巨笑姫メロ=ブハハ、襲来
「――あのとき笑わなければ、世界は救えた」
どこからともなく、そんなナレーションが響く。
「ナレーションのくせに不穏すぎるやろ!!」
私は思わず空にツッコミを飛ばす。
目的地は、かつて笑いの禁域と呼ばれた土地、《ヒヒヒの森》
「ここには、最後のボケ四天王《巨笑姫メロ=ブハハ》がいる」
ポチが真顔で言う。
「やばい名前きたな……ブハハって音で油断しかけてまうやん」
「彼女の能力は、笑いで精神を崩壊させるというもの。あらゆる者に、自分のギャグがツボるように脳を上書きしてくる」
「それチートやん! 人の脳に干渉してくるタイプの芸人、危険すぎるわ!!」
「実際、過去に彼女のギャグで笑い死にした勇者もいる」
「ギャグで死人出すなよ!? ギャグちゃうやんそれ!!」
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ヒヒヒの森に足を踏み入れた瞬間、空気がねっとりと重くなる。
「うわっ……なんやこの空気。湿気が全部変な笑いで構成されてる感じや……」
「マナ、気をつけろ。聞こえてくる声は全部ネタの断片だ」
耳をすませば、たしかにどこかで……
「タンスの角に小指ぶつけた瞬間、七味ぶちまけた男の話〜〜♪」
「なにその家庭内ギャグコント!!?」
一瞬でツボに入りかける。
「まずい、脳にくるぞ!」
「クッ……魔法《無表情の構え》!!」
私は無理やり顔の筋肉を固定する。笑ったら負けだ、今回は。
──そのとき、森の中心から異様な笑い声が響いた。
「ウフフ……アハハ……ブッハハハハハハハァァア!!!」
まるで頭のネジがすべて飛んでるような、凶悪なテンション。
「来たな……アイツや!」
そして現れたのは、ピエロ風のドレスに身を包み、顔の両端に笑顔を無理やり固定する魔女──《巨笑姫メロ=ブハハ》
「ワタシのギャグに笑ったら最後、アナタの魂も爆笑中毒♪」
「いやホンマに怖いっちゅうねん!!」
「さあマナちゃん、いくわよぉぉぉん♡
一発ギャグ──風呂場で石鹸踏んだゴリラがスケート始めるっ!」
ブフォッ!!!
「笑いかけた!? 今、今ちょっと吹いたやろマナ!!?」
「やってくれるやん……でもまだニヤリや……」
「フフフ、それじゃ第二撃ッ! 言い間違えて自己紹介で『はじめまして、冷蔵庫です』って言う妖精!」
「くっ……あかん、ツボに入る前に心を封印せな……!」
──今までの戦いとは違う。ツッコむことすらできない。
笑ってしまえば即終了。
でもツッコミは本来、「笑いを通じて世界と向き合う」力や。
「どないすんねん……ツッコミ魔法が……使われへん……!!」
「ククク……ほら、そろそろ顔の筋肉が限界でしょ?」
メロ=ブハハが高笑いを上げる。
「あなたも、こっち側に来なさいよォ……笑いの奴隷に……!!」
──絶体絶命。
ツッコミすら許されないこの戦いで、マナはどう立ち向かうのか──!?
「ツッコミができへん……笑ったら終わり……ほんまの意味で、無力や……」
ヒヒヒの森の中心、笑気に満ちた決戦場。
私は今、人生で初めて、ツッコミを封じられる恐怖に直面していた。
「どうしたのぉ? お口チャックしてんのぉ?」
メロ=ブハハは、目をぐるぐると回しながら踊っている。
「次のギャグはぁ〜……マカロンを武器に戦う騎士団長! 名前はサク・ホロリーヌ!」
「ブフォッ……!?」
鼻から何か出かけた。
「笑ったら終わりよ? でも笑わなきゃ……可哀想じゃない?」
──それだった。
笑ってはいけない。でも──
相手のボケに、何も返せないことの残酷さ。
私は今まで、ツッコミを攻撃やと思ってた。
けど、それは間違いや。
ツッコミは──救いや。
「……私、間違うとった」
私は深く息を吸い込んだ。
「ツッコミ魔法・封印状態──解除」
「へぇ? 自爆する気?」
「ちゃう。笑いを、否定せえへんツッコミを見せたる」
私はゆっくりと、一歩前に出る。
「メロ=ブハハ……あんた、ずっとボケ続けてるけどな。ほんまは、誰かにツッコんでほしかったんちゃうか?」
「──っ!?」
彼女の笑顔に、微かなヒビが入る。
「ツッコミがない世界は、地獄やって……アンタ自身がいちばん、よう知っとるんやろ?」
「や、やめてよぉ……笑ってよぉ……!!」
「だから、私があんたをツッコむ──笑わん。けど、ちゃんと見てる。」
私は手を掲げて、魔力を込めた。
「《最終魔法・包み込むツッコミ──わかるけどアカン!》!!」
ズガァァァァァァァァァン!!!
──空間が反転する。
笑いの霧が、ツッコミの波動で中和されていく。
「マカロン騎士団? かわいいけど防御力皆無や!!」
「冷蔵庫妖精? ドア閉めて出直してこい!!」
「──ああっ、私の……ギャグが……ちゃんと、ツッコまれてく……!」
メロ=ブハハの目から、涙が零れる。
「ずっと……誰にもツッコんでもらえなかったの……世界中がボケて、ツッコミがいなくなって、孤独で、寂しくて……!!」
──ボケは、ツッコミがいないと成立しない。
その事実を、誰よりも知っていたのは、彼女だった。
「私、笑わせたかっただけなのに……ツッコミがなくて、壊れてた……」
「大丈夫や。これからは……私がちゃんと、ツッコんだる」
──パァァァァ……
メロ=ブハハの身体が光に包まれていく。
「ありがとう……マナちゃん。あなたのツッコミは……ほんとに、最強だよ……」
──そして彼女は、静かに消えた。
「……これで、ボケ四天王、全員撃破やな」
ポチがぽつりとつぶやく。
「けど、これで終わりやない。全ての元凶は……」
「……魔王サルグレア。元・ツッコミでありながら、世界をボケだけのものに変えた存在」
「いよいよやな……ラスボスに、ツッコミかましに行くでぇ!!」