15.食事
「ねむてー……!」
「だァからさっさと寝ろっつったろうが」
「こちとら天使だぞ……」
「治ってねぇだろ」
「……寝るわ。下校時間になったら起こして」
「もう帰れば?」
学校にて。
睦と恋弥は同じ高校に通っていて、しかも普通の一般公立校。偏差値も高くなければ政府の目もかかっていなければ闇組織と関わりもない、本物の一般校。
なのに、睦と恋弥の在籍期間が一年だけ被るので縁故目的の闇組織の子供達とか、天使目当ての社長令嬢とかがちらほらいる。
そのせいで噂は広がり、今は政府にも各闇組織にも目を付けられている高校だ。
購買がない高校なので、登校中にコンビニで買ったパンを食いながらHgを眺める。睦は寝た。
呑気な天使。いいことなのかと呆れながら、パンを咥えたまま睦の髪をいじった。
艶やかな柔らかい髪質。少しストレス性の白髪が混じって、こいつ下手したらもうすぐ死にそうだなと眺めながら。
つむじをいじって遊んでいると、傍にある廊下側の窓にノックが鳴った。
恋弥は勢いよく立ち上がって、窓を開ける。
「るる!」
「ねーねーサラダ買ってきて、あといちごミルクのチョコ」
「分かった」
明らかに足りない小銭を貰った恋弥は教室を飛び出していき、恋弥がいなくなったせいで女子達が睦ににじり寄って。
窓辺に腕を組んだるるは、睦の髪をちょいちょいっと弄った。
「ねー起きてる?」
「何?」
「今日は眠たいの?」
「寝てないからね」
「また仕事?」
「忙しかったんだよ」
「大変ね……。お疲れさま」
「ありがと」
睦はまた眠り始めて、るるは髪をちょいちょい弄って。
往復二十分弱かかる道を五分で帰ってきた恋弥はるるにそれを渡して、るるはありがと〜とお礼を言うと去っていった。
「あーづがれだ」
「ねーコーヒー」
「ん」
るるのついでに買ってきていたコーヒーとストローを渡して、恋弥もジュースを飲みながら。
「るると別れないの?」
「絶対無い」
「あそう」
「……狙ってるとか言うなよ? 俺勝ち目ねぇんだ」
「堂々と言うかね」
「俺の弟二人ともやべぇじゃん?」
「陽泰もモテるよねー。小学生ってあんなモテるもんなの?」
「いや異次元」
「やっぱり?」
「お前も異次元の範囲だからな」
「人間でんだけモテてるお前も十分だろ」
「俺の弟すげぇよなぁ」
何を言っても聞かなそうなブラコンは放置して、睦は起き上がるとコーヒーを飲みながらいじくり回された髪を直した。
任務から帰って風呂入って乾かして直で来たのでセットも何もしていない。乾かすのにドライヤーだけしたので、まだマシな方だが。
弟に対して弟の自慢をしてくるうるさい兄貴を見て、ストローを口から離した。
「るるがさ〜」
「ん?」
ようやく黙った恋弥を放置してHgを開いて、陽泰から帰り何時か聞かれたので四時(予定)と返しておく。
「え何? るるが何?」
「別に、何も無いけど」
「は?」
「うるさかったから」
「せめてうるさいとか黙れとかさぁ?」
「優しい優しい弟の気遣いだよ。じゃ俺帰るわ。これ数学に出しといて。じゃ」
「帰ったら寝ろよ!」
徒歩三十分の登下校。
途中の露店で串焼きを買って、陽泰のお土産に焼きそばも買って。ここの焼きそばが甘めでもちもちしてて美味しいと言っていたので。
トワイライトに移籍して一ヶ月弱。
廃教会時代から高校は恋弥と同じところに行けと佚世に言われていたので、別に進路も無かったしぼっちになるより変なのに囲まれるより良かったので同じ高校を受験していたし。
二班指揮官の恋弥は共同任務が多いのでそこに混ぜてもらったり一班について行ったりで仕事にも少しずつ慣れてきて、昼に学校夜に仕事の生活は大変だけど、廃教会時代ほどハードなものでも無いし。
