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2.妹がヴァンパイアだと!?

「俺の妹が…ヴァンパイアだと!?」

あの鋭い牙は紛れもない証だった。異世界で数多の吸血種と戦った暁斗は、人間離れしたその形状と、喉元に迫る死の冷たさを即座に見抜いた。

(今すぐ妹に《月光の加護》をぶつけるべきか? )

しかし、生死をかけた戦闘で鍛えられた理性が本能を押し潰す。

(動くな…今は偽りの眠りを貫け。奴の目的と弱点を探るのだ)

薄目から覗く視界に、凛の様子が映る。普段は冷たい黒曜石のような瞳が、今は月光に照らされ深紅の輝きを帯びている。彼の首筋の脈動を貪るように見つめ、微かに震える鼻先が、生命の匂いを嗜むように翳った。

(マジかよ…アイツ、本当に俺の血を吸おうとしてる!?)

思考が乱れるその瞬間――

ズキッ!

氷のような鋭い痛みが首筋を貫く。異世界の吸血魔物に襲われた時の激痛とは違い、甘美な痺れが血液と共に全身に広がる。ゆっくりと、しかし確実に生命力が奪われていく感覚。まるで高級ワインを味わうように、節度ある「狩り」を続ける妹の姿に、背筋が凍りついた。

やがて牙が静かに引かれ、柔らかな舌先が傷口を撫でる。跡形もなく消えた刺し傷に、暁斗は震える指を当てた。

(血は…止まっている? しかもこの早さで?)

ふと見上げた凛の顔には、見たことのない表情が浮かんでいた。罪悪感に歪んだ唇が震え、頬を伝う一滴の涙が月光にきらめく。

「ごめんね…お兄ちゃん…我慢できなくて」

それは普段の冷たい妹からは想像もできない、依存と渇望に満ちた声だった。

部屋に再び静寂が戻り、障子がかすかに軋む。暁斗は布団から跳ね起き、首筋のわずかな湿り気を拭いながら窓辺へ歩いた。

(ニコチン…いや、魔法の煙が欲しいな)

空気中で煙草を模す指先に、ふとある記憶が蘇る――

中学二年の冬、暁斗がテレビ番組で見た「激辛ニンニクラーメン」に挑戦した日のこと。自信作を妹の部屋に持ち込んだ瞬間、凛は顔を真っ青にした。

「さあ凛! ラーメンにニンニクは定番だろ? 昔から『ニンニクはスタミナの源』って言うだろ?」

湯気に混じる強烈な臭いが部屋に充満すると、凛は目を潤ませながら後ずさりした。

「や、やめて…すぐ持って出てって!」

「え? でも健康に――」

「出て行けばいいの!」

ドアを閉められる音が、今も耳に残っている。当時は「女子の香水みたいな感覚か?」と誤解していたが、今思えばあの反応は――

(吸血鬼の致命的弱点…か)

高校受験前の夜、暁斗がトイレに起きた際、隣室から漏れる微かな光と音に気づいた。

(また深夜アニメか?)

襖の隙間から覗くと、Switchの画面に浮かぶ『Splatoon』の色彩が凛の顔を照らしていた。昼間の無表情とは別人のように、唇を軽く噛みながらコントローラーを握る指に力が込められる。

(おいおい、明日は模試だぞ…?)

思わず声をかけようとした瞬間、凛が振り向いた。

「こ、今夜は何の用?」

慌ててスリープモードにしたSwitchを布団に隠す妹。

「いや…起きてるのかと」

「寝ぼけたんじゃないの? 早く戻って」

閉ざされた襖の向こうで、かすかに聞こえたため息。当時は「夜更かしするツンデレ」としか思わなかったが――

(夜行性の証だったのか…)

体育祭のリレー後、クラスメイトが暁斗の青白い顔を見て言った。

「白瀬、顔色ヤバくね? まさか『貧血の貴公子』とか言われるタイプ?」

確かに彼はよく眩暈を起こした。保健室で「鉄分不足」と診断された日、凛が無言で差し出したレバニラ弁当を思い出す。あの時は「毒味か?」と疑ったが、今ならわかる――

(奪った血を補う罪悪感か…?)

障子越しに夜桜が揺れる。指先でなぞる首筋の痕跡が、全ての疑問を結晶化させる。

(この世界は、俺が知っている“日常”なのか?)

異世界で得た魔力が指先で微かに脈動する。確かに現実は変わった――だが変わったのは世界か、それとも俺の認識か?

幼い凛が駆け寄ってきた記憶が蘇る。

「お兄ちゃんの匂い、好き…」

今はその甘えた声が、血を求める叫びに重なって聞こえた。

(ツンデレ? いや…これは『ブラコン吸血姫』だ)

異世界の魔王より危険な現実に、暁斗は布団をかぶった。

「…明日からニンニクのネックレスでも作るか」

そんな冗談さえ現実味を帯びる中、彼は深い眠りに落ちていった――


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