18.成長
睦の後ろに隠れた陽泰は至極不機嫌なオーラを滲ませながら口を閉じて、恋弥はそれを落ち着かせ、睦は陽泰と手を繋いで食堂の道を歩いた。
「管理人、社長、お久しぶりです」
「久しぶり〜睦君! 恋弥君と陽泰君も久しぶり」
「お久しぶり。元気そうでよかった」
顔の左を黒い面で隠した胸板のある長身の男、スイハの管理人。
黒いスーツにグレーのネクタイ、にこやかな笑顔がどこか胡散臭いピステルの社長。
御三家の頭勢揃い。
廃教会が解散して、というか最後の一人である睦がトワイライトに移籍して早一ヶ月。
管理人と社長とは廃教会時代に会った以来なので約半年ぶりだ。
「ほんとに久しぶりだねぇ。睦君背伸びたんじゃない?」
「……そうですか? 特に変わってないと思いますが」
管理人のセリフで体を見下ろした時、管理人の向こう隣に座っていたボスが勢いよく立ち上がった。
「嘘!?」
「わーびっくりしたァ。何、どうしたの?」
「スラックスッ、オーバーサイズの買ったのに……!」
足を上げて確認すると、気が付いていなかったが裾がたるむ長さだったスラックスはくるぶし上まで上がっていた。
腕を前に上げると、袖もくるぶしを切る長さだ。
「一ヶ月しか経ってない……!」
「成長期こわぁ……」
「流石天使だね。いい遺伝子持ってる。陽泰君も伸びるだろうねぇ!」
「スラックスは裾おろせますし、上着はまぁ……」
「佚世のでも着とけば? しまってあるだろ」
「佚世さんの?」
「腐っても幹部頭だったんだ。年数経っても質は落ちてねぇし、格示しにはちょうどいいだろ」
睦は自分の腕を見下ろすと、ボスを見た。
「いいよ別に。自分で買う」
「あそ。陽泰も買い直しだなー。これ裾下ろしてるだろ?」
「でも前下ろしたばかりです」
「じゃ急成長したんだろうよ。ついでに靴も買うか」
「恋弥さんは?」
「俺? 俺はもう止まったから」
「えでも170無い……」
「陽泰は今日も可愛いねぇ」
睦は管理人達から離れた席に座って、睦の言葉でハッとした陽泰は慌てて口を塞いだ。
もう、一挙手一投足が恋弥の心を抉る。
「陽泰ご飯食べよう。座って」
「すみません……!」
「いいよ……背伸びないのは予想してたから……」
「そ……そう、なんですか……?」
「遺伝子もあるし筋力付けすぎたのと、まぁただただ不健康な生活してるから。伸びる要素も潰されるって話だ」
「いっぱい食べてください……」
「成長に必要なのは食生活より睡眠だよ。恋弥は中高六年間昼間に学校夕方に飯夜に仕事明け方課題の生活送ってたからね」
「陽泰は適度に休めよ」
「恋弥さんに言われても」
睦は二人の皿にもサラダや肉やパンを取り分けて、三人で同じ食事を食べ始めた。
恋弥は野菜を食いながら、頬杖を突いて少し視線を上に向ける。
「まぁ世代代わってからはだいぶんマシな生活送ってたけどな。金がいなくなったおかげで仕事は減ったし廃教会が確立されたおかげで情勢も落ち着いたし。お前の兄ちゃんすげぇとこにいたんだぞ」
「長男あと数年で世界組織の幹部になるから。今のうちに媚び売っときなね」
「もう十分可愛いだろ」
「ブラコンが」
兄二人の余裕のあるすごい会話に陽泰は純粋に目を輝かせて、三人で食事を摂るという状況も相まってハイになって。
「俺も追いつけるように頑張ります」
「おー。期待してるぜ」
「俺もう追い抜かされてるからさぁ。背中掴み損ねた気分」
「お前一班と仕事行ってるくせに何言ってんだ……」
「所詮代用品だよ」
でもまぁ、追い付けるように、か。
陽泰ほど将来が約束された立場も無いのに、本人がそれを一切気にしていないのだから。
子供は大人が思うほど純粋で無邪気だ。
「期待してるよ、ちびっ子君」
「すぐ追い抜かすぞ新人」
「怖すぎるこの子やだホラー」
「もがけよ後輩共」
「経歴で言えば俺の方が長いけどね」
「お前……それ言われたら誰も勝てんだろ……」
