笑ってくれないとブチギレます
「──聞いたことある? 逆ギレ魔術師リーネって」
カイルがそう言いながら、森を抜けた先の街ラリスに足を踏み入れた。
どう見ても普通の街。人々はにこやかで、空気も平和そのもの……なのに、妙な違和感がある。
「なんか……みんな、ずっと笑ってへん?」
「うむ。全員、顔が引きつっている」
ポチの言葉通り、通りすがる人々が、無理やり作ったような笑顔を浮かべている。目は笑っていない。
「ようこそ……ラリスへ……。あはは……あは……」
「ヒィッ!? 笑い方がホラーなんやけど!!」
宿屋に入っても、店主のおばちゃんは終始ニッコリ顔。だが、笑顔を保てずに少しでも真顔になると──
「ウチの姉ちゃんが、いきなり爆発しました……」
「怖っっ!!」
「この街では、リーネ様のギャグに笑わなかった人が……爆発します」
「意味わからん!! どんなルールやねん!」
私は思わず机を叩いてツッコんだ。宿の壁にヒビが入る。あかん、最近ツッコミの威力が上がってきてる。
「その……リーネ様って、どんな人物なんです?」
ミレイが静かに尋ねると、店主のおばちゃんは震えながら答えた。
「昔は舞台芸人だったのよ……でもウケなくて、魔王に拾われたの……。今はボケ四天王の一人。自分のネタを笑わない者に、怒りの魔法を撃ち込むの……!」
「感想を強要すんな!!」
「最近は新ネタ怒涛のくしゃみギャグを開発したらしくて……街がもう3回吹き飛びました……」
「やかましいわ!! くしゃみで何壊してんねん!!」
そしてその夜、リーネ本人が、公開お笑いライブを開催するという情報が飛び込んできた。
「来ないと町が消し飛ぶらしいです……」
「発想がもうテロリストやん!!」
しかもその舞台、一般観客も参加型で、笑うことが義務らしい。
「つまり我々も……笑わねばならないということか」
ポチが渋い顔で言う。
「いや無理やろ! ツッコミ属性の私が、ボケ見て素直に笑えるかいな!」
「もし笑わなかったら?」
「爆発やろ?」
「絶対無理やん!!」
──どうする、私。
ツッコミで生きてきたのに、笑わんと死ぬとか、なんの矛盾やねん。
でもやるしかない。
「ええわ。どんなボケでも、ツッコミで返して笑ったことにさせたる!」
「強引すぎる作戦……!」
こうして私たちは、逆ギレ魔術師リーネのライブ会場へと向かった。
「みんなーッ!! こんばんはァァァ!! 今日も元気に、爆☆笑☆準備できてるかなーーーッ!?!?」
ステージに現れたのは、ピンクのアフロにド派手なスーツを着た魔女──ボケ四天王、逆ギレ魔術師リーネその人だった。
「さぁて! 今日も張り切ってギャグるぞー! 笑わなかったら……爆☆発♡」
「テンション怖いわ!!」
と、私のツッコミが漏れた瞬間、ステージ上の照明が一基吹っ飛んだ。
「おおぉ……あれはもしや、噂の常識の魔女ツッコミガール!? どーもどーも、見に来てくれてア☆リ☆ガ☆ト♡」
「テンション上げ下げ激しすぎやろ!! 心臓に悪いわ!!」
会場の空気がピリッと張りつめる。笑わない者がいれば、文字通り爆発するのだ。
そしてリーネの最初のネタが始まった──
「くしゃみ出そうで出ないときの顔真似〜〜! ハック……ハック……クシュンッ♡ え、誰!? みたいな〜〜!」
シーン……
誰も笑っていない。というか引いてる。
「……ア? 今、笑ってなかったヤツ、どこのどいつだァ!?」
魔力がみるみる集まり、会場の一角が青白く光る。
「ヤバい! 誰かがやられる!」
「しゃーない!!」
私は立ち上がって叫んだ。
「出るか出ないかわからんクシャミ、顔だけ全力すぎるやろ!! どこの劇団出身や!!」
ズドォン!!
ツッコミが炸裂し、リーネの髪がちょっとチリチリに。
「きゃっ……な、何そのツッコミ!? ウケるんだけど!? いや、でもちょっとムカつく!! でもウケる!!」
会場がざわつく。観客たちの顔に、本当の意味での笑いが生まれ始めた。
「おいおいおい〜、逆ギレ魔術師、逆にイジられ芸人みたいになってきたぞ……?」
カイルがヒソヒソ声で言う。
「ふふ……これは、ツッコミ芸の流儀……火花が舞う、魂のぶつかり合い……」
ミレイのポエムはともかく、これはチャンス。
「オッケーリーネ! 次、ネタいってみ!」
「う、うん……いくよ!?『最近のマジックってすごいよね〜。右手に何もないでしょ? 左手にも何もないでしょ? せーのっ! ドーン! 空気だけ〜!』」
「それ、最初から失敗しとるやろ!! やる気どこに置いてきたんや!!」
バシュッ!
ツッコミが炸裂し、今度はステージの床が抜ける。リーネ、ちょっと浮いた。
「ううっ……私、こんなにちゃんとツッコんでもらったの……初めてかも……」
その目に、うっすら涙が浮かぶ。
「お笑いって、本当はキャッチボールだったんだね……!」
「今さら学ぶな!!」
「ありがと、マナちゃん……あなたのツッコミ、胸に刺さったよ……!」
パァァァァ……!
リーネの体が輝き、爆発──じゃなくて、光の煙玉とともに姿を消した。
「……え、逃げたん?」
「逃げたっぽいな」
「爆発ちゃうんかい!!」
こうして、逆ギレライブは無事終了し、街ラリスには本当の笑顔が戻った。
「マナちゃん……ありがとう……あなたがツッコんでくれなかったら、私たち笑えなかった……」
「……ツッコミって、やっぱ大事やな」
そう、小さくつぶやいた私の言葉に、ポチが静かにうなずいた。
「世界を救うのは、笑いじゃない。常識だ──君の魔法は、それを貫く力だ」
「言うてくれるやん……でも、次からもめちゃくちゃ疲れそうやわ」
「オレはいつでも筋肉でカバーするぜ!」
「それ、信頼できるようで、全然できへんやつや!!」
──こうして、旅の三人+一匹は、次なる街へと歩き出す。
ボケとツッコミの、果てなき冒険はまだ始まったばかり。