いつもは医務室にいて、医者としての給料も入るらしいので金に心配もそこまでは無いし。
睦が入る前から、佚世を目の敵にしていた先代派の水象と野靄はクビを切られ、今トワイライト幹部は二人だけ。
そもそも先代暗殺の際に一人殺され空席になり、幹部頭だった佚世もいなくなったのでトワイライトはずっと四人体制の幹部だったのだ。
それを、今のボスは廃教会と関係を築くにあたって先代派があまりにも邪魔すぎたので不利益を承知の上で先代派を捨てた。
結果的には廃教会はなくなってしまったけれど、睦が来やすい環境になったから良かったんだよと言ってもらえたのが少し嬉しかったな。
佚世がスイハに入った時のような横取りだの俺も欲しいだのは無くて、そこはたぶん睦の性格が悪くて皆から嫌われているからなんだろうけど。
佚世の時のように捨てられることもなさそうだし、もしそうなっても、ボスは対策はしてあるから大丈夫だよと言ってくれたし。
苦労が無いとは言えないけれど、楽しい新生活を送れていると思う。
「おかえり。早かったね」
「サボってきた。お昼まだでしょ、お土産買ってきたよ」
「食べる!」
寝床に座って一人で本を読んでいた陽泰は嬉々として立ち上がると、ソファに座って焼きそばを食べ始めた。
睦とは違って童顔なので、バランスの整った丸顔で、笑えばさらに子供らしい。
「美味しい?」
「うん。でも睦が作ったやつの方が美味しい」
「……焼きそばなんか作ったことあったっけ?」
「無い」
「どういうこと?」
「作って。この店のより美味しいの」
「……もうちょっと料理の腕が上達したらね」
「約束」
「約束ね」
陽泰の宿題を見ながら睦も課題を進めて、たまに一班やら幹部やらが来ては嵐のように去っていき。
夕方になると、恋弥が買い物袋を持って帰ってきた。
「おかえりー。何買ってきたの?」
「え、焼きそばの材料。作るんだろ?」
「陽泰君?」
「約束は守るもの」
「料理をしてないのに料理の腕が上達するわけないでしょう?」
「大丈夫睦の焼きそば食べたことないから。今回が基準になる」
「あぁ言えばこう言う口だな」
「作ってくれないなら今日の晩御飯食べない。お腹空いたまま寝る」
「なんちゅー脅しだ」
自分の価値を分かっている陽泰は睦から視線を逸らさずそう言い切って、数分見つめ合った結果、睦が折れた。
「焼きそばなんて作ったことないのに」
「作り方ぐらい書いてあるだろ。俺の分も頼むな〜」
「失敗しても知らんよ」
「いいよ陽泰が食う分と一緒に作ってくれたら」
遠回しに弟に不味いもん食わせんなよと圧をかけてくる恋弥から荷物を受け取って、キッチンの前で焼きそば麺の袋の裏に書いてあるそれに目を通す。
とりあえず、野菜炒めて麺焼いて解して粉入れろってやつか。この粉どんな味なんだろうか。陽泰は甘めが好きだし、ちょっと加工した方がいいのかな。
そもそも焼きそばを食べたことがない睦が首を捻っていると、後ろからひょこっと顔が出てきた。
「そんな熱心に何見てるの?」
「ボス。陽泰に焼きそばを作れって言われたんですけど、俺そもそも焼きそば食べたことないんですよね。甘めとかどうすればいいのか分かりませんし」
「粉付いてるの? みりん一回しぐらい入れたら十分だよ。楽しみにしてるね」
ボスは睦の肩をポンポンと叩くとまた歩いて行って、睦はげんなりすると、もう声をかけられないようにキッチンの中に入った。
鉄フライパンでレシピ通りに作って、言われた通りみりんを回して、案外瞬間出来るもんだなぁと思いながら三つの皿に盛った。盛り付けもクソもない。
二皿ずつ持っていくと、三人の周りには何故か一班や幹部、スモッグも、二班の仲いい人たちも座っていて。