「ははは」
喋っていたはずなのにいつの間にか睦はフォークを置いて、陽泰は目を丸くした。
どこにも行かないように腕を掴むと、それに気付いた睦は陽泰の頭を撫でる。
「ゆっくりお食べ。今日は休みだもの」
「……うん」
「恋弥はさっさと食え」
食べるのそっちのけに、Hgで可愛い可愛い末っ子を撮る恋弥の足を蹴って、さっさと食わせた。
「……コーヒーだけ淹れてきていい?」
「うん」
「陽泰も何か飲む?」
「ううん。水あるし」
「そう?」
睦は立ち上がると、わざわざ食堂にコーヒーメーカーが並んでいるというのにキッチンまで淹れに行って、それを見送った陽泰はまた皿に視線を落とした。
「二人ともこっちおいで〜。ちょっと話そう」
管理人と社長に手招きされ、二人は揃って首を傾げた。
ボスの指示通り少し席順を変えて、御三家三人を長机の向こう側、恋弥と陽泰は隣に並んでそれを食べる。と言っても恋弥はもう食べ終わったし陽泰もあと肉一切れだけだ。
「睦君の様子どう?」
「どうとは」
「楽しそう? まだ落ち込んでる?」
「もう暗い様子はほとんど見せませんが。睦に情緒が無いことは重々承知でしょう? 何考えててもおかしくないですし先生探す旅に出てもおかしくないと思ってます」
「……傷付いた様子は無い?」
「俺が見てる限りでは」
「そう。……恋弥君が見てくれてるなら安心だと思うな。あの子、恋弥君をよく頼りにしてるよ」
「どうでしょうね。睦は頼りにしてた人間が尽く消える人生でしたから。変なところで我慢強いってのは先生からもクソからも聞いてますし」
恋弥は不安感を感じ取ったのか腕にもたれてきた陽泰の頭を撫でると戻ってきた睦に目を向けた。
恋弥にホットコーヒーを渡して、自分はアイスコーヒーを前に置く。
「俺の様子見に来たなら不要な気遣いですよ。俺は他人が思ってるより強いので」
「聞こえてた?」
「耳がいいもので」
「子供を心配するのは大人の本能だよ。お節介な人とでも思って聞き流しといて」
「ところで管理人」
「何?」
「今夜暇ですか?」
「夜? 特に予定は無いけど。何、デートのお誘い?」
「寿司連れてってください。俺行ったことなくて」
「いいよ、行こう」
「陽泰の口のランクに合うところでお願いします」
「キッツイなぁ」
まだ先月の給料が振り込まれていない睦は管理人によろしくお願いしますと笑って、管理人は安請け負いを後悔しながらも二言は無いよと頷いた。
午後、陽泰と恋弥が昼寝をしに一旦部屋へ戻ったので睦は図書室に寄ってからボスの部屋に行った。
管理人とは夜に再合流となって、二人は一旦帰ったので。
「遊びに来ました」
「どうぞ。二人は?」
「昼寝中です。恋弥は寝てるか分かりませんが、陽泰は眠たそうだったので」
「朝まで下にいたんでしょ? ここまで来ると相当な執念を感じるね」
「本当に」
睦は本を置くと、メモ帳を捲りながらコーヒーを淹れた。
「いい匂い」
「資料庫のあれ凄いですよ。これその淹れ方なんですけど」
「早速だねぇ。練習中?」
「はい。自分で淹れる時もやってみてます。お湯の温度とか注ぐ量とか回し方とか、とにかく全部書いてあります。……ボスはコーヒーはスッキリしてる方が好きですよね」
「そうだねぇ。あんまり濃いと一気飲みしちゃう癖があるから、でも基本的には出された味を楽しむってスタンスかなぁ。もしなってくれるなら睦君の味決めといてね」
「研究しときます」
ずっとずっと、コーヒーはボスが淹れて渡すなんていうよく分からない構図だったので、これは睦がボスに淹れた初めてのコーヒーだ。
「あ、美味しい」
「本当ですか? よかった」
「この豆ならもう少し濃くてもいいかも。でも美味しい。睦君上手だねぇ」
「ありがとうございます」
「睦君のコーヒーに限ってならコーヒー派になってもいいかも」
「よく分からない単語が出てきました」
