12.組織
恋弥の手を縫っていると、佚世が覗き込んできた。
「痛むかい」
「麻酔効いてる」
「なんで自分の手撃つかねぇ」
「眠気で死ぬよりマシだ」
先日、陽泰を連れて遊びに来ていた日。仕事に呼び出され、恋弥が出ていったあとの銃声は恋弥が自分の手を撃った音だった。
睦が陽泰引き渡しの際に日幻兎に怪我を確認するようお願いしていたので、ちゃんと来てくれたが。
「治りそう?」
「熱傷も酷いので変形してもおかしくないです」
「左手だし」
「人間には両手必要だから両手ついてるんだよ? アホなの?」
「お前にだけは言われたくねぇよ不死身野郎ッ!」
「じっとして」
恋弥は呆れた目で見てくる佚世に威嚇し、睦は恋弥の椅子を蹴っておとなしくさせる。
「佚世さん患者は?」
「終わったよ。麻酔切れたらあとお願い」
「はい。……終わり、ちょっと待ってて」
「おう」
睦はものの一、二分程で縫い終えると、また忙しなく動き始めた。
午前なので患者が少なく、休憩の佚世は恋弥の横に立った。
「仕事しろよ暇人」
「トワイライトは忙しいかい」
「別に、暇な奴は暇だろ」
「恋弥は?」
「幹部全員に睨まれてんだ、嫌がらせで忙しい」
「陰湿だねぇ」
「お前が釈明しねぇからだぞ。俺とフルグに飛び火してんだよ」
「近付きたくないもの。撃たれても治るだけで痛いんだよ」
「知ってる」
でも、そうだな。恋弥とフルグに飛び火するなら、ちょっと策を講じようか。
先代はともかく、野靄と水象はいらんよなぁ。二人とも、幹部のトップワンツーだが、正直いらない人材だろうに。殺して、どっかになすり付けてみようかな。
「戻ってこねぇなら変な手出しすんなよ」
恋弥にそう言われ、目を丸くした。まるで思考を読んだかのような。
「びっくり」
「親の思考が分かるのは普通だろ。血縁関係はなくても似る奴は似る」
「えーうれ……」
「お前を親だとは思ってねぇし似るなら死ぬけどなッ!」
「やっぱ反抗期だな?」
「尊敬もしねぇしなりたいとも思わねぇけど、お前の頭は信用できる。お前がいらねぇと思った人間はそのうち勝手に死ぬのが常だろ」
「そのうちがいつかは分かんないよ」
「分かるわ。死ななかったらお前が殺す」
「やだね〜全部読まれてる」
「あっせぇ思考しやがって」
睦が恋弥の手に薬を塗って、包帯を巻いてくれた。
「包帯が解けない程度には動かしても大丈夫です。重たいものとか熱いものは触らないでください」
「助かった」
「手を強く開くのもやめてください」
「はい」
「じゃ請求書です」
「高ぇなぁ」
恋弥が睦に見せられたそれを見てげっそりしていると、それを佚世が取った。
「私払ってあげるよ。迷惑かけたツケってことで」
「睦、給料こいつが払うからうちの医務室来いよ」
恋弥の頭に手刀が落ち、頭を抱え悶絶するのを睦が心配する。
「睦君が欲しいならお前がトワイライト辞めろ」
「……まともな医者が欲しいんだよ。この傷を手当できるやつがいねぇんだからなッ!」
「私の子供たちなら私が払ってあげるよ。どうせ溜まる一方の金だもの」
「ラッキー。フルグとスモッグにも言っとくからな!」
「そーして。睦君新規〜」
「はい! じゃ、お大事に」
「助かった」
その日、夕食が終わって睦が小間の整理をしていると、教会の扉に音が鳴った。
ノックでもなく、物音でもなく。
血の匂いがして、扉を開けると、誰かが中に倒れた。
途端血溜まりができて、睦は目を丸くする。
「先生!」
脳之輔が台に乗せ、睦は服を割いて傷口を確認した。
右腰に銃創が二つ並んで、左胸に一箇所。腕や足も切られ、耳も片方潰れている。耳は、治るかな。
「フルグ……!」
「イツ君そっち二つやって」
「はい」
睦は耳や細々した傷を手当てしながらバイタルを確認する。
呼吸器を付けて輸血をして、酸素は安定しているものの脈拍が弱い。
相当な至近距離から撃たれたのか、弾は全て貫通している。
何故だろうか、フルグならそうそう負けることはないと思うが。
心肺停止状態に陥り、睦が電気ショックを入れるが心臓が動かない。
ふと、佚世に視線を向けた。
怒りとも必死とも、後悔とも絶望とも取れるその表情に思わず一歩後ずさった。
医者の助手をやって、命を幾千万扱ってきて、死など何度も見てきた。
死を目の前にして取り乱す人はいても、ここまで憎悪を募らせる人は見たことがない。
怖い。
「イツ、落ち着きなさい」
脳之輔が佚世に触れようとした時、睦がフルグに手を伸ばした。
一瞬の直後、佚世が失神する。
「……睦君」
「…………あ……」
「あーあー」
睦は我に返ったかと思うと失神して、脳之輔は佚世を担いだまま反対側にいる睦の腕も掴んだ。
どうすんのこの状況。
目を覚まして、どっと冷や汗が出た。
飛び起きて、自分が自分であることを確認した。
