発症してから…
ある日、3年間分の記憶が失っていた…
そのとき、初めて心療内科に行った。
その医師から「逆行性健忘症」と診断された。
*逆行性健忘症とは…脳損傷や交通事故、ショックな出来事などの原因となった出来事(発症)以前の過去の記憶を思い出せなくなる症状です。
それを聞いた環菜は、なんとも思うところか「私のお腹に赤ちゃんがいます」と強く話しても翔太と医師は疑問に思われてしまった。
だけど、環菜は「私は負けないでいこう」と思ったけど体は思うように動けなくて意欲がなくなり1日中"ボー"としていたことを医師は「うつ」と同時によく眠れなかったり(不眠症)でストレスや音量、強い光で過呼吸になり「パニック障害」となった。
環菜は、どこから始めたかというと義母がきて食事を作っているときに"一緒にやろう。"と思いお米を研ぎ始め炊飯器にスイッチを押した。
翔太は、それをみて不思議な気持ちになったらしくて「なんで、できたの?」と言われた。
翔太は、マザコンで「お母さんのいうことを聞いてほしい。」と懇願されたけど環菜は何にも思っていなかった。
翔太は、チョーというほどマザコンで生まれてからずっと"耳かき"と"足の爪も切れない"ということで大人になってもやってもらっていた。
そういうことを思った環菜は、「まじで!?」ってよりも「はぁー」っていう気持ちで姑は姑で、翔太の味方で「環菜ちゃんは、なんでそんなことをできないの?」とか「お金の管理ができないなら、私がやろうか?」と話されてうちの家計まで口出してきてそれも、環菜にとってはストレスの原因になった。
すべてを奪われた環菜は、孤独感が強く苦しい思いをしたけど生きてきた。
ーそれからー
2年おきに3人子どもが生まれて子どもは5人になり家族が7人になった。
家は、アパートから4LDKの家ができた。
子どもは男の子5人となると、落書きや壁をはがされたりしてもう、すごいことになったけど今はいい思い出になっていた。
ーつづくー




