それはフリですか?
「子供の頃の出遅れは否定できませんが、今はそれなりに育っていますし、ちょっと身長が足りないぐらいで、こうも苦労するなんて、納得いきません~」
「わざわざ王国の武官を目指さなくとも、バリラ侯爵家でお母上達と一緒に働けばよかったじゃない?剣を握って戦いたいわけじゃないんでしょう?」
ミシェルラの生家であるバリラ侯爵家は武門の家柄で、父や兄だけでなく、ミシェルラの母や姉も武人である。
王城勤務の武官でないが、他国の女性の要人護衛や、国内での式典の際に王族女性の護衛責任者として期間限定で武官の仕事をすることは多い。
ただ、護衛の仕事は、国から特別な要請が入った時に限るので、普段はバリラ侯爵家内で仕事をしている。
家の事業として、護衛人材を育てる仕事があり、母や姉達は育成官として働いているのだ。
各家お抱えの兵士の中には、親族を含む陪臣の子供として、子供時代から主家に預けられ、マナーや勉学も込みで鍛えることもあるが、それはごく一部だ。
兵士としての能力と、成人男性貴族の側に仕えたり、女性貴族や未成年の貴族子息子女を守ったりするノウハウは、似ているようで全然違う。
よって、貴族や王族に仕える護衛としての能力を磨くとなると、先輩護衛を見習うしかないのだが、貴族当主の護衛について勉強をしていたところに、成長して外出する機会が増えたまだ子供の子息子女を守れと命じられるなんてことは珍しくない。
そうなれば、大抵の護衛は、悪漢から守る自信はあっても、普段どのように、どんな距離で護衛対象と接すれば良いのかわからなくなる。
騎士学校はあるにはあるが、貴族としての最低限のマナーや、剣や馬の扱いについては各自家で学んでいるので、学校は、集団での行動や、騎士任務に必要なことを学ぶ場となっている。
職場には、伝令や野営の初心者講習会などないし、騎馬集団となって駆ける練習をしましょうなどとは言ってもらえない。狭い空間での戦闘で、味方を傷づけない距離の取り方など、親切丁寧に学ぶことはできない。新兵訓練はど素人を育てる訓練ではないのだ。所属する部隊で必要な「常識」や「最低限必要な戦闘力」を全兵に保持させるための訓練なのだから。
学校でも職場でも学べない、護衛対象に適した能力、マナーや気配りができる護衛の育成は、1貴族にとっても、王族にとっても、なかなかにハードルが高いものだ。
そんなわけで、当初は国からの依頼から始まった護衛人材の育成は、彼女の生家の事業となり、国からも貴族家からも引っ張りだこな、優秀な護衛を輩出している。
護衛を迎えた家が育成費用を支払うシステムなので、護衛騎士になりたい、貧乏貴族の子息子女にとって、バリラ侯爵家は救いの神。教え子達には、女神のようにあがめられている母や姉である。バリラ侯爵家で母や姉から直接指導を受けた後には、涙ぐんでいるものもいるとかいないとか。
ミシェルラの父や兄も美丈夫で優秀な騎士だったが、物語に出てくる王子様のように美しく凛々しい女性陣の華やかさには叶わぬようで。何故か影が薄い。
というか、父親に至っては、妻への愛が深すぎて、背後霊……いや、常に妻の背中を守っている。ちなみに婿養子である。公爵家の嫡男なのに、次男に家を押し付け、婿入りしてきた愛の猛者である。
兄二人も姉同様武人として優秀ではあるが、両親も姉もノータッチになりつつある侯爵家の別の事業や領地経営を投げられ、護衛教育の現場に出てくることはほぼない。
ミシェルラは、両親や姉兄たちに、か弱き天使として溺愛されているので、病気で寝付かないで屋敷内にいるだけで良しとされているというか、それを望まれている。
家族は、溺愛するか弱き天使な末っ子への貢物も欠かさない。可愛らしい室内着や、美味しいお菓子やら、美しい工芸品のような刺繍セットやら、家に篭っている前提の土産やプレゼントを手に持ち、それはそれは嬉しそうにミシェルラの私室を訪れる家族である。残念ながら、本人の好みや希望は真逆なものだったが。
儚げな見た目を裏切り、ミシェルラは可愛いものにはあまり興味はない。
厳つい軍服をあれやこれやと弄ることが、大好物なミシェルラなのである。
「実家では、誰も私も働かせてくれないんですもの」
「まあ、そうねぇ。バリラ侯爵家の秘宝か弱き天使ちゃんだものねぇ」
「そうそう。屋敷にいると、大事に保管されちゃうんです。働くには外に出ないと!なのに何でしょう?武官にも色々な仕事があるのに、全職に身長制限があるなんて、おかしくないですか?」
「まあ、いいじゃない。今回のこの件で、未成年の高貴な少女を助けたことになるし?王太子と未来の王太子妃に恩も売れたし?貴女の将来にも役に立つでしょう?」
「そうですね!とりあえず今回の仕事の褒美として、特別に武官採用してもらって、地味にどこか僻地の軍の需品科に配属してもらえれば満足です」
「僻地の軍……バリラ侯爵家の皆様の反応が怖いわぁ。そういえば、今回の殿下からの大抜擢。侯爵家の秘宝の状態では、なかった話よね?」
「貴族として武官を目指すのは難しかったので、実績を作ろうと身長制限のない王都警備隊に入隊したら、たまたま殿下とお会いしまして……」
「ええっ!まさか、侯爵令嬢が平民もいる王都警備隊に入るなんてね!所属がどこであろうが、訓練は受けないといけないんでしょう?よく入れたわねぇ」
「まあ、私もそれなりに鍛えましたからね。王都警備隊の試験や新兵の訓練レベルなら問題なく。王都警備隊の仕事はまだほぼしていませんけど……」
「入隊してすぐに、たまたま視察に来た殿下に、ロックオンされたの?でも、今着ているその服。王都警備隊の制服ではないわよね?」
「うふふふふ!」
制服の話題になった途端、ミシェルラの雰囲気が変わった。