脳裏に焼き付いたそれが視界を染めて、落ち着けと、呼吸を深くする。
少しして、カーテンが開いた。
「起きてるし」
「おはようイツ君」
「…………先生」
「ひっでぇ顔してる」
「恋弥、なんでいるの」
「フルグの様子見」
「安心しなさい、ちゃんと生きてるから」
下に降りると、思ったより賑やかだった。
幹部が二人、一班全員、恋弥とスモッグ、ボスと陽泰まで。
「何このうるさいの……」
「いっせー! 酷い顔だな!」
「ひのさんよりマシでしょ」
日幻兎が佚世に飛び付いて、佚世が押されていると小間の中からフルグが飛び出してきた。
「せんぱーい!」
「わ〜」
佚世は棒読みのままフルグと日幻兎に押し倒され、床に頭を強打した。
しかし二人はそれも気にせず、揃って佚世の顔を触ると口を開けようとする。
「何……!」
「牙見せて牙」
「八重歯」
「何故……!?」
なんで皆吸血鬼の牙見たがるの。
「きーば!」
「見せてー! みーたーいー!」
「お〜うさぎが喋ってる!」
「フルグ動くなよ。重傷のくせに」
「先輩の歯が見たい!」
恋弥とスモッグがフルグを引きずっていき、佚世は日幻兎を抱っこしながら立ち上がるとそれを落とした。
日幻兎は華麗に着地し、助走を付けると小間の入り口から中を見ていた氷海獺に飛び蹴りした。
「げふッ……!」
「八つ当たりが酷いなぁ」
「ナイス運動神経!」
「あー先輩の歯見れたら先輩持って帰れる気がするなー!?」
「お前マジ黙ってろよ」
一班が佚世に飛びかかり、収拾を諦めた恋弥とスモッグは脳之輔の元に戻った。
「またメンタルちぎれたかと思ったんすけど」
「治ったねぇ」
「睦は?」
「寝てるよ。もう二時だもの」
「餓鬼め」
乱闘が怖くなった陽泰が恋弥の元に逃げて、それに気付いた恋弥は陽泰の頭に手を置いた。
「恋弥さん、睦は?」
「上で寝てるってよ。陽泰は眠くねぇか?」
「大丈夫です」
「眠かったら言ってな」
恋弥がこくっと頷いた陽泰の頭を撫でると、スモッグも陽泰の頭を撫でた。
スモッグは恋弥と共に佚世に拾われた、現三班指揮官。恋弥と同い歳と言い張っているが、出生年齢ともに不明なので、恋弥より身長は高いがとりあえず同い歳になっている。恋弥自体、睦と同じ身長なので。
「先代に付き合わされてたもんね」
「頑張ってたなー」
「六歳児付き合わせるのもどうかと思うけど」
「でもまだ眠たくないので大丈夫です」
「よしよし。眠かったらいつでも寝ていいからな」
こくっと頷いた陽泰は視界の端に映る、いつも睨んでくる幹部から顔を逸らして恋弥にくっ付いた。
二人いる幹部のうち、一人は幼女。寝てる。
もう一人は実年齢より若く見える顔立ちの青年。ボスの護衛役で来た人。佚世が大嫌いだし佚世も大嫌いの人。
「スモッグ、機嫌悪いなら帰れ」
「何? 自分に言えば?」
「スモッグ……」
火花を散らした二人にボスがおろおろする、というかあんたがおろおろしてどうすんだ。
二人の一触即発に空気がピリつくと、寝ていた幹部の目が開いた。
目の前で佚世の上に寝転がっているフルグを見て少し安心すると、隣で威張っている後輩の腹を肘で殴った。隙ができたところで、立ち上がって足を振り上げ顔面に回し蹴り。
皆の顔が引きつって、一班は自分の頬を押さえた。痛った。
「お前が帰れ。佚世がいるところにノコノコついてきやがって不機嫌になってんじゃねぇよ青二才」
見た目八歳の幼女からは到底想像できないような、幼声ならではの甲高い声にドスを効かせ、毒を吐き舌打ちをした。
身長を高く見せるためのピンヒールがカツカツと鳴って、幼女は腕を組む。
「所詮頭の狗が。佚世が撃たないからってふんぞり返ってでしゃばんなよ。佚世に負けてるからって力ない時に態度デカくしやがってちっせぇ玉がいきがんのもいい加減にしろ」
佚世が面倒臭いのが目を覚ましたと顔逸らしてため息をつくと、上に日幻兎と共に乗っていたフルグが飛び起きた。
「姉さん! おっはー!」
「おはよう弟。心配したんだからな!」
「先輩も先生も睦君もいる病院だよ? 死ぬわけないじゃんね」
「佚世信者め」
「着々と普及してるからね!」
フルグは立ち上がると、姉を抱き上げた。
腕に座らせて、見下ろしてくる姉を見上げた。
「支障ないでしょ!」
「傷開かないか?」
「平気! 動かない方が癒着するんだよ」
「動きすぎは糸抜けるだろう」
「もう治ってるもん」
「姉に心配と金をかけさせるな」
「先輩が持ってくれるんだって。俺と恋弥とスモッグ!」
「私は!? 私同じ時に拾われたのに!」
「あんた拾った時には成人してただろうが」
「私は永遠の八歳だが!?」
「はいはい」
佚世は立ち上がると、幼女を下ろしてフルグの首根っこを掴んだ。
「先生血胸患者一人でーす」
「朝まで縛っとこうか」
「はーい」