メモ帳に書いていた睦はボスの言葉に首を傾げ、ボスは目を瞬いた。
「…………あぁコーヒー派? 私紅茶派だからさ」
「えなんでコーヒー飲んでるんですか?」
「コーヒー飲まないと格好つかないから飲めって言われた」
「そ……いや、紅茶の淹れ方も載ってましたよ。紅茶派のボスもいたはずです。ていうか佚世さんは普通に飲んでましたし……」
「コーヒーも嫌いじゃないんだけどねぇ。紅茶の香りが好きだから」
「じゃ、紅茶の淹れ方も練習します。何か言われた時は、コーヒーにしましょう」
「ありがとう。まぁ先代も飲んでたしねぇ」
「え先代ボスに言われたんじゃないんですか?」
「えううん? 野靄さん」
午後のティータイムに誘われたので、とりあえず資料庫の紅茶の淹れ方を確認した。
とりあえずコーヒーだけと思って紅茶はスルーしていたけれどこうなれば話は別。
資料を開いて、小さなメモ帳に貼り付けられた折りたたまれている紙を広げた。
スイーツに合う紅茶一覧。その紅茶の淹れ方が書かれている頁のメモ。
これ、覚え切れるだろうか。ケーキだけで十数種類、見たことあるスイーツも聞いたことのないスイーツも、知らない紅茶の銘柄と組み合わさっている。
とりあえず座り込むと、そのメモを自分の方に書き写した。
同じ紅茶でまとめようと思ったが、同じ紅茶でもスイーツによって淹れ方が違うのか。これは、この書き方がいいのかもしれない。
とりあえず今日のスイーツはフルーツショートなので、その淹れ方だけ。
ちなみに睦は甘いものが好きじゃないのでコーヒーを飲むだけだ。
ただ甘いものが好きじゃないせいで、どのスイーツにはどの紅茶が合うとかがまるで分からない。紅茶に触れ合う機会さえ無かったのに。
一人で脳内でプチパニックを起こしながらも、それを書き写してからボスの部屋に戻った。
「ボス、紅茶ってどれくらいありますか?」
「……銘柄? 四種類とブレンドは何種類かあるけど」
睦が棚の前に座ってメモ帳と睨めっこしていると、その隣にボスもしゃがんだ。
「細かいねぇ」
「各スイーツに合う紅茶とスイーツに合わせた淹れ方が書いてあるメモがあって。とりあえず今日の分だけメモしてきたんですけど、俺紅茶の淹れ方すら怪しいので……」
「絶対茶葉の上からお湯かけないでね。ぐらぐらに沸かしたお湯を注いでから茶葉入れて全てにおいて静かに動作して」
「分かりました」
「揺らすのも駄目だからね」
「はい」
睦は料理人に聞きに行ってくると部屋を飛び出して、ボスはそれを見送ってから仕事に戻った。どんなのが出てくるかな。
「……薄いですか?」
「ううん? 美味しいよ。いい香り、渋くもないし」
「本当ですか? よかった」
「香りもいいし、濃さもちょうどいいよ。美味しい」
「よかった……!」
傍に立った睦は胸を撫で下ろし、ボスはその紅茶を楽しむ。
初めて淹れたとは思えないほどいい香り。渋みやえぐみも少ないし、味にムラもないし、ぬるくもないし。
「睦君も座って。一緒に食べよう」
「はい」
さっきキッチンに降りるとちょうどボスのティータイムの準備をしているところで、一緒すると言ったら簡単なものだけどと睦用にミートパイを作ってくれたのだ。
美味しいミートパイとコーヒーを楽しみながら、褒められたとにこにこの睦を眺めながらそれを食べた。
「美味しい。……睦君フルーツは食べれるんだよね?」
「フルーツは食べます」
「食べる?」
「欲しくなったらキッチンに行きます」
「そう? ミートパイ美味しい?」
「はい。急ピッチで作ったとは思えないです。パイシートが前の余りでごめんねって言われたんですけど、俺そこまで舌肥えてませんし」
「私もだよ。美味しいものは美味しいって分かる」
「でも普通のものが美味しくないのかって言われたらそうじゃない」
「それ」
二人で深く頷いて、小さく笑った。
「夜はお寿司か。美味しいの食べて舌肥やして来るんだよ〜」
「頑張ります」




