魔王サルグレアの真実
世界の中心、《クスクス城》
そこに住まうは、かつて最強のツッコミと呼ばれた者──魔王サルグレア。
「とうとう来たか……ツッコミの継承者よ」
高くそびえる玉座の上で、猫耳メイド服の少女が静かに立ち上がる。
「──魔王、サルグレア!」
私は剣を構える……ことはない。
魔法も使わない。だって、今必要なのはツッコミやから。
「私はツッコミ側に一時的に踏み込んだ。でも、この世界はもう、ツッコミを必要としていなかった」
魔王は、淡々と語り始めた。
「やはりボケがあふれ、誰も彼もがウケたいと願う世界。ツッコミはもう、過去の遺物……」
「ほな聞くけど、あんたはなんで、元ツッコミを捨てたん?」
「……それを、知りたいか?」
魔王が、手を掲げると、空間が歪む。
──見せられたのは、彼女がまだ少女だった頃の記憶。
「さぁ、誰かツッコんでよぉ!!」
孤独に叫ぶ少女。
どれだけ完璧なボケを放っても、誰も反応してくれなかった。
「スベったら、恥ずかしいでしょ」
「ボケたって何も変わらない」
「……空気読めよ」
周囲は冷たい。
そして、彼女は自分で自分にツッコむことで、心を守っていた。
「誰にも求められないなら、せめて世界ごとボケだけにしてしまえばいい。ツッコミなんて、必要ないって証明して……孤独から逃げたかったんだ」
──私は、言葉を失った。
あまりに、痛い。あまりに、わかる。
「……あんたも、救われたかったんやな」
「もう遅い。私は世界をボケで満たした。ツッコミを名乗る者がいようと、もう笑いは返ってこない」
──そのとき。
私の背後から、仲間たちの声が響いた。
「マナ! オレらが後ろにおるで!!」
「笑いで世界が埋め尽くされたって、ツッコミでぶった切ればいいのよ!」
「ツッコミってのはな……お前はひとりやないっていう魔法だワン!!」
──カイル。ミレイ。ポチ。
そして、たくさんの人々が集まってきた。
「あなたのツッコミが……私の暴走ギャグを止めてくれた」
「ツッコミで人生変わったんや! ありがとう!」
「お姉ちゃーん! マナ姉のツッコミは最強だよー!」
「……!? ユイ!? なんでここに!?」
「世界は変わりはじめてるんだよ、サルグレア」
私は前に出る。
「もう一度、本当のツッコミってやつ、見せたるわ」
──魔王の目が、かすかに揺れる。
「ならば、試すがいい。この私が捨てたかつての力……すなわち、究極のボケの嵐に、ツッコめるならな!」
「──世界をボケで満たすことが、私の願いだった」
魔王サルグレアは、玉座の前に立ち、静かに呟いた。
「誰にも、笑ってもらえなかった過去。誰にも、ツッコんでもらえなかった痛み。それが、私をこうさせたんだよ……!」
そして、彼女が掲げた指先から、膨大な魔力があふれ出す。
「これが、世界を笑いに包む最終魔法──《千年大ギャグ陣・ボケノミクス》!!」
ズガァァァァンッ!!!
突如、世界中の空がピンク色に染まり、山がパンケーキ、海が炭酸、空からボケかるたが降ってきた。
「うわあああ! 世界が……ギャグに……!」
「気ィ抜いたらツッコミどころ満載や!! いやもう、どこからツッコんだらええねん!!」
サルグレアが微笑む。
「ツッコミが追いつかない世界。それこそが、私の目指した完全なボケワールド!」
「アホかあああああ!!!」
私は叫んだ。
「ツッコミはな! ボケの数に負けへんのや!数じゃない! 想いと集中力と、勢いと、タイミングと! あと、根性や!!」
「根性!?」
「そうや!! 根性やぁぁぁぁあ!!!」
私は全身の魔力を解放する。
──《最終奥義・一斉ツッコミ魔法『ツッコミラッシュ・インフィニティ』》!!
ギュォォォォォッ!!!
「なんで山がパンケーキやねん! 登山家困惑やろ!!」
「海が炭酸て誰得やねん! 漁師の船全部浮かへんやん!!」
「空からボケかるたて何やねん! つの札『ついさっき滑ったネタ、もう一度』て何やねん!!」
一発ごとに、ボケ空間が崩れていく。
そして……
「──ツッコミ・ゼロ距離カウンターッ!!」
私はサルグレアの目の前に立ち、指を突きつけた。
「寂しいなら、素直に言わんかい!!ツッコミが欲しかっただけって、最初から言え!!」
……ピシッ。
サルグレアの心の壁に、ヒビが入る。
「……ずるいなぁ……君のツッコミ、あったかすぎて、泣きそうになるじゃないか……」
──崩れた。
魔王の魔力が消え、空が元の青に戻る。
サルグレアは、フラリと膝をつき、
笑って、泣いて、ポロポロと涙をこぼす。
「ありがとう……マナちゃん。やっと……笑ってもらえた気がする……」
私はそっと手を差し出す。
「ツッコミは、笑いの終着点ちゃう。ボケと並んで歩く、もう一つの“道”や。せやから……もう一度、一緒に歩も?」
サルグレアは、少しだけ、照れくさそうに微笑んだ。
「……うん」
こうして、長かったボケの支配は終わった。
世界には再び、笑いとツッコミのバランスが戻ってきたのだった。