11.子守り
ある日、佚世と脳之輔がそれぞれ出かけ睦がお留守番をしている日。
廃教会に恋弥が遊びに来た。誰か子供を連れて。
「よ〜」
「暇人だね」
「子守り役なんだよ」
廃れた教会という異質な雰囲気にその幼子は恋弥にしがみつき、恋弥はその子を抱っこした。
六歳ほどの、前のパーティーでも恋弥にくっ付いていた子だ。
確か、先代の息子って言ったっけ。天使。
「お前買い出しは?」
「終わったよ。今日の仕事終わり」
「お前こそ暇人じゃねぇか」
「それほどでも」
恋弥は睦が座っている窓辺の席の向かいにその子を下ろし、頭を撫でた。
「先代って結婚してんだね」
「奥方は亡くなってるけどな。忘れ形見だっつって孤児院から奪い返した子」
「孤児院に入れてたの」
「常套手段だ。闇組織に関わってるってだけで入学拒否られるのはザラだから、入学してから引き取る」
「天使でしょ?」
「生まれた当初は分かんねぇよ」
睦は立ち上がると本を片付け、お茶と茶菓子を用意した。
「その子甘いの食べる?」
「なんでも食う」
「お茶冷たいのでいいでしょ、お菓子なんかあるかな」
出かけたいと言うから連れてきたけど、まさかこんな不吉な場所に来るとは思わなかったんだろうな。さっきから固まっている。
「はいどうぞ」
「お気になさらずー」
「おっそ」
「学校サボってるからさぁ。あんま出かけらんねぇんだ」
「この時間は学校でいないんじゃないの?」
「他学年が街回りでいる時がある。教師に見つかんのが面倒で面倒で」
「へー面倒くさそ」
「面倒だっつってんだろ」
睦は恋弥の学校の愚痴を聞き流しながらカルテがまとまったファイルを整理し、道具の在庫チェックも始めた。
「人の話ぐらい座って聞けよ!」
「興味無いもん」
「情緒のねぇ奴ッ!」
「その子放置でいいの?」
「無理に話しかけると泣くから」
恋弥が頬をふにっとさすと、陽泰は目を丸くした。
恋弥は頭を撫でて、陽泰を膝の上に移動させる。
「特に好きなことも興味もなさそうだし。まぁ誘拐から守ってればって感じ」
「それ子守りってより護衛」
「そんな感じ!」
そんな嬉々として言われても。
三十分ほどして、睦と恋弥が喋っていると黙っていた陽泰が顔を上げた。
廃教会の扉から何かの音が聞こえる。カリカリカリカリと、永遠に。
「……なんの音だ?」
「ん〜……」
睦が扉を開けると、扉の外には猫が座っていた。
汚れた茶トラ柄の猫、もう成猫だろうか。この辺りで野良猫はあんまり見かけないけれど。
「猫……」
にゃぁと鳴いて、尾を揺らす。
恋弥と陽泰が覗き込んできて、陽泰は目を輝かせた。
「猫……!」
「猫好きなの?」
「初めて……」
「あー、猫なんて見る機会ねぇもんなぁ」
睦が猫の首元を撫でていると、視界に足が映った。
「佚世さん、おかえりなさい」
「ただいま。睦君猫好きなの?」
「いや、なんか来たので撫でてるだけです」
「出先で見付けたらついてくるんだよ」
「飼うんですか?」
「いや駄目だよ。先生に見付かる前に捨てないと」
「たぶんまた戻ってきますよ」
「やだねぇ。解剖にでも使う?」
「いや猫の構造知ってもって感じです」
「カエルの構造知ってもでしょ」
「あれは練習です」
佚世は睦を見下ろし、まるで言葉が分かっているかのように、憎たらしく鳴く猫を見下ろした。
「なんで付いてきたんだろうね」
「そんな猫を睨まなくても」
「それ入れないでね」
佚世は外套を椅子にかけると二階に上がっていき、それを見送った睦は立ち上がった。
「陽泰君、撫でてみる?」
「え?」
「噛まれても大丈夫だよ、だいたいの抗ウイルス薬は揃ってるから」
「新手の信頼だよなぁ」
恋弥はしゃがむと目を丸くして固まっている陽泰の手を引き、隣にしゃがませた。
恋弥は陽泰の手を掴むと、そっと猫の首元に持っていく。
少し触ると、猫より怯えていた陽泰はそのふわふわに感動して、自分で少し手を動かした。
猫が動くと固まるが、猫が気を使って動かないので、とても楽しそうにそれに触れる。
「猫に気使われるかよ」
「猫好きなんだねぇ」
「先代には内緒だぞー」
陽泰が喜んだって言ったら、絶対百匹ぐらい買ってくる。経理もいないのに隠居してるくせに経営に口挟んでくるあの馬鹿がそういうことするから、うちは年々金欠になるんだよ。
「内緒ですか?」
「約束な。破ったら俺が死ぬから」
また野靄にどやされる。
「分かりました」
夕方になって、睦が陽泰の面倒を見ていると脳之輔が帰ってきた。
「ただいまぁ」
「おかえりなさい」
「おや、珍しいお客さん」
「恋弥が寝てしまったので」
睦が向かいの椅子で机に伏せて眠る恋弥に視線を移すと、その指にはまるHgが光っているのに気付いた。
「……恋弥、なんか来てるよ」
「……ん〜……?」
「メール、来てるよ」
目が覚めた恋弥は伏せたままHgを開き、それを確認した。
「……も……」
「仕事?」
「もー……!」
昨日の夜も、今日の夜も仕事なのに。こちとら寝ずに幼児の世話だぞ。しかも次期ボスの。死にそうだ。ほんっとに死にそう。
「……行ってくる。一班来るまでそれ見といて……」
「行ってらっしゃい……」
恋弥が出ていって、数秒後に銃声が一度、路地裏に響き渡った。
陽泰は睦を見上げ、それに気付いた睦は陽泰の頭を撫でた。
「一班の人が来るまで一緒に待ってよう」
「……うん……」
二階から佚世が降りてきて、二人を見下ろした。
「なんか銃声したけれど」
「たぶん恋弥です。眠そうでした」
「血の匂いがする〜……」
佚世が輸血パックを咥えて天井を眺めている間に一班がやってきて、フルグと団達気、日幻兎が現れた。
「ちゃーす。お迎え来たよ〜」
「佚世〜!」
「血吹き出すよ」
フルグとだんちが佚世に飛びついたので、日幻兎が陽泰を抱き上げた。
「……助かった」
「あ、いえ。……あの、恋弥帰ったら怪我ないか確認してください。さっき銃声が聞こえたので」
「分かった」
日幻兎は踵を返すと、だんちとフルグの首根っこを掴んで教会から出ていった。過去一早い退散。




