13.吐露
下の賑やかな声が聞こえて、先生が差し入れてくれた紅茶を眺める。
もうすっかり冷めて、切ってくれたフルーツもぬるくなった。
ふと視線をずらすと、いつかの猫が寝床に飛び乗った。
どこから来たのか、前見た時よりもさらに泥と血で汚れて、寝床に上げたいとは到底思えない身なりの茶トラ猫。
「……お前は元気だなぁ」
にゃあと鳴いた猫は睦の膝の上にうずくまると、尾を垂らして眠り始めた。
中の傷が開いたフルグの処置が終わって、佚世がフルグの手足と膝を縛ったので二人で小間から出る。
「あー疲れた。精神すり減る」
「睦君いないからねぇ。普段このレベルやらないからね。基礎復習だよ」
「腕繋げる方が百倍楽です」
「睦君の有難みを噛み締めなさい」
「日々感じてますよ」
佚世はあくびをしながら二階に上がっていき、ようやく牙を見れたうさぎは両拳を突き上げて無言の歓喜を示した。
無言で氷海獺の背中に乗ると、勝手におんぶされて眠り始める。
「おぅ……」
「猫だなー。気まぐれ」
氷海獺は日幻兎を背負い直すとまた小間の中に入っていった。
二階に上がって、睦の寝床を見るとどこからか侵入した猫と共に眠っていた。
フルーツは手付かず、紅茶は少しだけ飲まれている。
この猫やだなぁと思いながらも、猫と添い寝する睦を撮った。
叩き起すのも忍びないし、起きるまで本でも読んどこうかな。
少し目が覚めたところで、背筋に悪寒が走って目が覚めた。
飛び起きると、猫が鳴く。
「おはよう」
「……おはようございます……」
佚世は動揺した様子の睦を見て、少し困ったように眉尻を下げた。
「……体調どう? 気分的に」
「大丈夫です……」
「フルグのあれありがとうね。先生は死んでないことにしてたけど」
「……いや…………」
本を置いて、睦の方に視線を戻すと、睦は目に溜まった涙を落とした。
猫が心配そうにそばに行くのを、佚世がつまみ下ろすと不服そうに鳴いた。
佚世は寝床に座って、睦の頭を撫でる。
「どういうのかは分からないけれど。助かったよ。フルグは今はもうピンピンしてるし」
睦は俯いて涙を拭いながら小さく頷いて、佚世にしがみついた。
大丈夫だよと背をさするうちに、睦の泣き方が少しおかしくなる。
次第に過呼吸のような感じで呼吸が詰まって、呼吸が早く浅く、必死に吸おうと頑張ってさらにおかしくなるような。
「落ち着いて。ゆっくり吐いて、吸わなくても死なないよ」
背を叩いて、落ち着かせていると次第に睦が何かを言い出した。
ほとんど聞き取れないので頭に疑問符が浮かんで、睦に息を吐いてと言い聞かせる。
天使が過呼吸とか聞いたことないんだけれども。
走ったあとの頻脈でさえ、回復の範囲ですぐ治るのに。
「いっ、せ……さん……!」
「大丈夫だよ。ちゃんといるから」
睦は引きつった呼吸のまま、なにかを言おうとするが、そのせいか徐々に過呼吸が酷くなっていく。相当なストレスだな。
「ゆっくり吐いて、無理に話さなくていいから。落ち着いて」
三十分ほどすると、少し落ち着いたのかまだ荒い息だがしっかり呼吸できるようになった。
背を叩くと、睦は佚世にしがみつく。
「フルグの、ありがとうね」
「…………ごめんなさい」
「何?」
「いきなり、使って、佚世さんが、焦ってるみたいだったから、後遺症が残らないうちにって、焦って」
「私のためか。ありがとうねぇ」
「……お礼言われる力じゃないです。……人を、傷付ける……!」
「死んだ人を助けたじゃない。傷付けたならその分助けて」
「人を、殺した力です」
「ユージュ・リウム?」
体を強ばらせた睦の背をさすると、睦は小さく頷いた。
いつかの、睦が熱でうなされていた時。うわ言のように何度も「りう」と呟いていた。佚世を「りう」と見間違えたり、「りう」にしか見せていないのであろう安心しきった様子の寝顔も、一度の熱で全て見れた。
五人いる吸血鬼のうち、研究者である男の愛称。
「死にたがりだったんだよ。死ねたなら睦君にこの上ない感謝をしてるだろう……」
「一緒にいようねって、一緒に死のうねって……! 吸血鬼の二十年は、すぐに過ぎるからって、俺が、毒になったら助けてくれるって、全部約束してて、なのに……!」
「それを話したくなかったのか。約束を破らせてしまったと思ってるんだね」
「一緒に、いてくれるって言ったのに……! 俺が殺したから……!」
「睦君、無駄な後悔だよ。あいつはそんな良い奴じゃない」
約束なんてゴミクズ同然のように破り捨てる。
どうせ、睦が殺していなくとも死ぬ研究は続けただろう。死ねるのなら、睦を置いて自害しただろう。
「吸血鬼には死がない。生まれたら生まれたまま、一生を過ごし続ける。その中の百年、ましてや二十年三十年、瞬きする間に過ぎていく。あれにとっては君と過ごした一、二年よりも数千年思い続けてきた死への願望の方が強かった。それだけだよ。……二歳児が誤って殺せるほど弱い奴じゃないもの」
「…………天使と、吸血鬼が死ねる毒を作れる奴がいるからって、できたら、二人で死のうねって。約束したんです。約束して、一緒に生きて一緒に死のうねって。一緒に死んだら、はぐれないからって。一緒にいようって言ったんです」
約束というか、執着というか、束縛というか。
死んでなお一人の少年を縛り続ける約束。いっそ呪縛、呪いの類のような。
約束をした、一緒にいようと言ったと、佚世に、自分に言い聞かせるように呟く睦の頭に手を添えて、しがみつく睦を下ろした。
離れると、睦は佚世を掴んで、佚世は安心させるように笑い睦の頭に手を置く。
「後悔してるなら今度は私と一緒にいようか。それとの約束引き継いで、私が君が死ぬのを看取ってあげるよ」
「……佚世さんも、死にたがりですか?」
「私は死なないよ。子供たちがいる限りね」
佚世はまた涙を零す睦の目を拭って、少し強く頭を撫でた。
「君は人殺しじゃないし一人じゃない。吸血鬼を呪縛から救ったんだよ。天使らしい天使さ。私と先生が保証する」




