笑ったら最後、HPゼロ
「……なあ、なんで城の門に入場者は笑顔厳守って書いてあるん?」
「うむ。この城は、巨笑姫メロ=ブハハの領地だからな」
ポチの言葉に、私とカイルは思わず顔を見合わせた。
「いや、その名前やばいやろ。ブハハって何やねん!?」
「わたし……前世で一度だけ聞いたことある。笑わせて、笑わせて、笑わせ尽くして──HPを削り切るっていう、恐怖の魔女……」
「それ、もはや戦闘スタイルやなくてネタ番組のラスボスやん!!」
私たちは、城内の笑劇場に案内された。
──真っ白な観客席。豪華すぎるステージ。天井には巨大なミラーボール。そして中央に君臨するのが、奇抜なピエロ衣装に身を包んだ、彼女──メロ=ブハハ。
「よく来たわねぇ〜〜〜♡ このメロ=ブハハ様が、腹筋崩壊させてあ・げ・る♪」
「喋り方キモいな!? なんやそのテンション!!」
「テンションじゃなくて、精神状態がテンパってるのよォ♡」
「言うとる場合かい!!」
ズドン!!
ツッコミ魔法の衝撃波がステージの床を割る。だが──
「ふふん、効かないわよ? 私のスキルは、ダメージ反転式ギャグフィールド──笑わせた相手のツッコミ力を、逆に自分のHPとして吸収するの♡」
「反則やろそれ!? ギャグで吸血すんな!!」
「ブハハハハハ!!」
ズギュウウウウウゥン!!!
場の空気が震えた。私のHPが……ほんの少し減っている。
「マジで笑ったら削られるやつやん……」
「いや待て、マナ! オレが出る! この筋肉で、笑いには耐性が──」
「おまえ、昨日の三択で羞恥の呪い受けたばっかやん!! 無理や!!」
「む……」
「では、第一のネタの儀式……開始ィィィ!!」
メロ=ブハハがマイクを取り、ステージの上で猛烈な一発ギャグを始めた。
「バナナの皮で滑ってコケたのは、昨日の自分でしたァァァァ!!!」
ズベシャァァァ!!!
「ふっ……これは想定の範囲内……」
ポチが目を細める。
「しかし、次が本番だ……彼女の笑撃ネタ・第二形態がくる」
「ネタに形態あんの!? ポケモンかい!!」
──そして次の瞬間、メロ=ブハハは観客席に飛び降りてきた。
「じゃあここで一発! お客さんいじりシリーズいっくよぉ〜〜!」
彼女の指が、私をピンと指差す。
「そこのお嬢ちゃん! ツッコミ顔が濃いわね〜〜!? 前世、漫才師だったんじゃないのお〜〜?」
「知らんがな!! それ褒めてんのかディスってんのかどっちやねん!!」
ズガァァァァン!!
ツッコミ魔法で床がえぐれるが、その分だけ──また、私のHPが少し削れる。
「くっ……これは、ツッコミ=反応したら負けのルールや……!」
「そうだ、マナ。冷静になれ。お前がツッコむほど、あいつは強くなる!」
「でも無理やろ!! このボケ……見逃せるわけないやんか!!!」
「私が……代わるわ」
突然、ミレイが前に出た。
「この世界にツッコミがあるのなら──ボケには、詩で返すべき……!」
ミレイ、まさかの詠唱型スベり詩で対抗開始。
「笑う門には福来たる……だが、詩に込めるは虚無の咆哮……
《黒き沈黙──すべれ、虚構の道化!!》」
ドゴォォンッ!!
会場全体が一瞬しらける。
「な……何この空気……!? ギャグが……滑った……!? 私のネタが……!?」
──まさかの、詩による強制スベりが炸裂。場のテンションが急降下。
「さすが……ミレイ……!」
「ふふ……笑わせるだけが芸じゃない……冷えた空気も、また、力となる……!」
「バカな……この私のネタが、滑っている……!? ブハ……ブハハ……ッ!!」
崩れかけたテンションをなんとか保とうと、メロ=ブハハは必死に笑い続けている。
「ふふ……我が詩に耐えられる者など、この世にいない……」
ミレイが静かに呟く。彼女の中二詩魔法には、空気を凍らせる副作用があるのだ。まさかこのタイミングで役立つとは。
「だが……まだ……!」
メロ=ブハハが両手を広げ、魔力を解放する。
「最終奥義──笑撃の大フィナーレ!! 全員、腹筋に覚悟しなさいッ!!」
城全体が震え、巨大なピエロ人形が天井から降ってくる。
「え、なにそれ!? 物理でくるんかい!!」
私は思わずツッコむ。だが──それすらも吸収される!
「くっ……このままじゃ、私のツッコミが尽きる……!」
HPがじわじわと削れていくのが分かる。これまでのバトルとは違う、精神力と常識力を削り取られる戦い……
「マナ、限界か?」
ポチの声。私はうなずく。
「……けど、ここで引いたらツッコミ魔法が泣く。世界がボケに染まってまう」
「わかってる。だから、お前のツッコミを最大出力で叩き込め」
「え……?」
ポチが魔法陣を描く。それは、私の魔力をブーストするサポート魔法だった。
「《咆哮増幅》──お前の一撃、常識の神にも届かせろ!」
「お前……ホンマにしゃべる犬のくせに、かっこええこと言うなぁ!!」
──その瞬間だった。
メロ=ブハハの巨大人形が、破滅的なギャグを仕掛けようと口を開ける。
「では皆さん聞いてくださいッ!ネギを持ってる理由は!? 答えはもちろん、シャレにならないですうぅぅ〜〜!!」
「それはなァァァ!! どっから突っ込んでええかも分からんほど寒いわァァァ!!」
ズガァァァァァァァァン!!!!!!
私のツッコミ魔法、最大出力による一撃が、ギャグ人形を粉砕する!
城中に、ビリビリとした正常な空気が、戻っていくのが分かる。
「な……なにこれ……空気が……ぬるくない……!? 快適……!?」
メロ=ブハハが崩れ落ちる。
「私……初めて、ちゃんと止めてもらえた気がするわ……」
ふと、少女のような声になった彼女が呟いた。
「そう……私……ずっと、暴走するしかなかったの。笑われないと、存在を保てなくて……」
「笑いを、強制するのは……愛じゃない。笑いってのは、自然と湧き上がるもんやろ?」
私の言葉に、メロ=ブハハはそっと微笑んだ。
「じゃあ……最後に、これだけは言わせて」
「ん?」
「ツッコミ、サイコーに気持ちいいわね♡」
──ドカァン!!
その言葉を最後に、彼女は煙の中に消えた。
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「……ふぅ。マジで疲れたわ……」
「よくやったマナ。君のツッコミが、また一つの街を救った」
「というか、そろそろ、私がボケないと成立しないって空気やめてほしいんやけど!!」
「え!? じゃあオレのボケどうすればいいの!? 捨てる!? 捨てボケ!? 捨て筋肉!?」
「全部まとめて回収するから、黙っといて!!」
残るは、ただ一人──
あの、ネコ耳メイドの魔王サルグレア。
笑いとツッコミが交錯する世界の最終章が、少しずつ近づいていた──