泰自分で持て」
「ありがとうございます」
恋弥はそれを回収すると、九冊を睦に持たせ、自分は一巻目を持って読みながら颯爽と店を出て行った。
「……事故って死ね」
「大丈夫……?」
「睦、半分持つ」
「いいよ。戻ろう」
睦はそれを片手で持つと、倒れないように支えながら車に戻った。
左右向かい合わせの後部席に壁から机が伸びて、その机の上には本が計十四冊。
睦と恋弥と陽泰が一冊ずつ持って読んでいるので。
恋弥と陽泰は物語を一頁目から読むが、睦は目次を開くと気になっていた研究やら新種の病気やらから読み潰す。
とりあえず治療可能な病気に対する新しい治療方法だとかは置いといて、新しいものから。
「こんなのジュワルパに流れてくるんだね」
「完全闇市のものですね。ヴィルパ側の検閲されてない本です。ジュワルパ側はしてるので合法の持ち込みですよ。政府はヴィルパの情報が欲しいですから」
「どっちの大陸も技術は独占したがるものね」
ただし、医者や研究者はその限りでは無いから。
ジュワルパに流れてきた分ジュワルパは流すし、ヴィルパは貰った分をお返しする。
向こうのどんな医者が読んでいるのかな知らないし、向こうにどんな発展した医療があるのかは分からないけれど。
医者と研究者が法と政府に隠れてやる沈黙の取引、無言の人助け。
「専門用語いっぱい……」
「ボス、ヴィルパの文字読めるんですか?」
「ちょっとだけね」
「よく政府に引き抜かれませんでしたね……!?」
この世界に存在する二つの大陸、大大陸ジュワルパと小大陸ヴィルパ。
それぞれ政府が存在し、それぞれの政府が法を司っている。
ジュワルパの物語系の本はヴィルパに流しているのに対してヴィルパ政府はジュワルパへの本や食べ物の輸出、旅行等を全て禁じている。
ジュワルパは重要な技術以外ヴィルパに垂れ流しであるのに対してヴィルパは一切の門外不出。
故に、ジュワルパに住む人間はヴィルパ語を異種語とし、読める人間がとてもとても少ない。政府はそれを読める貴重な人間を書物解読役に欲しがって、読める者は超高待遇で入府できる。
が。
この車内、佚世に育てられた人間が一定数いる。
「恋弥も読めるって言ったな。睦もだろ?」
「うさぎも読めますね。でボス?」
十人中四人読めるのか。
「有能なのかなんなのか……」
「佚世が化け物だっただけだ。佚世はなんでも読めるしペラペラ話すからな!」
「長く生きてるだけありますよねぇ」
「先生も読めたりして!」
「読めますよ。たまに解読依頼が来てたので」
「廃教会すげぇなッ!?」
「廃教会ですから」
自慢げに笑った睦は本を閉じると別の本と取り替えて、また目次を開いた。
そのうち銃火器の店に着いて、睦は本を閉じた。
「先客がいますね」
「そなの?」
車から降りる前にそう言った睦に皆が目を丸くして、恋弥は集中している陽泰の肩を叩いた。
皆で店の中に行くと既に銃声が響いていて、相手もこちらに気が付いた。
「おや」
目が合う前に顔を逸らしたボスは流れるように巻積の後ろに隠れ、皆が呆れ。
「偶然ですね、管理人。社長も」
「偶然だねぇ。皆で買い物?」
「一気に済ませるのに皆で回ってるんです。……お二人は、相変わらず仲良しですね」
「別に一緒に来たわけじゃないよ」
「私が一番だからね。ストーカーはこっち」
社長に指さされた管理人は顔をしかめ、試し撃ちをしていた少年の頭に手を置いた。
的を見ていた少年は管理人を見上げてから、その視線の先にあるトワイライトを見る。
「誰?」
「トワイライトだよ。御三家の一角」
その子は口角を上げ笑うと、トワイライトを眺める。
管理人と社長の傍にはそれぞれ子供が一人ずついて、その子達は無表情でトワイライトの、唯一未だ本を読んでいる陽泰に目を向けた。
「うちの新入り。陽泰君と同い歳なの。仲良くしてあげてね」
「うちも同い歳だよ。前からいた子だけど。面倒見てあげて」
「陽泰顔上げろ」
「興味無いです」
頬を挟まれた陽泰は顔を逸らして、片手で器用に頁をめくる。
陽泰の片手にはいつも刀が一刀。
普段は袋に入っているが、仕事に行く時はいつも鞘の状態で。それでも、鞘にも柄にも傷や返り血一つ付いていない不思議な刀。
研いでも研いでも薄くならず、斬っても刺しても欠けず斬れ味の落ちない不思議な刀。
歴代の持ち主を事故で刺して斬って殺してきた、不思議な不思議な刀。たまに独りでに動く。
「あそうだ」
「え?」
「ちょうど三人揃ったしね。交流会の話まとめようじゃない!」
「え」
「そうだねぇ。賛成」
「えいやっ…………うちは……」
「だって主役はトワイライトだよ? いなきゃ意味無いでしょ?」
「そうそう。情勢も不安定だし、三組織仲良くやろう?」
「えと……」
二人が子供を置いてにじり寄ってきて、三人に挟まれた巻積が無言で睦に助けを求めると、睦はその間に入ってボスを庇った。
「交流会は是非。また予定が分かり次第連絡します」
「……幹部の人数は少ないものね。参加人数も多くないしね。予定は付きやすいでしょ」
「人手不足ですから。ボスも、何より俺が多忙も多忙なので」
「そうなの?」
「廃教会時代の後片付けもありますし学校もありますし仕事は合同も単独も事務も一班助っ人も医務室もしてますし。この新人を使うぐらいには人手が足りてないんです」
「……ふーん」
「なので、また予定が確定次第雨々驟さんにでも連絡しますね。主催は管理人がしてくれるんでしょう?」
「そのつもり。会場もうちだからね」
「俺は御三家の交流会なんて初めてなので。期待していますね」
「任せてよ」
「楽しみです」




