16.話
で、休日の夜。
先日恋弥と陽泰が睦と食事してない問題について喋っていたのを聞きながら、ボスは睦と夕食を摂る。
休日の夜は定期的にこういう時間を設けているのだ。
睦だけだが、おいでと言って招いている。
「恋弥君達から聞いた? 食事問題」
「はい。今日誘われたんですけど先約があるって断りました」
「申し訳ないことしたねぇ」
「でも別に、今日で終わりじゃないですし」
「それもそうだ。……でもそうなると私との食事を後に回した方がよかったかもよ? 陽泰君、寂しそうだったじゃない」
「でも今日は医務室が開いてるので。閉めてる日に一緒に食べます」
「それを伝えてあげてね」
頷いた睦は肉を食べて、美味しいと言いながら。
「よくよく考えたら、恋弥君は陽泰君の子守り役だったから一緒に食べることが当たり前になってるんだなと思ってね。それこそ一班と同じ感じになってるみたい」
「それもあるでしょうし、そもそも恋弥は佚世さんに育てられてる時点で佚世さんと食べるのが普通って認識になってるみたいなので、根本的な認識の違いだと思います」
「睦君は脳之輔さんと食べるのが普通じゃなかったの?」
「先生はいつもふらっと食べに出るので一人で食べることもありました。というか、朝起きたらご飯食べて仕事して、昼食べずに仕事して、夜は空いた時間に食べてたので先生がいるかどうかはあんまり関係なかったです。たまに作ってくれる時もありましたけど、いつもは自分で作ってたので」
「そう。佚世君とは?」
「佚世さんが来てからは……当たり前みたいに三人で食べてました、そういえば。先生が作ることが多かった気がします。たぶん先生がやる仕事を佚世さんに押し付けてたので、先生が自由になったからなんでしょうけど」
「手足りてなさそうだったもんねぇ」
「唯一の異形がちんちくりんでしたから。でも先生が作ってくれた味はちゃんと覚えてますよ」
得意料理も、お気に入りの料理も、あの肉が材料が入ったらこれが出てきて、熱の時に作ってくれるパン粥が美味しかったと笑う睦を眺めながら、少し安心して。
「先生は料理がすごく上手だったので味の再現は出来ないんですけど、でも味はずっと覚えてます。消えてほしくないなぁって」
「また作ってもらわなくちゃね」
「はい。……でも料理名も無いのでいつも鶏肉の甘いやつとか豚のやつとか呼んでました」
「家庭料理あるあるじゃない?」
楽しそうに嬉しそうににこにこ笑って、先生の料理や佚世の食生活やお気に入りのパンとかを話す睦を眺めて、もうすっかり冷めた肉を頬張る。
ここに来た頃は頑張って前を向こうとして、二人がいない現実から顔を逸らそうとして、こうして話す時はよく泣いていたけれど、一ヶ月足らずである程度落ち着いて話せるようになったのが一安心だ。
大人に引っ張られて、ただ医者の道へと、廃教会を継げる者として育てられただけだから。
とても素直で純粋な子。前向きな言葉をかければ素直に頑張ってくれて、疲れた様子もしんどそうな表情もすぐに見せてくれる子。
自分のことを卑下せず、感情表現を悪と思っていない子。
精神が弱っているからこそだろう。素直で純粋で、すぐに助けを求めてくれる、自分を大切にしてくれる弱くて臆病で寂しがりな、優しい子。
「あ、冷めてる」
「話に夢中になりすぎたねぇ。でも冷めても美味しい」
「ボスは毎日こんなご飯食べてるんですか?」
「まさか。睦君と食べる日はちょっと豪華だよ」
「いつもはどんな?」
「皆が食べてるのと変わらないよ? 食堂で大皿に出るのをプレートの盛り合わせみたいなのに入れてもらうだけだから」
「そうなんですね。……先代ボスは毎日いいの食べてたって聞きました」
「らしいねぇ。最初はこんなのばっかり出てきたけど、ほら。私庶民だからさ!」
「慣れなかったんですね」
「胃がもたれるどころか溶けて全部出てきそうになる」
「でもここ普通のご飯も美味しいです」
「ね。流石お抱え料理人がいるだけあるよ。……あれでも睦君いつも自分で作ってない?」
