家族の誕生〜発症
これは、本当に未然に防げないことなので早くその方の心の声を聞けるようになりたいと思った。
結婚してからずっと翔太から「お金がない。」と言われ「そういうことをいないで欲しい。」と思い話した。
なぜなら、翔太はある元市議会議員の祖父をもつ人で子どもの時は"裕福にくらしていた。"と話していたがある時…
それがなくなってしまい言わば、転落した人生を歩んできたと話されていた。
私は、翔太に「何でそうなったの?」って聞いた答えに夫は「それは両親しか分からない話し。」しか言わなかった。
けれど、私と翔太の暮らしはその当時は苦しくなく「新汰」
が生まれて3人家族になった。
新汰は、予定日を3日過ぎて生まれたが小さい赤ちゃんでだっこにも戸惑っていたけれど「この子を大事に育てないとなぁ。」と思った。
翔太は、某会社の運転手で朝から晩までずっと仕事でその間私が、新汰を見ながら家事をして出かけるというスタイルが続いた。
それから、家事、子育てでストレスになり1度家を飛び出そうとしたら翔太が「新汰は、どうするんだよー。」と言われ戻った。
あの時の私は、確かにストレスが溜まり出した上に翔太から叱責を毎日受けていた。
-それから1年9ヶ月後の秋-
新汰の弟「文汰」が生まれて家族4人になった。
文汰は、私が妊娠高血圧症と診断されてからすぐに予定自然分娩という形で37週5日で生まれた。
新汰と違いぷくぷくと太った赤ちゃんだったが、ミルクの争奪戦が始まり新汰が文汰のミルクを奪って飲むということが多々ありまだ、ミルク離れをしていなかった新汰の分まで作っていた。
子どもたちは、すくすく育ったある朝…
ある朝、起床したら突然子ども2人が寝ているのをびっくりした私が「なんで子どもが2人寝てるの?」と翔太に聞いたら泣きながら「子どものことが分からないの?」と聞かれて"そうだよ"と答えたと同時に3年間分の記憶が失っていた。
それから、病院に行き病名が「逆行性健忘症」と診断されその後、義母と実母が交互になって手伝いをしにきてくれた。