皆で食べんだなぁと思いながらとりあえず陽泰とボスに渡した。
キッチンに戻ると、睦はオーブンを開けて、自分の夕食も取り出した。
「お待たせ」
「は?」
「何?」
「お前の分は?」
「これだけど」
とっても美味しそうなラザニア。
「焼きそば食えよッ! 集られるの想定して六袋も買ってきたんだぞ!?」
「だって甘いんでしょ。二回作るのとか面倒臭いし」
「ラザニアの方がめんどくせぇだろうがてかどっから出てきたそのラザニアッ……!」
「無類の麺好きがいるから」
「ラザニア麺じゃねぇじゃんッ……!」
「睦嫌なら甘いのにしなくてもよかったのに」
「恋弥が美味いの作れって言うから。客の舌に合わせて作るもんでしょ?」
恋弥をガン見して圧をかける陽泰を他所に、睦は嬉々として食べるボスの隣でラザニアを食べ始めた。
これもキットだが、ホワイトソースはお湯で溶かすだけ、ミートソースは温めるだけだけだったのでとても簡単だった。あとはラザニアを茹でて敷いてチーズかけて焼くだけ。
焼きそばを作る前にオーブンに放り込めば、いい感じに焼き上がったし。
「睦君料理上手だねぇ」
「俗に言う甘めになってますか?」
「なってるよ。美味しい。陽泰君好みじゃない?」
「うん。美味しい」
「よかった。あと三袋あるからね。自分で作って食べな」
「作って」
「今度ね」
「約束」
「今度ね」
暴れようとする陽泰を恋弥が落ち着かせて、睦は三大幹部の風突に羨ましがられながらラザニアを食べて。
ようやく陽泰も落ち着いて食べ始めた頃に、食堂に一人飛び込んできた。
「睦君ッ! 救急ヘルプ!」
「一人ですか?」
「二人!」
「はい」
睦は上着を脱ぎながら食堂を出て行って、それを見送った陽泰は焼きそばを食べ終わると、机に突っ伏した。
「どうした」
「全然一緒に食べてないです」
「お前暴れかけてたから……」
「同じものも食べてないです。睦朝は食べないし昼は弁当だし、夜はいつも早く食べ終わるの食べてるせいで一緒に食べてる感が無いです」
可愛いこと悩んでんな〜と癒されながらも、それもそうだなと。
睦はいつも朝は食べず、食べてもフルーツだけ。昼は料理人が弁当を用意してくれるので弁当か、任務から直行する日は買っていくし。
夜はいつもパンだ。
片手間で食べれて、しかもいつも医務室で食べるので、恋弥は昼を一緒に食べるが、陽泰はほとんど一緒に食べることが無い。
「……それもそうだな」
よく考えれば恋弥も、弁当以外を一緒に食ったの何日ぶりだ。
あいつ休日も医務室に篭ってるから。
「あの子毎日働くのが当たり前だったから休みの取り方下手なんだよ。生活リズムも変わってるのに昼間は動くものって思ってるし」
「恋弥さんは飽きるぐらい一緒に食べてるのに」
「おい刺さるぞ」
「例え話です。睦が来て一ヶ月近く経とうとしてるのに未だ新鮮さが抜けない程度なのが問題だと思います」
「飯なぁ。医務室で食うか、どっか食いに出るかかな」
「外食行きたいです」
「夕食は三人で食うって約束したら普通に時間取りそうだけどな」
あーだこーだ案を出して話し合う兄弟には申し訳ないが、たぶんここトワイライトでは飯の時間がズレるのが当たり前だ。
だから食堂は二十四時間開いているし、皆たまたま食事の時間が被ったら嬉々として向かいに座る。
たぶん毎日同じメンツで食べてるのって、それこそ佚世時代から変化の無い一班ぐらいじゃなかろうか。
この一班は異様で、常に四人揃って行動している。当たり前のように揃って食って揃って喋って揃って大風呂に入っているが、たぶんそれ以外って、無い。
たぶん睦も、ボスから皆バラバラだよと聞いているから、特に意識せずに行動しているのだと思うが。
ここは、大きな感覚の違いだ。




