14.巣立ち
数え十六の年。
吸血鬼が嫌いになった。
二人とも約束を破った。いなくなってしまった。
死ぬまで一緒にいると言ったのに。一緒に死のうと言ったのに。死ぬのを看取ってくれると言ったのに。
吸血鬼はその本能的プライドの高さから約束は滅多に破らなくて、できない約束もしないから。
一緒にいてくれると思ったのに。
部屋の扉が開いて、部屋を仕切るカーテンが開いた。
「睦」
「……恋弥」
「独りじゃねぇよ。俺がいる」
寝床に腰掛けた恋弥は睦を抱き寄せ、静かに古びた廃教会に一人だった睦は、恋弥にしがみついた。
「先生も帰ってこない」
「待ってれば会える。今は忙しいだけだ」
「……約束したのに」
「アイツは約束は絶対守る。……お前が死ぬ前に、ピンピンしてるうちに帰ってくるさ。吸血鬼が猫並に気まぐれなのは重々知ってるだろ?」
「何も言われてない」
「じゃあすぐ帰ってくる。いつもそうだったろ」
吸血鬼佚世。元トワイライトボス右腕として、スイハ構成員として犯した罪を今になって引っ張り出してきた政府は佚世を捕らえた。
脳之輔はいなくなって、三人で世界の闇を抑制していた廃教会は崩壊。
佚世が捕まった日、世界の闇が深まった日。
半月ほど教会で過ごしていた睦は元気を取り戻すことは無く、また裏世界の情勢悪化のせいで、トワイライト本部周辺の教会も危険地域に入ってしまった。
誰も教会には手は出さないだろうが、それでも睦は天使だ。
大人といない子供なんて、闇からすれば金でしかない。
ある日も恋弥が来て、初めてノックされてから扉が開いた。
「睦、今いいか」
「うん」
恋弥に続いて、後ろから、トワイライトボスが入ってきた。
まだ二十代前半かそこらの若い男。五年前、ボスがまともに動けなくなり、佚世が解雇され、路頭に迷いかけたトワイライトの前にぽっと現れ、助言をしてトワイライトを再生へ導いた男。
出生も本名も不明だが、現トワイライトボスとしてトワイライトのトップ、闇世界の頭に座る男。
「睦君、お邪魔するね」
「お久しぶりです」
「久しぶり。少し話をいいかな」
「はい」
「……睦君、トワイライトに来ない?」
「……はぁ」
「仕事が嫌なら出なくていいし、事務作業だけでも、それこそ医務室にいるでもいいよ。トワイライトにおいで」
「何故?」
「恋弥君があまりにも君のことを心配するから。……ここには君の父も師匠もいて、ここが君の家かもしれないけれど、独りぼっちと嘆く君があまりにも可哀想だ」
「同情ですか」
「そう。同情するよ。だからうちにおいで。父ほど慕える人も佚世君ほど尊敬出来る人もいないかもしれないけれど、恋弥君も陽泰君もフルグ君もスモッグ君もいる。一班だって、多少は頼りになると思う。私は頼りになるかは分からないけど、君を支えようとは思ってるよ。……うちにおいで。今の君を見てると、あまりに寂しいよ」
別にもう、佚世も脳之輔もいないのだから。
トワイライトに行ってもスイハに行ってもピステルに行っても関係無くて。
顔見知りも多いし、唯一声をかけてくれたから。
なんとなく、どうでもいいと移籍を決めたけれど。
ただでさえ少ない荷物の半分以上は学用品で、完全私物は本二冊とHg一つだけ。
衣類はどうせ買い足さなければいけないし、全て置いていくことにした。
ボスが迎えに来てくれて、路地裏を通れば徒歩十分で着く、脳之輔がトワイライトに対しての嫌がらせで決めた廃教会からトワイライト本部へ向かった。
「ボス」
「なんだい」
「俺は何をすればいいですか」
「君は何をしたい?」
「……死ねるなら、すぐにでも死にたい」
「一人で?」
「佚世さんとの、約束があります。恋弥は、佚世さんは約束は破らないからって」
「そう」
「でも俺は捨てられたから」
「なら佚世君の代わりを見付けるといいよ」
「……かわり……」
「君は独りが嫌いなんだろう。皆寂しいのは嫌いだけど、君は過去のこともあってかその感情に、その環境に人一倍敏感で、なおかつ恐怖を抱えているようにも見える。……一人では死にくないんだろう?」
「……ひとりぼっちは、いつも嫌です。死ぬ時も、食べる時も、一人は嫌です」
「でも今君の周りには誰もいない。君の手を引いていた大人はいなくなった。君の背中を守っていた父はいなくなってしまった」
「今は、ひとりぼっちだから、嫌です」
「これからだよ。トワイライトに来たら恋弥君がいる。彼はきっと君の隣を歩いてくれる。陽泰君はきっと手を繋いでくれる。一班は子供達の背を守るだろう。私も、背を押すぐらいならできる」
ボスは足を止めると、後ろを歩いていた睦を傍に呼んだ。
「けれど今、君を導いてくれる人はいない。だからね、自分で道を見付けなさい。自分が行きたい道を見付けなさい。自分が歩きたい道を見付けて選んで、切り開けるだけの力を付けて。その隣を歩いてくれる友を見付けなさい。大人に見ていてと言える人生を歩きなさい」
たとえ人を殺す闇組織であっても、天使らしからぬ人生であっても、君の周りにいる人は君を見ているから。
君の優しい心も勇ましい一歩も、大人は傍で見ているから。
友と共に、大人に胸を張って見ていてと言える道を歩みなさい。
「君はその道を歩める力のある子だから。……頑張ろう。今は辛いだろうけれど、今は悲しみと寂しさで押し潰されそうかもしれないけれど。君は一人じゃないよ」
本部に着くと、一階のロビーで恋弥と陽泰が待っていて、中では一班がようこそと出迎えてくれた。
嗚咽も表情の歪み一つ無く涙を零す睦に苦笑いをして、相変わらず情緒がないと笑いながら。
「今日からはここがお前に家だ。廃教会を忘れろとも佚世を諦めろとも言わねぇけど、ここにはお前が思う以上にお前を心配して憂う仲間がいる。それだけは絶対に覚えてろ。お前の身が危なくなった時、お前自身が諦めても、俺らは絶対諦めねぇから、お前も藻掻け。どんな理由であろうとお前が危険になったら、俺が絶対助けに行ってやるから」
俯いて、小さく返事を零した睦の頭を撫でて、抱き寄せた。
「恋弥お兄ちゃんみたいなこと言うねぇ」
「恋弥は兄貴肌だよなぁ。陽泰生まれる前からか」
「恋弥さんが兄なら俺は弟です。睦は真ん中です」
「兄ちゃん支えてやれよ」
「はい」
陽泰は睦の手を掴むと、にこっと笑った。




