足りないもの
立った状態のミシェルラは、椅子に座っている女医のソーシスを見下ろし、首を傾げる。
ソーシスは、ミシェルラが10代に入る前まで、腰が曲がったおじいちゃん先生の付き添いとして、たまに家に来てくれていた。生まれてすぐからの付き合いはおじいちゃん先生と他の女医らしいが、何にしろ子供時代から見知った仲なのは確かだ。
前回会ったのはいつだったか覚えていないが、記憶にあるより小さいような気がして、不思議に思い、思わずそれを口に出した。
正解はミシェルラが成長して、目線が子供時代より、上になったからであるが。
「失礼ね!まだ縮むような年齢じゃないわよ。私は、女性の平均身長よ。王城の医師だし、城の文官同様、身長はどうでも良いけれどね」
「えー!平均身長程度で良いなんて、ズルくないですか?武官は戦闘任務につくつかない関係なしに、男性基準の身長制限があるのに!」
この国の武官の身体的採用基準に男女の差はない。身長は、男性の平均より少し高めに設定されており、女性としての平均をクリアしているぐらいでは採用されない。
警護対象の王族もそこそこ大柄であるし、警護する近衛兵が、王族よりか弱く見えては、簡単に害せると勘違いする輩が増えてしまう。護衛任務につくには、人に威圧感を与えられることも大事な要素なのだ。
そういうわけで、身長制限に嘆いているミシェルラの身長では、武官に志願しても書類選考で弾かれる。
「貴女は女性としては平均以上だけど、男性の平均身長には足りないものねぇ。ご家族は細身だけど皆様、男性の平均よりかなり高いから、貴方もそうなると思っていたのだけれど。幼い頃病弱だったのが影響しちゃったのかしらね」
姉、姉、兄、兄の、5人兄弟の末っ子であるミシェルラは、10代に入るまで病弱で、食も細かった。特に幼児の時代の成長が遅く、2つぐらいは年より幼く見られていたぐらいだ。頻繁に寝ついていても、室内で学べる勉学やマナーは問題なかったが、親兄弟のように日頃から身体を鍛えることは無理だった。
それでも成人を迎える頃には、運動もできる様になり、そこから必死に……ミシェルラにだけ恐ろしく過保護な家族の目を盗んで、自分なりに鍛えまくったのである。
ごく普通の貴族令嬢と比べれば、頑丈な女になったと本人は信じているが、まだ家族の誰もそれに頷いてはくれない。
殿下だけは、悪い顔で、「うむ、お前なら大丈夫だ!」と、頷いてくれたけれど。