「医務室で食べる時は自分で作ってます。一人分だけ作らせるのも忍びないですし」
「謙虚だねぇ」
夕食を食べ終わると、食後のコーヒーと紅茶が出てきて、それを飲みながら一息ついた。
「管理人がねぇ」
「はい」
「親睦会やろうっていっぱい言うの」
「いっぱいですか」
「言葉を選ばずに言うならしつこいの。秘密ね」
「はい。……やらないんですか?」
「あの人意地悪だから。もうちょっと睦君が落ち着いて恋弥君が成長して、陽泰君の子供らしさが抜けて来たらまぁ参加考えてみてもいいかなと思うんだけどね」
「そんなに渋ることなんですか?」
「誰より何より私がへのへのすぎてね。それでね」
こてっと首を傾げた睦はコーヒーを口に付けて、ボスは睦の目を逸らさないままにこっと笑った。
「睦君右腕的立場にならない? って相談なんだけど」
「なれるもんなんですか?」
「別に制限は無いと思うよ? 睦君なら皆納得してくれると思うし、何より私が心強い。とっても心強い。だって睦君がいてくれるんだもの!」
「そんな言われるほど右腕的なことしたことありましたっけ」
「自覚無いと思うけどね。廃教会のあの二人の補佐出来るって雨々驟さんよりすごいからね?」
「まさか〜」
「まさか〜。たかが人間があの二人の補佐出来るとでも?」
自覚はあるらしい睦はいつかの子供らしいドヤ顔でふふっと笑い、ボスもにこにこと笑う。
「別に今すぐやってはい明日から! ってわけじゃないから、トワイライトのこともっと掴んでからでいいし。恋弥君達が幹部に上がるタイミングで相応の立場にどぉ? って、あくまで睦君の意思を尊重した相談にしたいから」
「……でも、教えてくれる人いませんよね?」
「記録にねぇ、色々書き留めてあるの。飲み終わったら見に行ってみる?」
ボスがそう言うと、睦はずっと持っていたコーヒーカップの中を見せた。空。
「早ッ」
「ここのコーヒー美味しいです。淹れる人が上手」
「早いな〜。熱くない?」
「火傷も治ります」
「危ない飲み方だよ」
「肺炎も治ります」
「危ないよッ!」
小さく笑う睦に呆れながら、ボスも紅茶を飲み干して、部屋を移動した。
と言っても、三つ隣の部屋。
トワイライトの記録庫。
その片隅に、メモ帳や付箋が沢山挟まれた額など。
「ほら。立ち振る舞いとかコーヒーの淹れ方紅茶の淹れ方茶器の置き方とか。立ち方話し方歩き方とか。筆跡が違うから歴代の方々が書き溜めたものだと思うんだけど」
「数百年の歴史があるとはいえ、すごい量ですね」
手に収まるサイズの手帳が五冊ぐらい、同じ人が書いたものだったり、ノートにビッシリまとめてあったり、中にはインクが消えかかって読めないものも。
「よくこんなの見付けましたね」
「ここの資料覚えてる時にねぇ。でも私はこれ無理だと思って。人の傍で動くってどうにも苦手で」
「生粋の王の器ですよ」
睦はそれをぱらぱらと読んで、対照的にボスはすぐに閉じてしまい込む。
人のどっち側に立つとかどう動いたらこう動くとか、こういうのだめ。できない質なんです。
「……どう?」
「そんな人間離れした技じゃなさそうなので、たぶん覚えられると思います。本格的な話になってきたら雨々驟さんにも聞けると思いますし」
「じゃ、前向きに検討してくれる?」
「はい」
ボスは歓喜して、睦はその喜びように面食らって、苦笑いを零した。
「そんなに嬉しいですか?」
「傍にいるのが子供か子供の世話焼き役人だったから! 私の世話をしてくれる子が欲しかったの!」
「……これだけの資料があるなら右腕に一人ぐらい雇ってもいいと思いますけどねぇ」
「読めなさすぎてそれも判断できなかったの」
「読める人は読めると思います。実践できる人は相当限られるでしょうけど、無理な話ではないと思いますよ」
「でも右腕が睦君なら箔が付くね」
「そんな価値ありますか?」
「うちでも真価発揮してもらうからね!」
睦の前向きな返事に嬉しくなったボスはにこにこ笑って、それを見た睦も、釣られて頬が緩んだ。




