笑ってはいけない王国
──そこは、笑いが禁じられた国だった。
「笑ったら即退場て……この異世界、どうなっとんねん……!」
私は思わず頭を抱える。
「ここは《沈黙王国ムス=ン》笑いの害悪を排除した国です」
ポチの説明によれば、この国では笑った者が即時拘束、または強制送還されるらしい。
「……ツッコミって、基本笑わせる力もあるよな」
「そや。つまり私の存在、もはや違法やん!?」
「むしろおまえは重犯罪人だな」
ポチが即答してくる。
「そこまで言う!? あたし、ただのツッコミ使いやで!?」
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王国の門を抜けた瞬間、兵士に止められた。
「笑うな。口角を上げるな。息継ぎすら慎重にせよ。違反者は──ペナルティの部屋行きだ」
「もう生きるのしんどそうやなこの国!?」
「そこの娘、今ツッコミか?」
「しまったああああああ!!」
──しかし運よく、私たちは観光目的として、ギリギリ入国許可を得る。
ただし、口角監視鳥《チラ=ミン》を肩に乗せられた。
「ちょ、これ何!? ちょっと笑ったらピピピって音出すやつやん!?」
「それ完全に某バラエティの監視システムやな」
「笑ってはいけない異世界24時かぁああ!!」
ズガァン!!(抑え気味)
「ツッコミ禁止じゃないからセーフ……セーフやんな!?」
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街に入ると、町人たちはみんな無表情。
子供ですら、コント風な遊びに無理やりブレーキをかけてる。
「滑って転んだ……のに、誰も笑わへん……これが……地獄……?」
「むしろこれ、世界が死んだボケに支配されてると言えるな……」
そして王城へ。
王・ムス王(眉毛90度)が現れる。
「我が国に、笑いは不要。感情は混乱を生む。ボケなどもってのほか。ツッコミは……処刑対象だ」
「めちゃくちゃ過激思想ぉぉぉ!!」
その時、王の後ろに控える不審な人物の姿が──フードをかぶった魔術師、その正体は……
「ボケ四天王のひとり、《逆ギレ魔術師リーネ》……!」
ポチの目が鋭く光る。
「なんやて!? そいつ、この国に紛れてたんか!?」
「そう。笑いを封じ、自分のボケだけを強制的に正解にする最悪のロジック魔法使い」
「ってことは、王国を操ってるのは、あいつや……!」
──そして、リーネが不気味に笑う。
「私のジョークに笑わなければ、ブチギレ。笑えばこの国の法律でアウト──さあ、究極の選択肢よ」
「ツッコミ魔法使い・マナ、キミはどうする?」
──まさかの笑っても怒られるし、笑わなくても怒られる地獄の罠!
「どっちに転んでもアウトやんけぇぇぇぇぇ!!!」
──笑っても地獄、笑わなくても地獄の理不尽国家・ムス=ン。
そして今、私はその中心で──笑いという存在を賭けて立っている。
「さあ、マナさん」
逆ギレ魔術師リーネが、ゆっくりと前に出る。
「これから私がボケます。あなたが笑わなかったら、私は怒ります。笑ったらこの国の法律で有罪です──ツッコミ? その時点で強制送還です」
「詰んでるやん!!」
「では、いきます。第一問──魚屋さんが休みの日に魚持ってくる客」
「関係性おかしすぎるわ!!」
「ツッコミましたね? 逮捕です」
「はやっっ!!」
ズガァァァン!!
私は自らの魔力で拘束魔法を弾き返す。
「やっぱりおかしいやん、このシステム!」
リーネの逆ギレ魔法は、ボケに対して「反応しない」か「反応すると怒る」か、どっちにしても相手にペナルティを与える最悪の魔術。
「今まで誰も、この空間でボケに対応できなかった。スルーしても反応しても怒られる──最強の矛盾魔法!」
「なら……そのどっちでもない道、選んだるわ!」
私は魔力を集中させる。
「《第三の道──やや本気ツッコミ・ノーリアクション寄り!》」
──私の声が空間を震わせた。
「ボケを見て、驚くでもなく、笑うでもなく──さらっと指摘して、次の話題に流す!」
「……それは……!」
リーネの目が揺れる。
「そう。本気で怒ってないけど、無視もしてない。感情の揺らぎゼロ、けど存在は認識済み。これが──社会人がよくやる処世術的ツッコミや!!」
ズガァァァァン!!!
「バカな……その曖昧さが……私の魔法を……!」
ボロボロと崩れていくリーネの魔力フィールド。
「ボケとツッコミはな、勝つか負けるかやない。共存や!」
「ぐ、ぐぬぬ……誰も……笑ってくれないのが……悪いんだぁああああ!!」
「そうやって逆ギレする前に、まずネタ帳見直せぇぇぇえええ!!!」
ズガァァァァァァァァァン!!
──リーネ、敗北。
王国は混乱のあと、徐々に笑いを取り戻していった。
ムス王も言う。
「……少し、口角を上げるくらいなら……悪くないのかもしれぬな」
「それ笑顔や! いいぞその調子!」
住民たちも徐々に笑いを受け入れ、
笑ってはいけない王国は、普通の国へと変わっていく。
そして──
「よっしゃ、ボケ四天王、二人目撃破や!」
「次はどんな奴が来るのか楽しみやな……」
「次のターゲットは──笑わせないと負けるタイプらしいぞ」
「また逆のタイプかぁああ!!」